ファイルベース・ワークフローが一般化してきた。Inter BEE特集や実際の会場を見渡しても、その関心の高まりは顕著だ。ファイルベース・ワークフローが普及するようになってきてから、「●●から▲▲へトランスコードして……」というように、「トランスコード」という言葉をよく目にするようになった。しかし、ファイルベースに移行したばかりの人にとっては、「あぁ、納品フォーマットに整えたけど何かを行っているのかな…?」と、実際にどんなことを指すのかは具体的には知らないということも増えてきていることも事実だ。ここでは、トランスコードで何が行われているのかについて整理してみよう。
振り返ってみれば、2年前のNAB 2008あたりから「テープレス・ワークフロー」という言い方を「ファイルベース・ワークフロー」へと置き換えて使うようになってきた。このタイミングは、各社からテープレス・カメラレコーダーが出揃い、テープベース・カメラレコーダーもファイルベース収録が可能になり、同時にサーバで管理された映像素材を用いてノンリニア編集/フィニッシング、配信が可能なトータルワークフローを構築できるようになってきた段階だ。つまりワークフロー全体で、テープに書き出すことなく、ファイルを作り変えるだけで作品を完成できることから「ファイルベース」と呼ばれるようになったのである。
このファイルベース・ワークフローの進展とともに、「トランスコード」という言葉も一般化してきた。トランスコードは、Transcodeと表記するように、「コード(code)を別の状態にする(Trans-)こと」、すなわちコーデック変換することを意味する業界用語だ。この用語が一般的になるまでは、ファイル変換と言ったり、ファイルエンコードと言ったりしていたことが多かったと思う。テープレス・カメラレコーダーが登場してしばらくの間は、テープベースで制作していた時に使用していた「エンコード/デコード」という表記を流用してきた。つまり、コーデック変換を行うハードウェア製品は「エンコーダー/デコーダー」としたり、変換器を意味する「コンバーター」と言われていた。
余談になってしまうが、ノンリニア編集で映像ファイルをハードディスク上に作成する段階についても、テープベースでは「ビデオキャプチャ/デジタイズ」としていたが、ファイルベースでは「インジェスト」「読み込み(インポート)」とするようになってきている。「インジェスト」と「読み込み(インポート)」については、共有サーバを使用するのか、ノンリニア編集ソフトウェアから読み込むのかという部分で使い分けている。
このように、新たに「トランスコード」という言葉を使用するようになった背景には、テープベースとファイルベースのどちらのワークフローが主体になっているかで明確に用語を区別していこうとしているわけだ。現在では、「エンコード/デコード」と言う場合は、映像出力信号を変換する場合に限定して使用されるようになってきている。
トランスコードがワークフローを担う
「トランスコード」がなければファイルベース・ワークフローは成り立たない。それほど、重要な役割を担っていると言ってもいい。例えば、
- 収録したカメラコーデックの素材をノンリニア編集で使用する制作用コーデックに変換する。
- 編集途中の作品を、プレビュー確認用に書き出す。
- 編集が終わった作品を納品用に書き出す。
- 作品の2次利用のためにDVD/Blu-rayオーサリング用に変換する。
- Webストリーミング用の配信用ファイルとして書き出す。
- 異なる制作システムで利用できるファイル形式に変換する。
- 放送局間や編集スタジオ間で、素材を共通なフォーマットに統一する。
などなど。映像制作に携わっていれば必要となる作業であることが分かる。
ここで注目したいのは、以前、フォーマット変換やメディア変換と表現していたものが含まれているということだ。「書き出し(エクスポート)」と言われると「そのまま書き出される」イメージだが、「変換(Transform)」と言われると「全く別のものになってしまう」という「Change」に近いイメージを持つ人も多いだろう。これは、テープベース時代(*)に、テープからファイルへと全く異なるものに変えて作業をしていたことにも起因する。ファイルベースで「トランスコード」という表現に統一されてきた背景には、こんな負のイメージを取り除く意味もある。
もちろん、画像解像度やビットレートを低いものに変更する場合であれば、可逆的な圧縮を使用しない限り元の映像クオリティを保つのは難しい。これは情報を間引いてしまう以上避けられないことだ。しかし、制作段階において映像を扱いやすくするために使用する変換は、映像素材を変えずにラッピングし直して、別のファイルフォーマットに変更することも含まれる。この場合であれば、ファイル構造が変わるだけで、映像クオリティは維持されている。
例えば、次のようなケースを考えてみよう。XDCAM、XDCAM EXなどではMXFファイルフォーマット・MPEG-2コーデックを採用している。同じ形式・同じコーデックだから互換性があるのかと言えば、そうではない。それぞれのファイルを別のカメラレコーダーで扱うメディアにコピーしてもうまく動作しないはずだ。それは、映像ビットレートが異なったり、メタ情報の取り扱いなどが異なり、互換性はないからだ。MXFは映像ストリームとオーディオストリーム、メタ情報をどう格納するかを定義しただけであり、自由度がかなり高くなっているためだ。これをノンリニア編集で利用するためには、映像ストリームやオーディオストリームを取り出し、メタ情報を活用しなければならない。単にアンラップして情報を取り出すだけに過ぎないのだが、やはりファイル変換作業である。ここで「ファイル変換して取り出す」とすると、ただ取り出すだけなのに映像品質が下がったように感じてしまう。
このように、現在のファイルベース・ワークフローでは、「映像品質はそのままに扱いやすいフォーマットへ変更する」という場合も含め、ファイルからファイルへの変更を「トランスコード」と表記するように統一するようになった。それでは実際のワークフローを見てみよう。
イメージしやすいトランスコードは、カメラコーデックから制作用コーデックに変換する作業だ。ノンリニア編集システムに搭載されている「インポート」「読み込み」「切り出し」といった機能が受け持っている。特殊なケースでは、カメラコーデックのファイルを共有ディスクにインジェストすると映像とメタ情報に自動的に分けて記録する製品もある。また、AJA Video SystemsのKi Proのように、ハードウェアを使用してカメラなどのベースバンド出力信号と制作用コーデックを相互にエンコード/デコードする、ファイルベースとテープベースとを橋渡しするようなトランスコード製品的なものもある。こうしたファイルベース・ワークフローをより円滑にさせるための製品は、今後も増えていくはずだ。
その後、この素材を使用して実際の編集作業に入ってしまうと、素材の受け渡しや作品のプレビュー、作品の納品や2次利用など、さまざまなファイル形式を取り扱わなければならなくなる。ここからは、いかにトランスコードの回数を少なくするか、いかに作業をスムースにするかによって、ワークフロー全体の効率が大きく変わってきてしまう。ここで活躍を始めるのが、各社から発売されているトランスコーダー製品だ。
トランスコードがファイルベースで重要な役割を担っていることは整理できたと思う。次回は、トランスコーダー製品について紹介しよう。