昨年末公開された映画『アバター』の大ヒット以来、ステレオスコピック3D(S3D)コンテンツや3D対応モニターなどへの関心が高まっている。家庭用の3D対応ハイビジョンテレビの発売もあり、S3Dコンテンツの製作も急加速してきている。


筆者が代表取締役を務めるナベックス(千葉県千葉市)は、2009年春から廉価で撮影編集できるS3Dコンテンツ制作環境を整えていた。実は、『アバター』公開の1カ月前となる昨年11月には、アナグリフとサイド バイ サイドを収録したグラビアアイドルビデオをリリースしていた。この作品は2009年9月に撮影したものであり、業務用のまめカム2台をパラレルに固定、EDIUSで編集した後に立体合成を行ったものだ。当時、一般が使えるS3D用の専用ビデオカメラは存在せず、自作のリグ(台座)を用いることにした。最近になり、パナソニックからS3D用の2眼式ステレオカメラレコーダーが登場することとなり、誰でもS3Dが撮れるようになりつつある。しかし、実のところ、S3D撮影技術については100年前から存在し、技術的にもノウハウ的にも、もはや成熟期にある。ほとんどのテーマパークや博覧会でも既にS3D映像が駆使されているわけで、S3D自体は最新技術も特殊なノウハウも必要としないのである。カメラ2台あれば、誰でもS3D制作ができる。

現場に求められる5分で設置、5分で撮影できるシステム

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使用している撮影システムを簡単に紹介すると、自作の軽量3Dリグにソニーのハイビジョンカメラのまめカムを2台搭載した簡素なものである。現在の3Dリグには最大20kgまで搭載可能なので、必要に応じてもっと高画質なカメラを使うこともできる。また、レンズ幅は5~30cmまで自由に変えられ、レンズの角度もプラスマイナス90度と自由度が高いのが特徴だ。

私としては、S3D撮影で最も重要になるのは、これまでの撮影機材と同等の機動性だと考えている。現場での調整時間がかかり過ぎるS3D撮影システムを数多く見て来たが、そのことが作品の面白さを阻害し、どの作品も同じように見えてしまう弊害をもたらしていると結論づけている(つまり、撮影位置やカメラワークが限られる)。画質を追うばかりで、表現という最も重要なものを切り捨てているわけだ。

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そこで、当社は設置に5分、調整も5分以内に完了するようなシステム開発を行って来た。また、手持ち撮影に対応できることも必須で、持ちやすく、軽く、それでいて強固なものが必要だ。現在では第5世代に到達し、重量にして3kg程度。業務用カメラと同等の重さに抑えている。このサイズでレンズ幅、レンズ角度だけでなく、光軸ズレを補正するための3つの3次元調整軸を持っている。

現在のDVD業界では、このスペックでなければ撮れない映像がほとんどなのではないだろうか? 多くのS3D撮影システムが設置に2時間、調整に30分、カメラをちょっと移動するたびに調整が30分というバカバカしいスペックだ。ここはハリウッドではない。こんなに時間をかけていたら、まともな作品など作れない。

設置5分・調整5分というのは、普通の業務用カメラと同じということだ。さらに当社ではリアルタイムに立体視で確認し続けられるモニターをVE席に用意している。本来はカメラマンに立体視させた方がいいのだが、実際にそういうシステムを組んでも、あまり有効な撮影にはならなかった。カメラマンは、自分がやるべき仕事(フォーカス、画角、光などの調整)で忙しく、立体表現を考える余地が少ないからだ。それならば立体専門のVEが付いて、演出家と相談しながらシーンを決める方がいい。

これまでにない表現の可能性! 誰が最初に本当のS3D演出をするか

S3Dについて簡単に説明しておこう。S3D映像は、人間の目と同じ間隔にカメラを配置して撮影し、その左右の映像を人間の左右の目にそれぞれ見せることで立体的に認識させる仕組みだ。これ以外の見せ方は存在しない。詳しくは認知心理学という学問に任せるが、人間の脳は、左右の目に入った映像のズレ(違い)から立体を認識するようにできている。まことに残念なことだが、斜視や左右の目の視力差が大きい人は立体を認識できない。

一方、どうやって左右の目に違う映像(左右カメラの映像)を見せるのかというと、ご存知のように専用のメガネを使ったり、モニターに工夫をして左右映像を分離して裸眼で見えるようにする。さまざまな立体視のシステムがあるが、筆者の経験では、実は赤青メガネこそが最も疲れ難く、最も立体感が強いと思う。次にヘッドマウントディスプレイ、裸眼ディスプレイと続き、最後にシャッター式や偏光メガネ式という順だ。色表現という意味では、赤青メガネは圧倒的に不利だが、10分ほど見ていると色が見えてくる。これはカラーアナグリフといって、左右の映像を合成したときに正しい色を見せるという新しい技法で、実はこの方式が最も安価でS3Dを最も楽しめるものだと思っている。

さて、S3D撮影・編集という観点でみると、立体にはこれまでの撮影とは違う表現要素が含まれている。撮影はこれまで、レンズ焦点距離、フォーカス位置、明るさ、シャッタースピード、コマ数(ハイスピード撮影など)、色あいという要素を組み合わせて表現してきた。S3Dではさらに、立体の量、立体の位置という要素が加わる。

まず、立体の量だが、実はレンズ幅やレンズの角度で、どの程度の立体感を出すかが決められる。つまり、人間の目で見たものよりも立体感を強めたり、減らしたりすることができるのだ。一方、立体の位置というのは、被写体をどこに配置するのかということだ。つまり、主要被写体をモニターの手前に飛び出させるのか、モニターの奥へ送り込むのか。これらは撮影時もしくは編集時に調整できる。ただし、最近のモニターは手前側に飛び出す表示をすることが苦手な製品が多いので、制作者としては手前へ飛び出させるという最も面白い表現を封印されている。

さて、昨年11月以降、当社はS3DのDVDタイトルを10作品以上リリースしてきた。その間、さまざまな演出家、カメラマンと仕事をしてきたが、未だ、S3Dに最適な演出やカメラワークができているとは思っていない。逆に言えば、S3D作品を作る上で、機材よりも演出・カメラワークの方が難しいのである。また、最近発売された3D対応モニターは、これまでの我々が抱いているS3Dのイメージ(モニターの手前に飛び出す)ということよりも、奥行き感で表現するというスペックになっている。これも演出的な擦り合わせなしに、先にスペックが決まっているという感じが強く、いい作品作りをするには足かせになるだろうと感じている。

S3D撮影を大きく分けると、撮影現場で立体調整を完璧にして編集時には微調整に抑えるという考え方と、撮影と編集の両方で立体表現を調整するという2つの考え方がある。S3Dに関するメーカーやコンソーシアム(協会)では、前者の考え方で開発や研究を行っている傾向が強い。しかし、S3D作品を短時間に大量に作っている弊社としては、結果として機材に縛られる前者(撮影時にS3D表現を完成させる)は、どの作品も同じように見えてしまう危険性が高いと危惧している。  いずれにせよ、自由に立体を表現できる撮影機材と編集ソフト、それを自在に使いこなすクリエイターが揃うのには、まだまだ時間がかかるのかもしれない。しかし、映像表現に立体誇張、立体位置調整というあらたな表現が加わったことは、表現者として歓迎すべきことだろう。

Vシネ収録現場にS3D専門VEとして参加

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「巨乳ドラゴン」((C)2010 製作:「巨乳ドラゴン」製作委員会、制作:ティーエムシー、監督・脚本:中野貴雄、主演:蒼井そら)の収録風景

2010年になり、S3Dを採用するVシネの制作が活発になっている。筆者は、中野貴雄監督の特撮ホラー『巨乳ドラゴン』(製作:「巨乳ドラゴン」製作委員会、制作:ティーエムシー)に、S3D専門のVEとして参加した。5月現在でも他に2本のS3D作品を受注している。中野監督の作品は、S3D版は通常の業務用カメラがメインとなり、S3Dと交互に撮影を行った。S3D撮影は通常とは異なるカメラワークを要求されるので、別々のカメラを使った。当社の軽量システムが採用されたのは、やはり撮影のセッティング時間が非常に短いこと。そして、S3Dの演出に対して、多くの情報があり、リアルタイム表示により演出上のカメラワークを加えることができることだ。

実際の撮影においては、被写体までの距離が比較的長い5~10mの撮影ではレンズ間隔を20cm近くまで広げて、ホラーとしての迫力を上げる一方、近接撮影ではレンズ間を5cmまで縮めている。編集は、監督自らが行うため、S3D映像は素材段階で立体化しておき、その素材で編集をしてもらった。

実は、編集時のやり取りが、今後の制作では最も重要な要素となるはずだ。S3Dの本当の良さを引き出すには編集時の演出も重要で、そういった意味では通常の編集マンとS3D作家の連携が不可欠となる。余談だがAVの世界では編集、モザイク加工、立体合成、審査という段階を踏むが、現在では審査団体(財団法人)と連携したS3D加工が必須となっている。

S3Dの世界は撮影に大きなウエイトがあるように思われているが、実際には編集以降の方が重要であり、使う労力も大きい。メーカーでは、撮影から編集までのフローを提供しているが、実際には、既存システムとの融合なくしてはS3Dコンテンツは作れないというのが現状である。EDIUSやFinal Cut ProなどがS3Dを簡単に扱えるようになることも、カメラが使いやすくなるのと並行して行われるといいだろう。

わたなべけんいち(ナベックス)