txt:江口靖二 構成:編集部
手のひらの中にテレビ局がやって来た
livestream社のmevoのブースはセントラルホールの一番手前という好位置にある
NAB2016で最も注目したい製品がLivestreamingの「mevo」である。この製品は、テレビ局の機能のほとんどを手のひらの中だけで実現させている。そしてそれは今後の映像メディアに大きな影響を与えるのではないかと考えるからだ。
デジタルとインターネットというイノベーションによって、高速な回線でインターネットに接続したスマートフォンを多くの人が持ち歩くようになった。これによって、テレビ局だけが可能であったライブ中継が、だれでも簡単にできてしまう環境があっという間に整ってしまった。こうなると映像メディアの状況は大きく様変わりする可能性を持つのではないだろうか。
mevoの本体。カラーは白と黒の2色
mevoのことを同社はライブイベントカメラと呼んでいる。このmevoの持つインパクトは計り知れない。スマートフォンで動画撮影やライブストリーミングをするときに、いままではスマートフォンに内蔵されているカメラ1台しか使えなかった。これでは当然ながら絵のバリエーションは乏しくなる。
ところがmevoは最大9カメなのだ。広角150度レンズで捉えた4K映像をWi-Fi経由でスマートフォンに伝送し、この4K映像からスマートフォン側のアプリで最大で9ショット、つまり9カメ分に相当する映像エリアを、4Kの範囲から任意の9箇所切り出すことができる。そしてそれがスマートフォン画面上にサムネイルのように表示され、このサムネイル画面をタッチするだけで、リアルタイムで映像スイッチングが可能なのである。
さらに、指先だけでズームやパンもでき、自動顔認識と自動追尾まで可能なのである。スイッチングアウトの映像は720pでのライブストリーミングか、SDカードまたはスマートフォンに収録することができる。mevoはiPhone 5s以降、iOS 9であれば動作する。
下が切りだされた画面でここでは5カメ相当。上がスイッチングアウト映像
こうなると、テレビ局の制作技術と送出技術の基本機能が、手のひらの中のスマートフォンだけで実現できてしまうのである。複数台のカメラも、局までの伝送回線も、マスターも送信機もアンテナも全部手の中にあることになるし、それに関わる人も必要ない。なんと素晴らしいことなのだろうか、いや、なんと恐ろしいことだろう、だ。
もちろん、道具と環境を手にしたからといって、長年にわたって積み重ねられてきた、テレビ局の制作力や技術力が、mevoによって覆されるものではない。
mevoの主要スペック
しかし2つの点を注目しておくべきだ。1つはスマートフォンの機動力だ。いまや圧倒的多数のスマートフォンがあらゆる場所に常に存在していることになる。即時性が求められる報道の中継などでは、FPUもSNGもスマートフォンにはかなわない。
もう1つは、これからコンテンツとしてのライブの重要性が再び際立ってくるのではないかということだ。歴史的に見れば、もともとは音楽、スポーツ、演劇などのようなエンターテインメントはすべてライブであって、その時その場所でのリアルタイムの実演以外には存在し得なかったものだ。
ところが、録音や録画という技術の登場によって、わずかこの100から150年ほど前から変化が生まれ、レコードや映画といった、実演を保存して配信するという産業が生まれたに過ぎない。それがいま再び、デジタルとインターネットとスマートフォンと、そして例えばmevoのようなものが、再びライブへと回帰させる方向に向かうのでないだろうか。そしてそれは、これまでのようにメジャーなコンテンツしか流通できなかった状況を変えていくのではないか。
一般の人にとっては、映像編集というのはかなり敷居の高い作業になる。ところがライブストリーミングは、時間軸は勝手に流れていくので、映像編集のようなタイムマネージメントが必要ない。これは多くの人にとって、かなり受け入れやすいものになるはずだ。スマートフォンを使ったパーソナルなライブストリーミングが、今後どれくらいのニーズがあるのか、ここが問われてくるのだと思う。
mevoのライブストリーミングは、いまのところ自社で提供している配信プラットフォームLivestreamとFacebookライブに対応している。価格は399ドルで、執筆時にはプレオーダーとして299ドルである。
txt:江口靖二 構成:編集部