中国の音響メーカーSaramonic社から、本格的なMSステレオマイクが登場。
全長約15cm、重さ90.7gのショットガンマイク形状。バッテリーとMSデコーダー、ローカットフィルター等を搭載し、MSマイクのステレオ幅(MSデコード)も自由に調整可能。XLR端子はもちろん、3.5mmステレオ出力を搭載した本格的なステレオマイクだ。
映像制作ではMSマイクが適している
映像制作が身近になったが、視聴時には、画質以上に品質を求められるのが音声だ。最近は高音質なラベリアマイクが多数登場し、あらゆる場面で聴きやすい音声が手に入るようになった。
一方で、映像作品の表現で差を付ける上で音声が重要になっているのだが、ラベリアマイクの場合、クリアであるが臨場感に乏しく、自然の音を録るには機能不足だ。ライブ演奏、運動会、ネイチャー動画では、より臨場感のある音声こそが、他に差を付ける上で重要になっている。
そこで使われるのがステレオ音声だ。世の中にはステレオマイクは多数存在しているが、基本的には音楽用に設計されていて、動画用としては使いにくい。どんなに高価なステレオマイクであっても、動画撮影では用途違いということで性能を使い切ることができないだけでなく、むしろ音質が悪くなってしまう場面も多い。
そういう意味では、プロの映像・映画制作では、動画に適してステレオマイクを使うのが定石だが、映画用のステレオマイクは数十万円だし、通常のXY方式(後述)では臨場感が出にくい。そこで使われるのがMS方式のステレオマイクとなる。
ステレオ音声を録音するには幾つかの方式があるので先に説明しておく。
代表的なのはXYマイクと言って、2つのマイクを90°(90度)程度にクロスさせてマイク方向を外向きにする。クロスさせる理由は、音を狭い1点で収音するためだ。音源の位置がはっきりわかるのが特徴だ。この方式は楽器演奏などで使われる。
1つの筐体(筒)になっているステレオマイクでも、内部には小さなマイクカプセルが90°の角度で取り付けられている。XYマイクは小さな部屋での楽器演奏に最適化されていて、狭いステージの幅でのステレオ感を作ることができる。
一方で、90°というのは人間の耳で聞いている後に比べてかなり狭いために、楽器の位置関係は音で把握できるものの、90°の外側についてはあまりよくない。
コンサートホールなど、もっと広い場所でのステレオ録音ではAB方式というマイクを使う。これは2つのマイクを30cm程度離して、二つのマイクを外側へハの字に向ける。マイクの幅と開く角度によってステレオ感の強さを調整できるのが特徴だ。
ただし、中央の音が弱くなるのであまり極端に広げると楽器演奏などではそれぞれの楽器位置がわかりにくくなる。一方、幅と角度が自由に調整できるために、最適なステレオ感を作ることができる。環境音(自然の音など)を録音する場合にもAB方式が使われる。特に映画では臨場感をデフォルメできるので、音の演出として面白い。
最後の方式が今回紹介するMS方式だ。前方を向いたミッド(中央)マイクと、左右の音を拾うサイド(横)マイクを組み合わせる。この方式の特徴は、中央だけの音を使ったり、横方向の音を好きな量で加えてステレオ感を作り出せることにある。
AB方式の場合、マイクをスタンドに載せて幅と角度を手作業で調整する必要がある一方で、MSマイクはミッドとサイドのボリューム調整で混ぜる割合を変えられるので、録音中でもステレオ幅を調整することも可能だ(対応できるマイクやレコーダーであれば)。
また、MS-RAWと言って、2つのマイクをステレオ2chで録音しておくと、編集時にステレオ幅を自由に調整できる。とりあえず録音しておいて、合わせる映像に応じてステレオの臨場感を調整できる優れものがMSマイクだ。
Saramonic SG MS1はMSマイクの特徴を最大限に使える
MSマイクは各社から色々出ているが、実のところ、専門知識がないと使いこなすのが難しかった。単にミッドとサイドの2つの出力だけしかないのがプロ用マイクの特徴で、編集時にMS処理をしないとステレオにならない。さらに、撮影時にはどんなステレオ感なのかが分からないので、現場では経験が必要とされた。
最近では、マイク内部でMSデコード(ステレオ化)ができるマイクが幾つか登場している。つまり、内部はMSマイクだが、出力は普通のステレオ音声になっているマイクだ。XY方式と書かれていないステレオマイクの場合、内部がMSマイクになっている場合もある。ただし、これらのマイクはステレオ幅が固定されているか、もしくは3段階程度に切り替える方式になっている。
さて、今回紹介するMS1は、ショットガンマイク形状のMSマイクで、正面(ミッド)はカーディオイド(半球状の指向)と横方向へ8の字サイドマイク(双指向性マイク)を採用した本格的なMSマイクだ。
双指向性マイクは前後方向に指向性がある特殊なマイクで、非常に音質が良いのが特徴である。これを横向きに設置することで左右の音を収音できる。ただ、これ1本だと1つのケーブルに左右の音が混じっているため、そのままではステレオにならない。ここにミッドマイク(前方マイク)の音を足し引きすることで横方向の音を取り出せる。
双指向性マイクについてもう少し解説すると、金魚掬いのポイ(金魚をすくう紙製の道具)を想像してもらいたい。ポイの紙の面が収音部で両面が開放されている。音を邪魔するものがないので、高音質になる。一方、指向性があるマイクは、収音部の片面しか音を拾わないようになっているので、背面の構造で音質が大きく変わってしまう。それゆえ、指向性のあるマイクの設計は非常に難しいのだ。
MS1は指向性の弱いカーディオイドマイクを採用して、前方の音質を確保しつつ、サイドは双指向性で高音質になるよう設計されているのが特徴だと言える。つまり、音質重視のMSマイクだ。
余談だが、他社のMSマイクのほとんどはサイドにもカーディオイドマイクを2つ使って横方向の音を収音している。双指向性マイクと比較すると感度が高く、安価なため(汎用のマイクを使えるため)に採用していると言える。双指向性マイクは高価なので、使われているのはプロ用マイクに限られていると言っていいだろう。
多彩な撮影環境に対応できる柔軟なシステムだ
MS1の最大の魅力は、バッテリー搭載でミラーレスカメラなどにダイレクトに接続可能なことだ。さらに、マイク本体だけで、前方だけのショットガンモード(モノラル音声)、MSマイクモード(ステレオ出力MS-RAW、ステレオ幅はベットスマホアプリより)、サイドマイクモードを切り替えられる。
筆者も数多くのMSマイクを使ってきたが、このような出力方法は他にはない。前述したようにMSマイクは後処理でステレオ幅を変えられるなど、非常にクリエイティブである一方、実際にはどの形式で録音しておくべきかなど使い手の技量が試される。
一方、MS1は後処理に対して最適な出力を撮影時に選べる。と書いたが、実際には、インタビューならショットガンモード(前方への指向性=センターマイクのみの収音)、臨場感ならMSモード。声などは他のマイクで収音しておいて、臨場感だけを編集で加えるためのサイドマイクモードと使い分けが可能だ。また、センターマイクはゼンハイザー416など使い慣れたものを使い、サイドマイクとしてMS1を使うことも可能だ(編集時にステレオに変換できる:後述)。
後で臨場感だけを加えるということについて、もう少し詳しく解説しておく。例えば映画ではセリフをラベリアやショットガンマイクを使ってピンポイントで収音する。そうすると臨場感はほぼない。
普通はここにステレオマイクを設置しておいて環境音を録音しておくのだが、普通のステレオマイクにも指向性があるために、環境全体の音ではなくて、マイクを向けた方向の音になってしまう。つまり、純粋な意味での環境音というか、その場全体の音は録れない。
そこでMS1をカメラの上に置いて双指向性マイクで録っておくと、セリフはカメラの前方の音(ミッドマイク)になり、環境音はサイドマイクで録れる。これは人間の耳で聞いているのと近い環境音になるので、映画などではより高級な環境音となるわけだ。つまり、MS1のサイドマイクモードは、これまでのナンチャって環境音ではなく、カメラの画角に対して最適な環境音になるのだ。
スマホでステレオ幅を自由に調整できる優れもの
MS1はスマホとケーブル接続(USB-CとLightningが付属)でSaramonic システム アプリでステレオ幅などを調整可能だ。ステレオ幅の最適値は環境によって全く違うので、その場で最高のステレオ感が作れるのはクリエイターとしては嬉しい。ケーブル接続は接続待ち時間がほぼゼロで、非常に快適だ。他の無線ラベリアマイクにもこのモードを搭載してほしいくらいだ。
その他、3.5mmステレオ端子への出力ゲインの調整も可能だ。 つまり、ミラーレスカメラなどで、本格的な環境音をマイク一本で作り出せるのだ。
本体内蔵バッテリーは連続5時間の動作。通常の撮影であれば十分な時間と言える。他方で、XLR(5ピンステレオ)からのファンタム48Vでも動作する。この場合は内部バッテリーを使わないので映画のような長時間の撮影に対応することができる。また、USB-Cから給電しながらの運用も可能なので、あらゆる現場で活用できるはずだ。
音質は非常に良好。映画用マイクに混ぜても遜色ない
気になる音質だが、非常にいい。
スペック表から読み取れることでは、ノイズも低く抑えられていて17dB SPL、最大音圧は138dB SPLと驚異的だ。感度は-28dB/Paと現代マイクとしては標準的だ。実際に耳で聞いた感じではゼンハイザー416と同程度に使えるマイクだと評価しておく。
この点をさらに解説すると、前述したようにノイズはMS1が17dBで、プロ用のゼンハイザー416は13dB(感度は-32dBで、MS1の方が4dB高い)。416とMS1の比較では、416の方が感度が低い分だけボリュームを上げて使うことになり、感度の差を考慮すると、ほぼ同等のノイズ量になる。
つまり、映画用マイクに混ぜて使っても遜色がないわけだ。
ステレオ感はMSマイクなので、純粋な定位(音源の位置)を再現できるものではないが、逆に映画などの環境音(背景音)としては、主役の音を邪魔せず、迫力ある臨場感を得られる。実際に環境音を録音した感じでは、これほど手軽に環境音を録音できるマイクは他にないと思う。MSデコーダー内蔵なのでカメラで迫力ある環境音を自分好みで作れるメリットは非常に大きい。
付属品が充実。全てがワンパッケージ
SG MS1はワンパッケージに必要なものが全部揃っているのも特徴だ。
ハードケースが付属し、マイク本体、ショックマウント(カメラシューと三脚ネジあり)、マイクアダプター、スポンジ風防、ファータイプ風防、XLR(5ピン)ステレオ→XLR(3ピン)変換ケーブル、USBケーブル(USB-CとLightning)、3.5mmステレオケーブル(カメラ等)、3.5mmステレオスマホ対応ケーブルが付属する。
ファータイプ風防(ウインドジャマー)は軽量でコンパクト。必要十分な性能だと言えるが、風速2m(秒速2メートル)を超える場合にはプロ用を使うべきだろう。
まとめ
純粋な意味で自然の音を録ろうと思うと、もう少し高感度なマイクがベターだが、このサイズでこの機能であれば、特にワンマンオペレーションでは他製品にはない新しい音の世界をもたらしてくれるはずだ。
筆者としては、気軽に高音質な環境音が録れる実戦的なマイクとして常に持って歩きたいと思う。実際に環境音を録音した印象としては、連続してステレオ幅を変えたりするのが非常に面白い。広い世界から始まってある一点に音が集中していくのを聞くと、意識がそこに引き込まれるような感覚になる。MSマイクは音を表現できるので、これまでにない動画を作ることができるのではないだろうか。それを簡単かつ軽量に使える素晴らしいマイクだと言える。
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