放送機器展ということになっているIBCであるが、ここ数年、機器ではないソリューションやアプリケーションの展示がますます増加している。このレポートではそんなモノではなく展示で気になったものを幾つか紹介しておきたい。
同一周波数の電波でHDと4Kを同時に送信可能に
韓国のETRI(韓国電子通信研究院、Electronics and Telecommunications Research Institute)が同一周波数(バンド幅は6MHz)で異なる複数の放送を同時に行う技術のデモンストレーションを行っていた。
注目ポイントは、将来的にモバイル向けのフルHD放送と固定向けの4K方法を、同一周波数で異なる番組を異なる送信所から同時に送ることができる可能性がある。有限な電波資源を最大限に活用できるわけだ。
ETRIのCloud Transmission Technologyの展示
想定している利用シーン。同一周波数で異なるテレビ局が異なる番組を放送するといったもの。具体的にはモバイル端末向けのフルHDとテレビ向けの4K放送を想定している
デモンストレーション環境
オブジェクト型放送とは何か
BBC R&Dはオブジェクト型放送のデモを行った。オブジェクト型放送というのは、これまでの放送が映像、音声、テキスト等が一つにまとまった完パケ状態でリニアに伝送され、リニアに視聴されるものであったのに対して、オブジェクト型放送ではこれらがバラバラなパーツとして伝送され、視聴側で最適なものを再構築するというものである。タイムシフトやプレイスシフトのさらにその先の技術とサービスである。
これまでの放送とオブジェクト型放送の概念比較
たとえば陸上競技のスタジアムで同時進行で複数の競技が行われている場合に、競技場全景を4Kで撮影し、個々の競技を行っている部分をタッチするとカメラが切り替わり、競技に関連する情報が表示される。またラジオドラマの場合では、リスナーの選択によってストーリーが変化していくというものだ。
タブレット上でスポーツ中継を再現したもの。競技を選択するとカメラと詳細情報が切り替わる。テレビ用とは異なり小画面に最適化されている
ラジオドラマでの利用説明図
これらのデモだけでは、オブジェクト型放送のユースケースがはっきりとは見えてこなかった。この技術はユーザー側の意思によって全く違うコンテンツ(ストーリーと言ってもいい)が端末側で再構築されるというよりは、テレビとスマートフォンなど、画面サイズや接触態度に応じて最適化されるというあたりが今イメージできるものだろう。
あるいはダイジェスト版が簡単に生成できるというのもありなのかもしれない。タイムシフトもプレイスシフトも、結局は作り手側の作ったものをそのまま見る前提であるが、オブジェクト型放送の世界では必ずしもそうではないという発想である。一部インタラクティブな教育コンテンツではすでにそういったものが主流になっているが、果たしてそれを「放送」という枠組みでやるのが適切かどうかという議論はあると思う。
クラウドだけでテレビ局を実現させる
放送システム関連では、局内IP化に関しても展示は昨年からさほど進展している感はない。そんな中でユニークだったのは、イギリスのVesetのクラウドベースのリニアなチャンネル送出システムである。素材のインジェストから素材チェック、メディアアセット管理、テロップなどのセカンダリー、スケジューリング、プレイアウトを全てクラウド上で実現させるというもの。
クラウドベースプレイアウトの概念図
放送業界目線ではいまのところなかなか理解されにくいと思うが、よく考えればデジタルサイネージは、プレイアウトの手前まではすでにこれがほぼデファクトスタンダードだ。サイネージはローカルの端末側に素材を予め伝送してプレイリストだけを更新させて編成しているわけだが、放送的サービスだとローカル側に予め素材を送るのは現実的とはいえない。
そこでプレイアウトは従来の放送と同じようにリニアに送出を行うのが現実的で、伝送路は電波であってもインターネットであってもどちらでもいい。何でもかんでも簡便に、クラウドに持ち込むのが正解かどうかはともかく、こういうことがすでに問題なく可能である。
放送局がこれを採用するかどうかではなく、こういうものを利用する事業者と競合になるわけだ。何といってもVesetのブースには何もモノが無く、「Everything is in the cloud」と言い切られてカタログすら置いていなかった。
Vesetのブースには放送機器は一台もない
ニュースの機動性を上げるDalet
DaletのNeweSUITE。左画面は右から取材ステイタス表示、ニュース番組内の運行表、黄色い部分がDalet On-the Goを経由して送られてきた原稿が即反映される。右側はオンエア中のデモ
フランスのDalet社はNAB2014でトランスコーダー技術に優れるAmberFin社の買収を発表し、さらにラインナップを充実させている。DaletはMAMを中心とした局内ソリューションを幅広く提供しているが、特にニュース向けのソリューションである「NewsSUITE」と「NewsPACK」はニュース項目の管理、取材の指示、編集、テロップ入れ、ニュース番組の運行までもこなすパッケージである。
「Dalet On-the-Go」というスマホやタブレット向けのアプリ単体で撮影とニュース原稿を入力して、素材とともに局にダイレクトに伝送することができるので、取材の機動性が大いに上げる。Dalet社はまもなく日本の大手放送SI会社と提携を行うとのことだ。
スマホだけで安定したライブ中継が可能に
ニューフォリア、Skeedブース
こうした素材伝送に関しては、日本のニューフォリアとSkeedが、共同でIBCに出展をしていた。ニューフォリアはデジタルサイネージやハイブリッドアプリ開発支援プラットフォームである「applican」などを提供しているが、Skeedのファイル高速化ソフトウェアである「Silver Bullet」をアプリに組み込んだ2つのサービスを初公開した。
展示内容
一つはスマホ単体でライブ中継を実現させる「TimelyCast PRO」だ。通常の3GやLTE回線の速度を最大限引き出すことで、安定した動画ライブ配信を可能にしている。すでにイタリアとトルコのテレビ局から具体的な引き合いがあるという。
もう一つは、まもなく一般向けに公開される「SpeedGate」というアプリだ。これはDropbox、Facebook、Google Driveといったクラウドサービスへのファイル伝送を高速化する無料アプリだ。これは各クラウドサービスのネットワーク上の近くにSpeedGate用のゲートサーバーを構築してあり、スマホからそこまでの間をSilver Bulletで高速化し、そこから先はダイレクトにFacebookなどのサーバーに接続しているのでトータルとしては相当の高速化が図れる。
SpeedGateからFacebookへ動画を投稿する。テキスト入力も可能
21メガの動画を17秒でアプロード完了
デモではスマホからFacebookに動画をアップロードしていたが、およそ10秒、21メガの動画ファイルをわずか17秒で投稿完了させていた。対応クラウドサービスは順次追加されていくとのことだ。
マル研のSyncCastがIBCデビュー
講演タイトル
さまざまなカンファレンスが開催された中で、日本人として今回ただ一人、読売テレビ放送の矢野健太郎氏がマルチスクリーン型放送研究会のセカンドスクリーンサービスSyncCastの紹介を行った。同セッションは「New consumer trends – the rise of social media and second screen technologies」で、テレビのソーシャルメディアやセカンドスクリーンの活用事例に関するセッションである。
矢野氏のプレゼンテーションは、「Constructing a Second-Screen Platform Led by Broadcasting Stations」で、テレビ局主導によるセカンドスクリーンプラットフォームであるSyncCastに関して、実際のオンエア映像も含めて紹介した。セッションでは参加者から、「これだけの連動コンテンツを制作するには相当の労力がかかっているのでは?」という質問も出て、制作ツールによってわずか1名で非常に簡単に実現できると説明があった。
実際のオンエア事例を交えてプレゼンテーションを行う読売テレビ矢野氏
こうしたセカンドスクリーン連携についてはいくつかのサービスが各社から提案されているが、既存の局内システムに全く手を入れること無く、極めてローコストで実現できている例は他にはない。またテレビ局が自ら主導的に取り組んでいるのはBBCくらいと思われるので、講演後もテレビ局関係者から質問が続いていた。
txt:江口靖二 構成:編集部