(1)立体視の仕組み

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四角いキューブを手前から奥に3個並べて見ると、左目と右目では見え方が異なる

現在制作されているステレオスコピック3D(S3D)コンテンツは、右目と左目の位置が離れていることから来る両眼視差を主に利用して制作されている。人種や個人差、年齢などにより、左右の目の距離は異なるが、おおむね65mmを基準として、この間隔にカメラを配置して記録したものを左右の目に独立して見せることで立体的に視聴できるようにするというものだ。

人が奥行きを知覚するのは2つの目からの情報によるところが大きいが、実際は見えている光景の奥行きを判断するのは、最終的に人間の脳がどう情報処理するかで決まる。両眼視差情報だけでなく、物の遠近に応じてその物と両眼との角度(輻輳角[ふくそうかく]=コンバージェンス)や動きの早いものほど近くにあるという単眼運動視差など、さまざまな要素が加わって奥行き情報を知覚していることになる。

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例えば上の図で、左はスクリーン面に左右の視差なしに映された映像で立体感がない。中央はスクリーン面に左右逆の映像が映され映像が飛び出て見える。右は、その逆で奥に引っ込んで見える。スクリーン上に映された左右の映像距離はスクリーンの大きさや視距離によって調整が必要で、撮影時の調節は視聴時の状況によって適宜調節が必要となる。

ほかにも奥行きを知覚する要素として、物の大きさや高低、重なり、明暗、コントラスト、形状などがあり、これらは古くから絵画などで利用されている手法となっているほか、いわゆるだまし絵などはこうした知覚要素を逆手にとったものといえる。

S3D撮影をする場合は、目の代わりにカメラを設置する必要があり、原則として2台のカメラの間隔と輻輳角が立体感を調節する上で重要な項目になる。

(2)繰り返す立体視ブーム

左右の目に異なる情報を伝達する方法としては、右目用と左目用の独立した映像を用意して、双眼鏡のように覗いて見る方法がスチル写真が普及しだしたころからあった。1915年には赤青メガネ式のアナグリフ方式で映画が上映されており、これが最初の立体映画とされている。

その後、1950年代のテレビの普及で、客足が遠のいた映画業界が立体映画の上映を行い、これが第一次ブームになったものの、ギミックな内容に走りすぎたせいか長続きしなかった。

テレビが一般的になってカラー化されると、赤青メガネ式の立体映像の放送が可能になり、国内では日本テレビが『オズの魔法使い』の一部に立体映像を採り入れて放送したりしていた。ビデオが普及すると、フィールドごとに左右の映像を記録し、液晶シャッター方式のメガネをかけて立体映像を楽しむという方法で、1980年ごろVHSやベータ、VHDやLDなどでかなりの数のタイトルが発売された。このころは、『13日の金曜日』や『ジョーズ』など立体映画がヒットした時代でもあり、ゲームなどへも立体映像は波及していった。これが、第二次立体映像の時代である。

(3)立体視の方式

現在でも、左右の目に独立した映像を見せる立体視のシステムはある。しかし、動画を視聴する場合はHMD(ヘッドマウントディスプレー)などを使用しなければならず、装着の手軽さという面だけでなく、基本的に個人の視聴に限られてしまうことから、特殊な用途に限られているのが現状だ。それでは、一般的な立体視の方式を確認していこう。

●アナグリフ式

スクリーンやテレビモニターなどで視聴する場合は、何らかの方法で右目と左目に別々の画像を伝達しなくてはならない。赤青メガネを使うアナグリフという方法は、古くからある。特別な3D用の視聴システムを用意しなくても既存の再生システムを流用できるというメリットがあるものの、フルカラーの画像にはならないというデメリットがあった。

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DVDタイトル「戦慄迷宮3D」初回限定版は、トリオスコピクス方式のメガネ付きだった

最近は、マゼンタとグリーンメガネによるトリオスコピクス方式(Trioscopics 3D)によりフルカラーの映像が視聴できるようになった。この技術を採用したDVD『戦慄迷宮3D』(発売:アスミック/販売:角川映画)が、今年2010年3月にメガネ付きのものが発売され(初回限定版)、話題になっている。アナグリフ方式は廃れてしまった技術かといえばそうでもなさそうである。ただ、立体の表現力という面では他の方式に比べると劣るようである。

●偏光メガネ式

偏光メガネ方式も歴史が古い。1952年の『ブワナの悪魔』のほか、『肉の駐人形』や『ダイヤルMを廻せ!』などの映画がこの方式で上映された。この時代の偏光メガネ方式は、縦横90度に異なる偏光角度をもったフィルターで左右の映像を分離する方法で、2台の映写機を同期して映写していた。映写の縦横とメガネの縦横偏光がきちんと一致していないと立体感に影響があるので、頭を傾けたりすると立体視に影響した。

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偏光メガネは安価であることが特徴

現在の偏光フィルター方式は、縦横の直線偏光ではなく、右回り左回りの円偏光を利用しているものが多い。円偏光フィルターを使用すると、多少の傾きがあってもきちんと立体視できるようになっている。

アナグリフ式、偏光メガネ式はいずれも視聴時に必要なメガネが安価であることが最大の特徴といえるだろう。実際イベントや映画上映などでは、使い捨てにしている事例が多いようだ。

●液晶シャッター方式

液晶シャッター方式による立体映像の視聴は、映画やテレビなどエンターテインメント用に開発されたものではない。もともとは、ステレオグラフィックス社(現Real D社)が軍事、産業向けに1980年に発表したものであった。翌年にはパナソニックがこの技術を採用したテレビを試作したが、奇数と偶数の走査線に左右の映像を割り振るフィールドシーケンシャル方式で、現在主流になっているフレームシーケンシャル方式ではなかった。

当時のテレビは毎秒60フィールドのインタレースだったため、チラツキを軽減するためと思われるが、一般に普及したビデオタイトルは既存の再生装置を流用したため、フレームシーケンシャル方式となっている。

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裸眼で立体視聴できる日立のWoooケータイH001

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パララックスバリアシステムによる裸眼立体画像ビュアーFinePix REAL 3D V1

いずれにしても液晶シャッターを映像に同期して駆動するための電気回路が必要となるため、電源が必要であり、価格もアナグリフ式や偏光フィルター方式に比べ高価になってしまう。ただ視聴時の姿勢(傾き)による立体感は偏光方式より少ないといえる。


これらの3方式はいずれもメガネを必要とする方式だが、近眼や老眼などですでにメガネを使用している人たちへどのように適応させるかなどが課題となっている。メガネなしの裸眼立体システムもホログラム技術を採用したものなどが開発されているが、手軽に家庭で使用する状況には至っていない。ただし、携帯電話や10型程度の小型モニターはすでに実用化されており、一般に市販されている。これらは、レンチキュラーレンズやマイクロプリズム、パララックスバリアを使った方式で、視距離など限定された範囲での視聴に限られている。

(4)3Dガイドライン

すでに第3次立体映像の時代ではあるが、基本的なテクノロジーはあまり変わっていない。過去の立体映像ブームはいずれも数年ほどですたれており、広く一般に定着せずに終焉を迎えている。こうした轍を踏まずに今度こそという思いも業界に根強くあり、3Dガイドラインが3Dコンソーシアムや機械システム振興協会から発行されている。

この3Dガイドラインによると、視聴年齢や時間、環境など、正しく立体映像を楽しむための指針や、立体感を極端に誇張しないような配慮など、過去の問題点を解決する方向にあるようだ。過去の立体映像ブームのときは、奥行き感よりも飛び出す方向の映像制作が盛んに行われ、極端に飛び出す立体映像は視聴者に疲労感や不快感を与えたりもしたからであろう。

立体映像に限らないが、いずれにしても新たなメディアの普及の鍵はコンテンツの内容が最も重要になると思う。

(稲田 出)