地上デジタル移行やBlu-ray環境など、ハイビジョンの視聴環境が整いつつある。CMなどは製作費の兼ね合いもあって、まだまだ移行が進んでいない状況もあるが、視聴環境が増えるに従ってハイビジョン移行も検討しなければならない状況になってくるだろう。こうした状況のなか、ハイビジョン映像の利用分野が拡大してきているようだ。

マリモレコーズ(東京都品川区)は9月に、あるメーカーが今秋発売する無線ルータ新製品の販売促進に使用するE-Pop(店頭用製品紹介ビデオ)をハイビジョン制作した。マリモレコーズは、撮影から編集、サウンドまでをワンストップでスピーディーに制作するのを得意としているプロダクションだ。今回のE-Popでは、前半で新製品の特徴を簡潔にまとめるとともに、後半では実際のセッティング方法などを解説する映像で、8分ほどの番組になっている。

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HDVカムコーダーとHDMI入力ボードで効率化

「店頭販売促進用のE-Pop制作をすることが決まってから、企画から納品までは約1カ月で行わねばなりませんでした。制作にあたり、内容は製品の特徴と簡単な使い方を盛り込むことが求められました。これに加え、従来のDVD-Videoを活用するだけでなく、ワイドサイズのノートPCを活用したいので、フルHDのインタレースで制作して欲しいという要望がありました」

ハイビジョン制作指定の販促企画であったと話すのは、マリモレコーズで映像制作を統括した江夏由洋氏だ。江夏氏は、E-Popの構成を、映像の前半の新機能紹介部分は静止画を組み合わせ、後半のセッティング方法でビデオ映像を活用していくという内容を提案。短時間で収録と制作をするための制作ワークフローとして、撮影から仕上げまでファイルベースで行うことを選択したという。

撮影時間・制作時間が限られるなか、映像品質を維持しながらもローバジェットのハイビジョン制作をどう効率化していくかという点で、HDVカムコーダーHVR-Z5Jを使用してHDMI出力を活用することに決めたという。

「HVR-Z5Jオプション製品でのコンパクトフラッシュ収録やハードディスク収録を活用せずにHDMI出力を利用したのは、横幅が1440ピクセルのHDVベースではなく、なるべく高精細な映像を利用したかったんです。このHDMI出力を記録するために、スタジオに持ち込むデスクトップPCに、新たにブラックマジックデザイン製入出力カードIntensity Proを導入しました。このIntensity ProにHVR-Z5JのHDMI出力を入力することで、ハードディスクレコーディングをしました」

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江夏氏は、E-Pop利用で放送用クオリティが必要ではないことに注目。Intensity Proでは非圧縮またはMotion JPEGでの収録が可能だが、今回はより軽いデータで制作スピードを上げられるようにMotion JPEGでの収録を選択したという。Motion JPEGとはいえビットレートは約40Mbpsもあり、E-Pop利用であれぱ充分な品質が保てると判断した。これにより、収録用に用意するディスク環境も、高価なRAIDディスク環境ではなく、2台のドライブを使用したRAIDディスクで、実効転送スピードが120Mbps程度のもので収録が可能になったそうだ。

収録時のモニタ環境として、ソニー製のHDMI入力の付いた22型ハイビジョン液晶ディスプレイも導入。Intensity ProのHDMI出力を液晶ディプレイに入力することで、ハードディスクにMotion JPEGで記録しつつ同時にモニタ出力し、収録映像を確認できるようにしたという。Intensity Proの活用面では、新製品製品セットアップ時のPC操作画面をキャプチャすることも考慮していたと、江夏氏は話した。

「PCのRGBディスプレイ出力をスキャンコンバーターでコンポジット出力信号に変換し、その信号をIntensity Proのコンポジット入力に接続することでハードディスク収録するという方法もテストしました。SD解像度の作品であれば大丈夫だったのですが、指定されたフルHDの作品として仕上げるには問題が生じたので、今回は操作画面もHVR-Z5Jで撮影しました」

スチルカメラマン、グラフィックデザイナーも起用

先にも書いたように、E-Pop前半の新機能紹介部分では静止画を組み合わせている。この部分のモデル撮影では一切ビデオを回さずに、絵コンテをもとに機能紹介に必要な動作を通常のスチルカメラ撮影で行っている。そのカットは、最終的に100カットほど。撮影にはニコンのデジタル一眼レフカメラD3を使用し、カメラをUSBケーブルでデスクトップPCに接続。撮影スタジオでRAWデータをダイレクトにハードディスクに記録する方法を採った。

「撮影時にはクライアントも立ち会っているので、カメラマンが撮影するのと同時に、その場で使用できるカットと使用できないカットを選択し、現像するカーブも設定してしまいました。撮影後には使用できるカットだけが集められているので,そのまま編集作業に進むことができます。ビデオ収録だけでなく、静止画でもファイルベースで行うことで効率化しています」

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今回構築した編集ワークフローは、静止画の現像作業を行う選任のデザイナー1人を加えることで効率化を図り、映像編集2人、サウンド制作1人の計4人で、同時に作業を進行させたと言う。デザイナーは、アドビ システムズの現像ソフトウェアPhotoshop Lightroom 2を使用して、幅が約2000ピクセルで1枚あたり約2~5MBのPhotoshop PSDデータに変換したうえで、人物部分を切り抜く作業を1日かけて行ったという。複雑な切り抜きが必要のない画像に関しては、JPRGデータとして書き出して、After Effects上でマスク処理をしたという。さらに、新製品で使われているボタンや機能などのアイコンやロゴについても、デザイナーが作成。それぞれの素材に必要な機能を示すグラフィック表示も、視覚的に効果的なカラー指定をデザイナーが監修することで、より見やすく理解しやすい画面作りをしている。

この人物素材の切り抜き作業やアイコン/ロゴ制作と平行して映像編集も同時進行で開始。映像編集については、前半の機能紹介部分(約3分弱)と後半のセットアップ操作部分(約5分強)に分け、前半をCore 2 Quadの32bit環境(メモリ4GB)、後半をCore i7の64bit環境(メモリ12GB)を使用してアドビ システムズのCS4 Production Premiumを使用して制作したという。作業は、Premiere Pro CS4を使用して粗編集を行い、タイムラインに配置した素材をコピー&ペーストでAfter Effects CS4のタイムラインに移動する方法を採っている。

「Premiere Pro CS4とAfter Effects CS4をDynamic Link機能でシームレスに連携できることは知っているんですが、基本的にPremiere Proに戻ることがないので、コピー&ペーストで移行する方が手間がかからないし、アプリケーションの動作速度も速いんです」

アクセントに使用するグラフィックを追加するのは、7月に発売されたばかりのTrapCodeのParticular 2プラグインも導入して利用した。Particular 2によりアクセント的な演出を加えることで、単調になりがちな機能紹介が締まった感じに表現できたようだ。

「TrapCodeのプラグインはレンダリングスピードが速いことが特徴です。Particular 2では、パーティクル表現に影を付けることが可能になり、アニメっぽい表現をより立体的に見せることができることから導入しました。モデルが新製品を紹介するときに、リアルな感じのエフェクトや演出を加えるのではなく、ポップでカラフルな感じの演出をしたいと考えました」

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サウンドについては、絵コンテを元に、撮影段階から作曲を開始し、編集作業中に前半用・後半用の曲を作曲してクライアント確認を済ませたという。

「サウンド編集については、スタインバーグのNUENDOを使用しています。NUENDOは、動画をタイムラインに張り付けられ、MA作業を行ってから出力することが可能です。今回は、After Effects CS4で制作した作品をQuickTimeムービーとして仮出力し、NUENDOでサウンドとナレーションをミックスして、サウンドをAfter Effects CS4に戻して完成させました」

MA作業後に、そのまま完成させることも可能だが、今回の制作においては最終のミックス作業はポストプロのMAルームにて行ったという。

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江夏氏は、「今回は新規にIntensity Pro、Particular 2プラグイン、液晶ディスプレイを購入しましたが、こうしたわずかな投資をするだけで、短期間にフルHDのE-Pop作品が制作することができるようになりました。最終的な作品の利用形態や予算に応じて、素材はできるだけ高品質なもので残しつつ、作り込み段階でどれだけデータを軽くできるかで、品質を維持しながらも短い制作期間で完成させることができるようになるはずです」と振り返った。低予算な映像制作であっても、なるべく独りで作り込まないようにすることも大切だと話す。「スチルカメラマンやビデオカメラマン、照明、デザイナー、サウンド制作で分業しました。それぞれ得意分野でしっかり作り込むことで、作品全体のクオリティを上げています。今回は、ポップな感じに仕上げたいと言うこともあって、デザイナーにはどうしても入ってもらいたかったんです」

クライアントの確認作業も、撮影/収録中に素材確認を済ませたり、編集中にサウンド確認をしてもらうことで、最終的には、スチル撮影1日、動画収録1日、編集3日、サウンド制作3日というスピーディーな制作を実現できたようだ。