txt:山本加奈 構成:編集部
Withコロナ時代をどうやって生き抜くか
Withコロナ時代の映像制作の現状を分析し、今何が起こり、何が必要で、その後に何が訪れるのかを考えるシリーズ。再起動をはじめた映像業界でも現場の話をいくつか耳にするようになった。ここまでの本特集は、現場を捉えて明日を考える章だったが、Vol.05以降でははやくも時代に対応していく新しい映像制作のカタチを追っていきたい。
- Vol.01 ポスト・コロナ時代の映像業界を生き抜くために
- Vol.02 これからの映像制作現場はどうなるのか?
- Vol.03 コロナ禍の映像制作現場の現状から
- Vol.04 新型コロナウイルス感染予防マニュアルまとめ(随時更新)
Vol.05では、4月に起ちあがったリモート撮影を専門とするSTUDIO DISTANCEに注目する。STUDIO DISTANCEによって制作されたスターチャンネルのCM事例を、担当プロデューサーの金子涼平氏と、カメラマンの湯越慶太氏に解説いただいた。
(左)プロデューサーの金子涼平氏、(右)カメラマンの湯越慶太氏
日本では、5月26日に解除された緊急事態宣言。このまま収束へ向うことを祈るばかりだが、世界を見渡せば、新規感染者はいまだ緩やかに右肩あがりをたどり、アメリカやブラジルでは約2万人の新規感染者が報告されている。まだ予断を許さない状況は続く。映像を生業とする方々にとってWithコロナ時代をサバイブするには、これまで以上にフレキシブルな思考とアクションが求められるだろう。
リモート撮影専門サービス「STUDIO DISTANCE」について
BS10 スターチャンネル「観る。掘る。もっと。」篇 TVCM本編15秒5月26日に公開された本篇は、完全非接触の中、約一ヶ月の制作を経て作られた
──スターチャンネルのCM「観る。掘る。もっと。」は、完全非接触で撮影された日本最初のCMではないでしょうか?STUDIO DISTANCEを立ち上げられた経緯を教えて下さい。
金子氏:STUDIO DISTANCEは私の所属する東北新社と、クリエイティブエージェンシーmonopoが業務提携をして立ち上げたサービスです。monopoは日本、イギリスに拠点をもち、時差を利用して3ヶ国をリモートでつないで案件を進行させるなど、デジタルネイティブな発想でグローバルなサービスをすでに展開していました。
一方、東北新社は、創業から映像制作におけるクラフト力、そして知見や経験が豊富です。この2社の得意分野をかけ合わせ、今求められているサービスを考えた時、このフルリモート映像専門チームSTUDIO DISTANCEが誕生しました。
──5月26日に本篇が公開されています。すごいスピード感ですね。サービスの構想から事例制作までどれくらいの時間で進めたのですか?
金子氏:4月の中旬くらいにSTUDIO DISTANCEの話が持ち上がりました。ちょうどグループ会社のスターチャンネルも、在宅期にブランディング広告を打つ計画が進んでいました。お互いの需要がマッチして、テレビCMを作りましょうと、サービスの立ち上げと同時にプロジェクトも開始しました。そこから企画コンテや演出コンテをまとめて、5月の初旬に撮影をしています。
湯越氏:「フルリモート映像制作」というアイデア先行で、それを実現するための技術を追いかけて考えていきました。ミニマムで考えると、本人にスマホで自撮りをしてもらう、画質も最低限でいいというケースがありますが、クオリティをあきらめなくていい方法のひとつが、このスターチャンネルです。
「観る。掘る。もっと。」篇にみる、フルリモート映像制作の流れ。既存のものを組み合わせる妙
クライアントとのオリエンテーションから納品までフルリモートで完結するサービス「STUDIO DISTANCE」
──具体的な撮影の流れを伺いたいのですが、演者さんがカメラの操作にはじまり何役も兼任されると想像します。基本的にはみなさん映像制作においては素人ですよね?本番前どのような準備をされたのか、そこからお聞かせください。
湯越氏:オーディションから特徴的でした。まず書類選考を行うのですが、通常の審査内容に加えて、「自宅撮影ができるかどうか」というポイントがありました。可能な方には自宅の写真を送ってもらい、絞り込みをしていきました。「いい役者」と「いい部屋」の二つが両立している人を見つけるのはなかなか難しかったです。そうやって決定した演者さんとは、本番前に最低1回はZoomで打ち合わせをします。
金子氏:Zoom上のプレロケハンですね。
湯越氏:「窓の方をみせてください」などと、Zoom上でやりとりしながら、小林洋介監督が演出案を固めていきました。光の具合は、事前にアプリ「Sun Seeker」で、住所から太陽の位置を割り出しておきます。マップ機能を使うと何時にどこから日が差すのかがわかります。
これを手がかりに、プレロケハンで演者さんの窓の向きをあわせて、「この家なら13時の撮影がいいですね」とか、光の入るのが2時間しか続かない位置に部屋があれば、「直射日光がはずれた時間帯から撮影しましょう」と確認していきます。Sun Seekerは遠方ロケの際によく使われるアプリですが、それを応用しています。それに加えて、最終カメラテストと衣装チェックもおこないます。
現場には演者1人、自ら機材の設定や準備を行う
──オンラインロケハン特有の大事なチェック項目はなんでしょう?
湯越氏:カメラマン視点で言うと、演者さんが本当にカメラを操作できるかどうか、デジタルリテラシーを気にしていました。それとネット回線です。Zoomで繋いでいるだけでも途切れちゃうような回線速度のところには、本番用にPocket Wi-Fiの準備が必要です。これまでの撮影では、全く気にしなかった項目もおさえる必要がありますね。
カメラがデリバリーされてセットアップまで約1時間半
──このメイキング動画をみると、金子さんが実際に演者さんに扮してリハーサルをしていらっしゃいますね。
金子氏:テスト撮影を通して、どういう事が起こり得るかを検証するために、フルリモートで一回通してやってみたんです。基本的には、既存のアプリやテクノロジーを上手く組み合わせて仕組みづくりをしています。そうすることで、時短でサービス提供開始ができ、使い慣れているツールだと動作における安心があります。このテストで「出来るぞ」という感覚は十分に得られました。
演者の立場で感じたことは、カメラもライティングもすべて自分で設置するため、負荷が大きいこと。制作部としては、そこに対するケアをどうフォローしてくかという課題もみえました。
演者の負担を軽減させる撮影方法とは?
──映像制作は素人である演者さんに、照明、カメラの設定から撮影を委ねるわけですが、クオリティを諦めないと同時に演者さんの負担を減らすために、どのような取り組みをされましたか?
湯越氏:5月上旬の段階では僕もまだ出社できない状況でしたので、自宅をベースとしています。まず撮影キットは僕の自宅から配送され返却されます。撮影キットには、カメラ、カメラとつながったMacBook、三脚、照明が入っています。
金子氏:デリバリーも非接触型の「置き配」で、受け渡しを徹底しました。
湯越氏:撮影当時、撮影開始時間の3時間前に僕の自宅から機材が出発します。2時間前に撮影キットを演者さんの戸口に届けます。撮影が終わったら、撮影キットを戸口に出してもらいます。我が家に届いたら、玄関に入れる前に消毒して、取り込み、メディアのコピーや、バッテリーをチャージし、メンテナンスをして次の撮影に備える流れです。
──今回の企画で採用したカメラは何でしょう?また、レンズやフィルターもセットした状態で撮影キットを作るのでしょうか?
湯越氏:カメラはキヤノンEOS Rを採用しています。コンシューマー機を使う利点は、演者さんでも扱える範囲の機種であること、作動が圧倒的に安定していること。一番はEOS Utilityを使えることですね。リモート撮影では、USBでカメラとMacBookをつないで、さらにリモートデスクトップを使って、自宅のMacから演者さんが開いたMacを操作できるようにする狙いがありました。演者さんには、最初にMacBookを開いてもらいます。Chromeのリモートデスクトップを起ち上げ、EOSとMacBookをつないでもらうと、EOS Utilityが起動します。
そうすることで、自宅のコンピュータから現場のカメラ操作が可能になります。REC操作、シャッタースピード、部屋の明るさに合わせてカメラの微調整も僕のMacから行います。演者さんはカメラを三脚に乗っけて、定位置におくか、手持ちで操作するのみです。
金子氏:これも既存のテクノロジーやアナログな方法を組み合わせながら構築しています。サービス提供までのレールを早く敷けたというのはあります。
演者が自撮りスタイルでキヤノンEOS Rで撮影(厳密には湯越氏がリモートでおこなう)
──レンズやフィルターも、演者さんの環境に合わせてセットした状態で、撮影キットをつくっているのですね?
湯越氏:今回はアングルをみた時点でRFの15-35レンズひとつに絞りました。演出コンテの時点で、演者さんがモニターを見ている画がほとんどなので、広角のレンズ一本でいけるという判断です。フィルターを一枚いれてレンズを付けた状態でお渡しするので、演者さんはスイッチを入れるだけです。
1/4のスタッフ数で挑む撮影本番。見えた課題とは?
カメラのズームは編集ズームで処理。物撮りは、すべて湯越氏の自宅でおこなわれた
──撮影本番の環境を教えてください。Zoom画面ではどこまでのスタッフがプレビューしているのでしょう?
金子氏:クライアント、代理店、演出、プロデューサー、撮影、CGプロデューサー、そして演者さんで、だいたい10名前後が参加しています。そしてここに参加しているのがすべての制作スタッフとなるので、規模感で言うと通常撮影の1/4~1/5程度です。
湯越氏:撮影だけでも、助手やビデオエンジニア、照明部、美術部、録音部、スタイリスト、ヘアメイクといった現場を、すべて演者が自宅で完結するわけです。
──Zoom上でのセッションは快適でしたか?
湯越氏:慣れは必要ですね。Zoomの画面共有機能を使ってプレビューをしたので、僕が見ている画面と、監督、プロデューサーが見ている画面は少し違ってきます。僕の画面が一番遅延が少ないのですが、監督がプレビューをする環境としてはまだ厳しいものがあり、フレームレートが落ちてしまう、遅延が発生するという機能上の限界があります。「よーいスタート」がかかると監督はモニターを凝視して、脳内で補完作業を迫られるわけです。監督の負担は大きかったと思います。
今は、仕組みをアップデートして、OBS(Open Broadcaster Software)を使って、コマ落ちのない状態で、プレイバックまで出来るようになっています。リモート環境はもっと整ってくると見ています。
金子氏:案件によって選択をしていくべきだと思います。リモートシステムは一長一短というか、特徴があります。選択できる目と情報をもっておくこと、置かれた状況でどういった事ができるのかを考えることが大事だと実感しています。納期、予算、クオリティが合致するところで、今の時代、選択肢はかならずあると思っています。
──本番を経て、どのような課題がみえてきましたか?
湯越氏:撮影中、Zoomの画面の向こう側で演者さんを見守っているんですけど、こちら側のテンションが上ってくると、「もう一回やりましょう」となってきます。制作部側は椅子に座って、何ならドリンク片手に言うだけなのでカンタンなんですね。
しかし、演者さんにしてみたら、照明位置を変えたり、腕を伸ばした状態で、カメラを長くキープしなくちゃいけなかったり、身体の負担は大きい。制作部としてはそこに対して意識的に思いをまわしてあげないと、演者さんは疲弊してしまいます。
金子氏:テイクが重なると、演者さんの顔も曇ってくるのがZoomでもわかります。休憩を程よく挟んだりすることも大事です。そのため通常撮影より時間は長く見ておくことが必要です。ですので、今回は1日1名で撮影を組みました。これまでの撮影方法だと、がんばれば1日撮影で撮り切れるボリュームかなと思います。
湯越氏:構図的な制限もありますね。このシステムで成立するのは「日の丸構図」で、人間の顔がセンターで、カメラを見ているアングルである企画です。カメラの機能とも関係してくるのですが、今回はEOS Rの顔認識機能をフル活用して撮影しています。最近のカメラは顔認識機能を使ったオートフォーカスがすごく優秀です。
オートフォーカスは、プロの現場では使わない機能の一つだと思いますが、リモート撮影ではモニターをしている画面が1920pixの解像度で見れるわけではないので、フォーカスがきているかどうかはシビアに確認できません。
そのときに、EOS Rは瞳AFといって、眼にマーカーがついて追尾しているのが視認できるので、モニター画面が信じられない分、そのマーカが外れていないかどうかを確認することで、フォーカスの判断ができますね。
この機能も使っているとクセがみえてきます。たまにカメラが顔を見失う瞬間が生じフォーカスが外れる時もあるのですが、どうやってリカバーできるかの経験値は使えば使うほど身についていくのです。スキルはニッチですが、リモート撮影ではこれくらいの柔軟性が必要だと思いました。
今後発売予定のEOS R5がRAW撮影できるようになると聞いているので、リモート撮影がひとつの強力な選択肢になっていくのではないかなと読んでいます。「オレたちがやるのは一味違うぜ」と言えるよう準備をしておきたいですね。
金子氏:個人的には、100点を取りに行く完全無欠のシステム構築を求めるより、コラボレーションの実績と、そこからの気づきを得られたのが大きかったです。企画にとって最適なチョイスが出来るよう、情報収集や仲間を得られるように日々動いていきたいと思いました。
今後の可能性と求められるスキルとマインドセット
──STUDIO DISTANCEで、今後どのような発展を考えていますか?またすでに進行しているプロジェクトがあれば教えて下さい。
湯越氏:スターチャンネルのCMの最大のテーマは「人との接触を断つ」というものでしたので、結果このような作り方をしましたが、例えば撮影場所が、自然豊かな森の中だったら、カメラマンもいてもいいのではないかと思うんです。
別の例では、役者さんの事務所が「制作スタッフを入れない」という方針でしたので、このシステムが使えました。感染予防という目的を見失わないように、状況に応じてアレンジしていければいいですね。
今後この体制で、美術やスタイリスト、ヘアメイクにも参加してもらう形でリモートができないかと考えています。これはコロナ禍の悩ましい問題でもあるんですが、多くのフリースタッフが「現場がない=仕事がない」という状況で苦しんでるわけですよね。今回スターチャンネルでは演者の自宅を使い、衣装や家具も全て自前でやってもらったわけですが、当然限界もあり、そこに専門領域のスタッフをアドバイザーとして入れていくことは可能だし、選択肢も広がると思っています。
──人生は思いがけないことが起こると知った今、世界は変わり続けると思います。そんな時代で必要とされるプロデューサー像、カメラマン像を、どう見ているのかお聞かせください。
金子氏:国内外という垣根がいい意味で崩されたと感じました。この数週間でオンライン打ち合わせも普通になりました。こうしていつでもどこでもつながれるという下地が世界中の人々の中に出来た感覚が生まれました。肉体的な拘束がないということは縦横無尽にいろんなところに行けるということで、活躍出来る場がたくさん眠っているのではないかと思うのです。
ムービーだけではなく、VRやAR、仮想空間の価値も高まるのではないかと感じています。色々な分野に興味を持つこと、国籍にとらわれないこと、オープンマインドであることは、ニューノーマルをサバイブするために、下支えする必要な考え方だと感じています。
湯越氏:新しいものをこれまで以上に面白がる姿勢が必要かと思います。「ワタシはARRIしか使いません」と言っていると、遂に淘汰されてしまう時代が来たと感じます。リモートでは、予測する力が必要です。今回の撮影キットに何が必要で、受け渡したらどういうステップで的確に指示ができるか、現段階でそれをできる人ってそんなに多くはないと思うんです。この職種に特化しすぎたスキルかもしれないですけど。
金子氏:海外にいかなくても、海外撮影が出来る時代にもなったなと。行けないのは少し残念ですが、そういったことも積極的にチャレンジしていきたいですね。
そんな感じで、国内にとどまらず、国外のクライアントやコラボレーターとも、コミュニケーションを取ったり、アライアンスを組んでいけるチャンスがより出てくると思うので、グローバル展開の波にきちんと食い込んでいけるようにしたいですね。
湯越氏:国内でも例えば、同時多発的に全国に撮影セットを送って、同じものを同じタイミングで一斉に日本中で撮るというのはおもしろそうですね。リモート撮影をやってみて、小林くんは「オデッセイ」(監督:リドリー・スコット)みたいだと言い、僕は「アポロ13」(監督:ロン・ハワード)みたいだと言いました。
宇宙空間で起きたトラブルを地球上にある全く同じユニットを操作してトラブルを回避するシーンは、まさに、演者のところにあるカメラと同じユニットを僕の手元においてシミュレーションしたり、案内しているのと同じだ、なんて感じていました。
プロフィール
湯越慶太 :シネマトグラファー
1982年福岡生まれ。九州芸術工科大学画像設計学科卒業、九州大学大学院芸術工学専攻
CM制作部を経て2018年よりシネマトグラファーとして活動。2019年より東北新社OND°に所属。近作には、東京海上日動あんしん生命TVCM、paypay webムービー「お店で踊ってみた!チャレンジ」、OGK技研 チャイルドシート「GRANDIA」webムービーなど。佐藤可士和/SAMURAIの「NISSIN KANSAI FACTORY」で、ACCブランデッドコミュニケーション部門Dカテゴリーにてグランプリ受賞。 金子涼平 :プロデューサー
2012年 東北新社入社。2019年7月よりプロデューサーをつとめる。TVCMを中心とした映像制作の枠にとどまらず、イベント、デジタルプロモーション分野においても、統括したプロデュースを多数担当。新しく、チャレンジングなプロジェクトに取り組んでいる。主な仕事にTOKYO 2020 組織委員会「2020 TICKET プロモーション」、FUJIFILM「SHUTTER MISSION」、OPEN MEALS「SXSW2018.2019」、Panasonic「Lクラス バスルーム/キッチン」ほか。
txt:山本加奈 構成:編集部