4K映像制作を支える周辺機器メーカーを探る
4K映像制作において必要な機材とプロセスは、カメラや撮影だけではない。視聴者に届けるためには、他にも編集やコンポジット等、多岐に渡る機材やプロセスがある。4K映像制作にはその周辺の機材も必要なのである。その部分の視点から取り上げたい。
NAB2014でα7SやGH4と一緒に組み合わせてコンセプト展示されたATOMOSの外部レコーダー「SHOGUN」は、センセーショナルを巻き起こした。SHOGUNは、HDMI経由で4K UHDの収録対応が映像制作の業界だけでなくデジタルカメラ業界でも話題になったり、NAB2014で期待の外部レコーダーが受賞する「Best External Recorder of NAB2014」や業界に革命をもたらす可能性を秘めた製品が受賞する「2014 Game Changer Award」といったアワードを受賞するなど、多方面で話題になっている。
SHOGUNを開発したATOMOS、実は2010年に設立されたばかりの若い企業だ。日本国内では知る人ぞ知るといった存在だったが、最近は次々と新製品が話題となって名の知れたブランドになりつつある。そんな中、今回の特集を製作中のタイミングで、ATOMOS本社CEOのジェロミー・ヤング氏が来日。マリモレコーズ江夏由洋氏によるジェロミー氏へのインタビューで、ジェロミー氏自身の経験談や、4K外部レコーダーなど新製品の裏話に関して語ってくれた。
ATOMOSが立ち上がるまで。カノープス時代にグローバルカンパニーについて学ぶ
ATOMOS本社 CEOのジェロミー・ヤング氏
――江夏氏:ジェロミーCEOはオーストラリア出身ですが、日本のカノープスでも活躍をしていたこともあると聞いています。ATOMOSを立ち上げるまではどういったキャリアを積んできたのでしょうか?
ジェロミー氏:私は日本のテクノロジーや製品を尊敬しています。学生時代から日本のテクノロジーカンパニーで働きたいと夢を持っていました。神戸で英会話教室のアルバイトをしている時、偶然にもカノープスのCEOに英会話を教える機会に巡り合いました。彼と意気投合して、カノープスで働く機会を得ることができました。
当初は、映像技術に関する知識もなく、カノープス入社後に勉強しました。素晴らしいエンジニアといつも一緒で、アイデアに溢れた日々を送りました。カノープスが大好きで、ノベルティーのステッカーを携帯電話や身の回りのものに貼って喜んでいました。その後、海外営業部を担当し、そこでアメリカやヨーロッパ事務所、さらにロシアなどにも事務所を立ち上げました。
これらの経験を通じて、多国籍企業はどういうものなのか身をもって知りました。グローバルカンパニーとは何か?その頃から、自分もそういう会社を立ち上げたい。世界中が1つになる、家族のような会社を立ち上げたいという思いを抱くようになりました。
カノープスに7年間在籍した後、オーストラリアに帰国し、エンジニアのイアン・オーバーリースと出会いATOMOSを設立しました。社名となったATOMOSには2つの由来があります。1つは手塚治虫の作品「鉄腕アトム」から来ています。鉄腕アトムは毎日、学校に行く前と、帰宅後に2エピソードは読んでいました。本当に毎日読むほど大好きでした。あともう1つは、ギリシャの単語「アトム」の「すべての始まり」という意味も社名の由来になっています。
小型のモニター付きProRes収録対応レコーダー「NINJA」の誕生
――江夏氏:最初の製品はNINJAでしたね。どういう経緯でNINJAのアイデアが誕生したのでしょうか?
ジェロミー氏:アイデアはあってもどんな製品を世に送るのか?は迷いました。2009年のことです。当時のレコーダーと言えば、本体のサイズは大きいし、モニターを搭載していないモノがほとんどでした。そこでキャプチャーデバイスをカメラの上に設置できるような小型のスタイルにして、モニターとハードディスクを一体型にしたNINJAのアイデアが生まれました。ほぼ小型PCのような製品ですが、イアンは本当に優秀なエンジニアです。1年後にはNINJAをリリースできました。
当初カノープスのコーデックで収録を考えていましたが、即編集可能であるProResを採用しました。その当時、カメラメーカーはProResで収録することを想定はしていません。ProRes自体もまだ知名度の高い物ではありませんでした。今では、様々なProResレコーダーが登場し、Windows環境でもProResがサポートされるなど、どんどんと広がってきています。ちなみに、ProResで収録できるレコーダーの開発をAppleに相談し、ATOMOSはAppleからProResのライセンスを正式に収得しています。
――江夏氏:なるほど。ATOMOSはオプションでキャリブレーションを用意していますが、なにかきっかけがあったのでしょうか?
ジェロミー氏:NINJA BLADEに日本製のIPSパネルを採用する時の話なのですが、モニターがちょっと青っぽかったり、黄色っぽかったりすることがあり、キャリブレーションをすればいいのではないかと言う結論になりました。DatacolorのSpyderといったモニターキャリブレーション製品を試用して、キャリブレーションできることを知ってからそれに力を入れることにしました。MacやWindowsの両方に対応するという素晴らしい機能を実現しました。
LCDパネルはその特性上、使用するごとに少しずつ色が変化していきます。IPSパネルはその中でも、色の変化が少ない方ですが、それでも1ヶ月後には色が変化していきます。肉眼では確認できない変化が起きているのです。キャリブレーションされたモニターで収録することで、撮影者の意図した色を正確に反映でき、よりスムーズなワークフローを実現できます。
信頼性のある色で収録をすればポストプロダクションの作業が楽になるのは言うまでもありません。ATOMOSでは、約2週間ごとのキャリブレーションをお勧めしています。LCDパネルは温度によって特性が若干変化するので、電源を投入して30分経過後にキャリブレーションをしてください。
――江夏氏:なるほど。これは日本のユーザーは特に気になっていると思うのですが、なぜATOMOSの製品に“NINJA”や“SHOGUN”といった日本の戦国時代から引用した名称が付いているのですか?
ジェロミー氏:NINJAは暗殺者という意味です。メディアを暗殺する…(笑)。メディアコストを削減するという意味が込められています。映像収録用の記録メディアは、コストがとても高価でした。そんな状況を打破すべく、NINJAではノートPC用のハードディスクをマスターキャディに入れて、カートリッジ化する方法を採用しました。
今年のNABでSHOGUNを発表して以来、多くのお客様から「次の製品名は何だ?」「名前は何でしょうか?」と製品名について反響がありました(笑)。アメリカ人は「いつGEISHA(芸者)がくるんだ?」と興味を持ち、Googleで検索をしていろんな名前を提案してくれます。こういった反応を聞くのも楽しみです。
――江夏氏:日本のユーザーも予想していましたよ。日本のメーカーだと製品名に番号またはアルファベットを使うことが多いですけどね。
ジェロミー氏:カメラや映像制作機器の世界では普通ですが、それではつまらないですよね。製品名には印象的な名前が大事だったり、印象的なキャラクターが必要です。NINJAやSAMURAIではイメージキャラクターもデザインしました。あとはイメージカラーも大事だと考えています。NINJAの赤、SAMURAIの緑、すべてのバランスが大切なのです。ロゴなども人の目に入りやすいので大切です。プロモーションのときも凄い印象的になります。
新製品「NINJA STAR」と「SHOGUN」の誕生秘話
――江夏氏:NABではポケットサイズのProResレコーダー「NINJA STAR」を発表しました。実現するうえでどのようなところで苦労をされましたか?
ジェロミー氏:NINJA STARの初期ロットは3,000台です。3,000台あれば1ヶ月間は持つだろうと思っていましたが、即完売しました。NINJA STARのコンセプトはヘリコプターやアクションカメラといった小型のカメラと一緒に使用するイメージでデザインしました。また、水中カメラなどはMPEG収録が多く、ProResで収録できるものの要望を多く頂きました。そこでコンパクトで小型モデルデザインなものを考えて誕生しました。
課題はLCDパネルを廃したため、一目で識別できるUIデザインの実現でした。LEDライトでバッテリーレベルやオーディオレベルが確認しやすいものをデザインしました。また、小型軽量を実現するため、記録メディアに新しいフォームファクターである、CFastカードを選びました。インタフェースがSATAなので、転送速度が高速で、我々も設計が容易でした。
しかし、CFastカードはまだ普及していないため、入手が難しく、価格も高価。だからこそ、ATOMOS製のCFastカードを製品化しました。お客様の手に入りやすい価格のCFastカードを同時に発売することで、NINJA STARで即収録して頂けます。
そして4K外部レコーダーSHOGUNの登場
――江夏氏:NABではHDMI、SDI両方の端子を備えた4K収録に対応したレコーダー「SHOGUN」も発表しましたね。
ジェロミー氏:NABではSHOGUNも発表しました。本当は9月のIBCで発表する予定でした。ソニーから連絡があり、α7Sが発表されることを聞きました。HDではSDメモリカードに収録ができるが、4Kは収録することができないという話があり、4K動画の記録用に、弊社の4K対応レコーダーのアイデアを提案しました。
α7SはATOMOSと手を組むことで4K収録が実現できるのです。だからこそSHOGUNをデザインしました。22歳の時は神戸で英会話教師でしたが、今ではソニーと一緒に製品をプロモーションできる立場になりました。本当に夢が実現したような気持ちです。
After NAB Showでモック展示されていたSHOGUN。リリースは9月下旬予定
――江夏氏:SHOGUNに入れたかったけれども、諦めなければいけない機能とかありましたか?
ジェロミー氏:もちろんあります。USBです。現在のATOMOS製品のキャリブレーションはSpyderをMacやPCにつなげて実現していますが、もしレコーダー本体にUSBを搭載できれば、直接Spyderを接続してキャリブレーションをすることができます。しかし、USBを搭載するとシステムのデザインに影響を及ぼすので諦めました。
――江夏氏:今年のNABでは、外部レコーダーをリリースしている他社から4K対応のカメラをリリースする動きがありましたね。
ジェロミー氏:Blackmagic DesignやAJAがカメラを作るのに力をいれているのは素晴らしいと事だと思います。しかし、大手カメラメーカーの製品と競合するというのは非常に大変でしょう。ATOMOSは大手カメラメーカーと競合するのではなく、手を組むことが大事だと考えています。HDMIクリーンアウトの普及や、タイムコードやレックトリガーの実装を働きかけています。カメラとの使い勝手を重視しているのがATOMOSのレコーダーなのです。
――江夏氏:最後にATOMOSのアピールや将来のビジョン、日本でのビジネス展開の予定はどのように考えていますか?
ジェロミー氏:ATOMOS製品には、“ビールを飲む時間を創出する法則”があります。シンプルな操作で収録ができて、即編集ができる。スムーズなワークフローにより、全体の制作時間を短縮できます。その短縮した時間でプライベートな時間が広がる。というわけです。
カスタマーのサポートにもより力を入れていきます。製品も何か問題、不満点があるようなことがあれば、すぐに直してお客様の満足や信頼性を得るようにしています。NINJAはファームウェアのアップデートを30回、NINJA 2は47回行いました。このように、問い合わせを頂いて、修正できるならばすぐに取り掛かるようにします。日本では今までプロモーションをあまりしていませんでしたが、これからは力を入れていきます!
インタビューを終えて…
インタビュー後、江夏氏に対談の感想を語ってもらった。最後のまとめとして紹介しよう。
江夏氏:ジェロミーさんは私より若いのに、アグレッシブな姿勢に驚かされました。その積極的な姿勢は見習いたいですね。彼の話から、グローバルにやらないと駄目だなと痛感しました。それはメーカーだけではなく、僕らコンテンツ制作側もです。
それはどういう意味なのか?ジェロミーさんが作った製品を世界中の人が使用するように、僕らが作った作品も多くの世界中の人に観てもらいたい。日本とか東京とかいうボーダーにこだわっていちゃいけない。境とかを気にせずにどんどんと外に出ていかないといけないと感じさせられた対談でした。今後ATOMOS製品の新製品にもどんどん注目をして行きたいと思います。
txt:和田学 構成:編集部