Final Cut Proの次を求めて
5月リリースのAdobe CS6。Final Cut Proの次に来るアプリケーションを時代は求めている
Adobeが5月に発売したCS6シリーズ。いよいよパソコンによる動画編集がハイエンドのワークフローを飲み込むことになりそうだ。今までノンリニア編集の代名詞であった「Final Cut Pro」ではあるが、32bitアプリケーションであるため時代が求める高画質の映像を操るには少々力不足になってきていることは否めないだろう。事実HD時代を支えたFinal Cut Pro 7の功績は大きく、その輝かしい記憶は未だ多くの現場で支持されている。しかしポストHD時代になって高解像度の映像素材も多く取り扱われるようになり、いかに「効率的で快適な編集」を行うかが求められるようになった。そしてその答えを導くキーワードこそが「64bit」と「ネイティブ」であると言っていいだろう。
64bitパフォーマンスは必須
そもそも映像処理を32bitで行うのと64bitで行うのではパフォーマンスに大きな差がある。32bitOSでは最大でも4GBのメモリを使用できなかったため、HDの編集ですら相当の負担をパソコンにかけることになっていた。そのため4Kの映像や3D映像などを編集するとなると、192GBまでのメモリを物理的に使える64bitの力が間違いなく必要だ。2010年にCS5をリリースした時、先駆けてAdobeは動画編集環境を一気に64bit化した。これにより32bitOSを使用するユーザーはハードウエアまでの買い替えを強いられることとなるのだが、今考えてみればAdobeの決断は正しかったといえる。
そんな64bit化から2年。ノンリニア編集ソフトウエアのPremiere Pro CS6と、コンポジットソフトウエアのAfter Effects CS6は動作も更に安定し、多くの進化を遂げることになった。注目すべき点は動画エンコードソフトのMedia EncoderやディスクオーサリングツールのEncoreまでもが64bit化を果たし、IllustratorやPhotoshopと併せていよいよワークフローの全てのステージでノンリニア環境が64bit化したことだ。
更にメモリの価格が大幅に下がったことで、効率的なシステム環境を多くのクリエーターが手にできるようになった。デスクトップ環境であれば24GBのメモリセットが数万円で手にできるとは夢のようである。Windows7の64bitOSも汎用的になったことを考えれば、今、映像編集には64bit環境が「必然」であると断言できるだろう。
ネイティブという言葉にこだわるAdobeの素晴らしさ
ProResが高評価のコーデックであることは間違いない。多くの収録機器で採用されるのには理由がある
AppleのFinal Cut Proが評価された点は「ProRes」にあった。今をもって最強といわれるそのコーデックはポストHD時代においても活躍の場所を広げている。特に最近は収録コーデックとして採用されることが多く、数々の外部レコーダーにおいてデファクトスタンダードになっていると言えるだろう。しかしFinal Cut Pro 7内での使用はあくまでも「中間コーデック」としての立ち位置であった。つまり編集する際は、収録素材を一度ProResに変換してからプロジェクトに読み込むという方法を前提として設計されている。カメラコーデックが乱立する中で、いったんProResにすれば「快適に編集できる」というのがある意味このコーデックの強みでもあるだろう。
ところがAdobeが確立した手法は全く反対であった。乱立するカメラコーデックを、全てそのまま扱ってしまおうという発想で映像編集のプラットフォーム作りに取り組んだ。中間コーデックに書き出すことなく、撮影した素材をそのままパソコンにコピーするだけで即編集が始められるという考え方だ。Premiere ProやAfter Effectsに主要のカメラコーデックをそのまま載せることができるようにすることで、迅速で効率的な編集ワークフローを組めるようにしたものだ。この環境こそを「ネイティブ」と呼び、中間コーデックに書き出す際に必要とされる多くの時間やディスクスペースといったものを省くことに成功した。
IllustratorやPhotoshopの素材もベクトルデータやレイヤー構造のまま、Premiere ProやAfter Effectsで読み込み可能
更にAdobeのすごいところは、ソフトウエア間のデータのやりとりもネイティブに完結できることだ。Premiere ProのプロジェクトとAfter Effectsのプロジェクトは相互で読みあうことができるだけでなく、IllustratorやPhotoshopなどのデータもPremiere ProやAfter Effectsでレイヤー構造やパスデータとしてそのまま読み込むことができる。Adobeならではのアプリケーション同士におけるダイレクトのやりとりができるというのは、大変魅力的である。
CS6でいよいよデジタルシネマまでを視野に
Adobe Premiere Pro CS6で64ibt&ネイティブワークフローを支えるのが、映像の再生エンジンであるMercury Playback Engine(MPE)だ。CS6になって、そのパフォーマンスは大きく進化した。再生解像度を選べるようにしたことで、REDの5K素材であってもリアルタイムで再生させることが可能だ。フルHDのEOSムービーなども、環境が整えばフル解像度で4ストリーム程度なら一気に再生させることができる。更にMPEのすごい点は、nVIDIAのグラフィックカードの64bitCUDA演算を使って再生能力を加速させることができるということだ。Quadro2000であれば5万円台で購入できる上、電力上の制限も少ないため、非常に効率的にMPEのGPUアクセレレーションをかけることが可能になる。HDの編集であれば、ストレスの全くない環境を作ることができるだろう。そんな再生環境を武器にしたPremiere ProはいよいよCS6でデジタルシネマの世界にその活躍の場所を広げようとしている。特にCS4の時からネイティブ対応を果たしたREDとの相性は抜群で、CS6ではEPICの素材にデフォルトでネイティブ対応しただけでなく、MPEの力で5Kの素材も「全く問題なく」リアルタイムで編集ができるようになっている。
ARRIRAWにもついにネイティブ対応を果たした。いよいよデジタルシネマもネイティブに
Premiere ProにはREDのRAWファイルを現像する専用のパネルまで準備されているため、撮影後即編集というスタイルをREDで構築することができるのだ。従来シネマの世界でパソコンでのノンリニア編集はあくまでも「オフライン」としての色が強かったが、5KがネイティブRAWで編集できるとなると、デスクトップ編集で映画をオンラインで扱えるようになったと言ってもいいだろう。しかもCS6からPremiere ProはなんとARRIのALEXA素材にもネイティブ対応を果たした。ARRIのARRIRAWとREDのR3Dをそのままタイムラインに載せることが可能になったということは今後のシネマの編集スタイルを大きく変えることになるだろう。
AfterEffectsを中心とした映像制作のワークフロー
そして多くの映像編集の現場で支持されているツール、After Effectsとの連携もネイティブで行えるということも忘れてはならない。Premiere Proで扱えるコーデックは当然After Effectsでもネイティブで扱える。Premiere ProのタイムラインをAfter Effectsに読み込んでもいいし、Premiere ProにAfter Effectsのコンポジションを読んでも構わない。もっとシンプルにしたければ、Premiere Proで編集したタイムラインをそのままAfter Effectsにコピペすることもできるのだ。After Effectsには32bit浮動小数点で行える強力な色補正のツールだけでなく、スタビライズやトラッキングも高精度に行え、更にはCG制作やグリーンバック合成も簡単にできる機能が詰まっている。もちろん4Kでも5Kでも問題がないため、主要なコンポジット作業がネイティブで実現できるのだ。細かい新機能については、追って筆者のコラムで記すことにするが、CS6になって更に安定したPremiere ProとAfter Effectsのコンビは、間違いなく次世代の映像編集を支える力を持っていると言っていいだろう。
txt:江夏由洋 構成:編集部