MVやTV番組のタイトルパック、STATION IDなどを演出するディレクターの中には、自ら CGや合成、モーション・グラフィックス、編集を手がける人材が多くいる。現在活躍中の映像ディレクター東弘明氏もその1人だが、マッチムーブソフトウェアboujouを使用したワークスタイルが話題を呼び、他のディレクターとは一線を画した個性的な絵作りで異彩を放っている。
もともと、「撮影した実写素材を自分の思い描いた画に近づける補間役として、自然とVFXを使用するようになった」という東氏。人物素材とCGの背景を単に合成しただけの作品は少なく、最近は、ロケで撮影された実写データの良さを損なわずに、自然かつ高い精度で合成素材へ馴染ませていく手法を得意としている。合成後の完成図を描いた上で、カメラワークや照明、セットの背景、質感などを緻密に計算した撮影設計こそが作品の重要な肝を握っている。
今回紹介する2つの作品はいずれもSPACE SHOWER TVの開局20周年を記念するSTATION IDだ。『持田かおりとチェブラーシカ』は芝生の上でチェブラーシカとピクニックをする持田かおりがアカペラで歌いだす、ガーリーな世界観の作品だ。人とチェブラーシカが競演するのは、なんと今回が初の試みとなる。『Goddess of Music』は、マンションの一室で眠る女の子のもとに音楽の神が降臨! 部屋中にある様々な物体が揺れたり動いたり浮いたりする、大騒動が巻き起こる。
それでは、VFXならではの特性がふんだんに活かされた両作品のワークフローを紹介していこう。
16mmフィルムの温かみを生かした作品作り
SPACE SHOWER TV開局20周年記念STATION ID『持田かおりとチェブラーシカ』(東氏のWebサイトより) |
『持田かおりとチェブラーシカ』は、すでに決まっていた「チェブラーシカ」「持田かおり」「公園でピクニック」という3つのキーワードをいかに面白く切り取るかという点が企画の出発点だった。「CGキャラクターを使用した合成の醍醐味は、もっともらしくキャラクターを実存させるための演出にある」という東氏は、カメラの前にはいないはずのキャラが現実の人やものと交わることを想定しながらコンテを作成。デジタルでクリアな画作りよりも、エッジの柔らかい、温かみのある画にする意図から、撮影機材は16mmフィルムをチョイスした。
撮影は、東京・武蔵野を流れる野川のほとりにある野川公園で、朝の10時よりコンテ通りに日中に撮影した。スケジュール通りの順撮りは、スムーズな進行はもちろんのこと、展開や状況を事前に十分把握したアーティストから最良の表情を引き出せるところが最大のメリット。現場では、チェブラーシカの実物大のぬいぐるみを使用し、持田氏の視点の方向や高さを調整していったが、順撮りの狙いが効き、持ち出しの優しい表情とリラックスした歌声の収録に成功。チェブラーシカの自然なアクションの演出を考慮した上でのカメラワークやタイミングなど、合成素材との整合性を保ちながら撮影していく繊細な作業も功を奏し、2人の親密な関係さえ感じさせる映像に仕上がった。
公園の芝生にはレールがひけなかったため、カメラマンがステディカムを持ってタイヤドリーに乗るという荒技も使ったという。
実際の合成・CG制作では、まず16mmフィルムからテレシネした実写素材を、2d3製マッチムーブソフトウェアboujouを使用してカメラのモーションを3ds MAX上に生成した。ピクニック・グッズが倒れるシーンでは、動きのタイミングに合わせてチェブラーシカの歩幅を決め、同時に生成したカメラフレーム内で魅力的に見える動きを演出していく。この部分の制作で、東氏が「その腕に助けられました」と信頼を寄せたのが、CGスーパーバイザーの武田貴之氏(現finitto)だ。武田氏が、チェブラーシカをCG化するにあたり、クライアントからは毛の質感や表情、動き方など、繊細な要求が相次いだという。最終的に、16mmフィルムルックとなじませるべくCGにもフィルムノイズを載せ、合成作品でありながらも暖かいトーンのある作品へと演出した。
日常とファンタジーを際立たせる空間演出
SPACE SHOWER TV開局20周年記念STATION ID『Goddess of Music』(東氏のWebサイトより) |
『Goddess of Music』は、「20周年目の朝、日本のとあるマンションの一室で音楽の神様が目覚める」というコンセプトで制作した。どんな売れっ子歌手も、もとは普通の音楽好きな女の子。今この瞬間も、日本のどこかで、SSTVを見ながら将来の夢に思いを馳せる女の子がいる。そんなステキなチャンネルであってほしいという願いを、東氏は視覚的に演出した。普通の女の子の、普通の部屋にある様々なものが、激しく動き出すVFXは「見慣れた日常とファンタジー、親近感と違和感が共存した結果、驚きが生まれる。そのギャップをより強調させるため」(東氏)に使用されている。
『Goddess of Music』の撮影は、5倍速スローが撮れ、素材も2K4Kと大きく、合成時の多少のブローアップにも耐え得るという理由から、RED ONE(+シネレンズ)を使用している。さらに、XDCAMによる物撮りも行った。準備段階では、色味の整合性とキーの抜け具合が心配されたが、合成時ににスケールを縮小し、画の密度を上げることでRED ONEの画になじませることができたという。
撮影場所はハウススタジオの1階と2階。同じ建物内で撮影したため、移動のロスがなく、スムースに進行したようだ(とはいえ、撮影は24時間もかかったという)。撮影では、まず美術が2階に女の子の部屋を装飾し、人物合成を想定しながら空の部屋を収録した。次に1階に移動し、主演の臼田あさ美をグリーンバックで収録し、別班が膨大な量の小道具をひたすら撮影した。
半日以上が過ぎた明け方に、東氏が全部で50以上のムービーデータをチェックしたところ、最初は小道具を釣って回しているだけだったスタッフが、後半はテグスの数を増やして動きの演出をするなど、撮り方に工夫が見られたという。これには東氏も「優秀なスタッフなくして、監督は何も作れない」と痛感したそうだ。
『Goddess of Music』の編集では、R3DファイルがAfter Effectsで読み込めるようになったため、編集からカラコレまで、すべてAfter Effectsで完結させている。モーションのトラッキングについては2d3製boujouを使用したほか、部屋がバラバラになるラストカットのCGだけをMAYAで制作した。
制作において、東氏は、主観視点のような、ハンディ感のあるカメラワークにこだわったそうだ。動きがある分、合成の手間はかかるが、より現実感が生まれ、相対的に非現実的な空間演出を際立たせることができた。また、「CG色をなくすこと」も意識したという。「こういった実写系の画作りの企画であからさまなCGが出てくると、やっぱりガクッときますよね(笑)。CGを知っている人ほど、CGの出来が自分の想像する絵に届かなかった時の落胆は大きい。そのため、でき得る限り、素材は現場で撮影したモノを使って馴染ませることに時間を裂きました」(東氏)。
東氏によると、この2つの作品は制作の自由度が高く、依頼されてから完成までのスケジュールにも余裕があったため、いろいろと試行錯誤を繰り返しながら制作したそうだ。クリエイターにとっては、恵まれた、また、然るべきクリエイティブな仕事といって良いだろう。「年に何度かは、こういう仕事ができるようにがんばりたい」という東氏には、何度といわず、何度でもこのような素敵な仕事にトライして、見たことのない映像世界を私たちに見せて欲しいと思う。
(林 永子)
東 弘明(ひがし・ひろあき)プロフィール
フリーランスとしてCMやミュージックビデオのCGディレクションを経て、現在は映像ディレクターとして活躍。APOGEE「アヒル」がonedotzero2009 j-starに招待出品される。PE’Zの「NA!NA!NA!」、Crystal Kay「Shining」、元ちとせ「蛍星」、伊藤園ビタミンフルーツCM「クリスタル編」などを手がける。
●よく使用する撮影機材:RED ONE(シネレンズを付けたセット)によるデータ収録
●よく使用する編集機材・ソフトウェア:Final Cut Pro、After Effects、トラッキングはboujou