txt:安藤幸央 構成:編集部
全てオンラインで開催、異例の大規模カンファレンスSIGGRAPH 2020
世界的なコロナ禍の中、今年のSIGGRAPH 2020は全てバーチャル(オンライン)で開催された。SIGGRAPH(シーグラフ)は世界最大のコンピュータグラフィックスとインタラクティブ技術に関する歴史ある学会・展示会である。毎年SIGGRAPHは7月または8月の1週間、北米の巨大なカンファレンスホールで世界中から数万人を集め開催されるのが定番となっていた。
世界的なコロナ禍の中、会場として予定されていた米国ワシントンDCコンベンションセンターも、新型コロナウイルス対策の施設として使われることが決定し、今年のSIGGRAPHがどういった形で開催されるのか大変注目されていた。
第47回となるSIGGRAPH 2020は、オンデマンド配信のWEEK1が8月17日から、ライブ配信のWEEK2が8月24日から28日の5日間開催され、その後も10月27日までオンデマンド配信が観られるバーチャルカンファレンスとして開催されることになった。
hubb.meにより会期中、好きな時間に視聴できるバーチャルカンファレンス形式のSIGGRAPH。フルスクリーン視聴も可
- 8月17日(米国時間)より、オンデマンドのいつでも見られるオンラインコンテンツの配信を開始
- 8月24日(米国時間:日本時間では25日の深夜頃)から28日の5日間は、インタラクティブな対話やQ&Aありのオンライン配信を実施。Q&Aセッションなど一部を除き全てアーカイブが観られる。オンデマンドのオンラインコンテンツが観られるのは10月27日(米国時間)まで
今年のテーマは「THINK BEYOND」。直訳すると「その先にあるものを考える」となり、テーマそのものは新型コロナウイルスと影響のない昨年に決まったものではあるが、ある意味今年の状況を示唆したテーマとなっている。
新型コロナウイルスの影響は多種多様な職種に影響しており、世界中の映画制作や映像作品の制作現場もコロナ禍の中、安全面に気を使いつつコロナ対策に大金を投じ少しずつ撮影が再開されはじめている。
特に人と接触するシーンの撮影が困難になっており、アクションシーンやラブシーン等をCG/VFXで置き換える作品も出てきている。また当然のごとく、コンピュータグラフィックス関連の開発者、アーティストたちも在宅で仕事や作品作りが進められるように様々な工夫をし始めているのが現状だ。
オンライン開催までの準備期間が数ヶ月しかなかった中で、SIGGRAPHではhubb.meというバーチャルイベントの開催プラットフォームを全面的に活用している。それとともにビデオ会議ツールZoomや、YouTube Live配信、Sli.doによる質問受け付けなどを組み合わせて利用している。
もともとZoom発展の理由のひとつとして、広告代理店で広告映像制作をしていた人たちが既存のビデオ会議の使いづらさに憤慨し普及したツールとも言われている。昨今、世界各国に拠点を持つプロダクションや、映像業界の人々にとってビデオ会議が一般的なツールとして浸透していることもオンライン開催の助けになっている。これがもし10年前だったとしたら、オンラインでこれだけ大規模な映像系カンファレンスの開催は到底無理だったかもしれない。
日本でもここ最近オンライン配信で映像系のセミナーやチュートリアル映像が増えてきている。けれども参加者が数万人規模で、セッション数が数百あるオンラインイベントは、そう数は多くない。従来、渡航費や宿泊費、参加費など、日本からの参加に数十万円かかっていたSIGGRAPHへの参加費用が、全てのセッションに参加できるフルカンファレンスでも従来の半額以下といった価格で日本に居ながらパジャマ姿で参加できるのは恩恵ではある。
ただし、SIGGRAPHの開催時間は米国標準時間(夏時間)で平日の朝から晩まで、16時間の時差のある日本からすると、深夜から始まり、早朝に終わるという毎日になる。知り合いのCGアーティストは家族に「お父さんは在宅勤務で家に居るけど、出張中だから居ないものと思ってくれ」とわけのわからないことを言って家族に怪訝そうに思われているそうだ。
どんなにネットとテクノロジーが進化しても「時差」だけはまだ人類が解決できていない事柄の一つかもしれない。また残念なことに、SIGGRAPHの醍醐味の一つである、まだ商品化されていない研究開発中の先進的機器や、VR作品の視聴、各種ツールを体験するスタジオなど、体験型の展示についてはオンラインでの再現には限界があり、ビデオ視聴、担当者とのQ&A、数作品のみVRプラットフォームでの配信程度にとどまっている。今年は突然のことで準備期間も極端に少なかったこともあり、次回以降に期待したいとともに、早く現地で体験できる世の中に戻って欲しいとも考える。
- Vol.01 CGの祭典SIGGRAPH2020開催!今年のテーマは「THINK BEYOND」
- Vol.02 映像業界のリモートとバーチャルを考える
- Vol.03 リモートワーク時代の映像制作スタイル
- Vol.04 SIGGRAPHに見る映像制作技術の最先端
基調講演はテクノロジーを活用したマジシャン、マルコ・テンペスト氏
毎年、SIGGRAPHの基調講演はCG/VFX業界の人ではなく、少し違う業界でCG/VFXへの示唆が感じられる人物から人選されている。過去にはゲーム作家のウィル・ライト氏、SF小説作家のコリイ・ドクトロウ氏、コンセプトアート作家のシド・ミード氏などが講演している。
マルコ・テンペスト氏のSIGGRAPH基調講演(全編無料公開)
今年はスイス出身、ニューヨーク在住のマジシャン、マルコ・テンペスト氏。テンペスト氏はデジタルガジェットやテクノロジーを駆使したマジシャンとして知られ、今回の発表の肩書きはMagic Lab社のサイバーイリュージョニストであった。
テンペスト氏は自身のマジックそのものにソフトウェア開発の「オープンソース」の考えを取り入れており、マジックの種明かしは一般に公開し、誰かのアイデアを取り入れたらその人の名前をクレジットにも明記するというやり方をしている。またテンペスト氏が以前披露したiPhoneを活用したマジックで利用しているMultiVidという映像シンクロツールは無料で公開されている。
今回の基調講演では、室内ドローンを使ったマジック、深度センサーを使ったカードマジック、フェイストラッキングで歴史上の人物になるマジックが行われた。今回のドローンを使ったマジックのベースは2016年に日本のRhizomatiks Researchと共同制作したもので、基調講演の中で「オープンソース」的な共創がとても大切なことを述べていた。
24機のドローン飛行
メイキングDRONE MAGIC behind-the-scenes
SIGGRAPH基調講演で披露されたMagicLab Mini Drone Swarm※SIGGRAPHの基調講演の映像は現時点では一般に公開されていないため、これは同等の映像
MagicLab Mini Drone Swarm
フェイストラッキングで人物が入れ替わるマジック
深度センサーを使ったジェスチャーのマジック
ニューヨークの自宅からマジックを行なったテンペスト氏からのメッセージ
マジシャンはテクノロジーの未来をプロトタイピングしているというメッセージで締めくくられた。
オンライン配信で楽しむElectronic Theater、短編CG作品の数々
SIGGRAPHでは様々な分野からCG短編作品を集めComputer Animation Festival(CAF)として上映が行われる。CAFは投稿作品と招待作品の両方が含まれ、その中でも良質な作品を大規模シアターで皆で盛り上がりながら観るのがElectronic Theater上映であった。
エレクトロニックシアターの予告編、ダイジェスト
昨年のSIGGRAPHでは7100人はいる大劇場で上映されたが、今年は例のごとくオンライン視聴の形式となった。カンファレンス参加チケットとは別に20ドルで視聴チケットが販売されており、Electronic Theaterだけの参加も可能だ。視聴開始から48時間以内なら、何度でも観られるという、ビデオ配信プラットフォームによくあるデジタルレンタル形式での視聴となる。
2020年SIGGRAPH CAF(Computer Animation Festival)受賞作
従来SIGGRAPHでは、多種多様な分野の新しい挑戦が評価されている。どんなに高品質だったとしても、どこかで観たかのような映像の評価は低く、多少荒削りだったとしても今までになかったような表現、新しい挑戦、そして言葉を超えた映像のストーリー性が重要視される。そういった評価軸のもと、今年の受賞作は以下のとおりだ。ちなみに毎年のSIGGRAPH CAFの最優秀賞は、アカデミー賞短編アニメーション部門へ推薦されることが決まっている。
■Best in Show(最優秀賞)
作品名:Loop(アメリカ)
制作:Pixar Animation Studios、Erica Milsom
メイキング約4分
© 2020 Pixar Animation Studios.
言葉を発しない自閉症の主人公レネーと一緒にカヌーに乗ることになった少年が、お互いの心情を理解し合う物語。Pixarでは、監督を目指すアーティストや、監督養成のための課外活動としてSparkShortsという、いわゆる部活動が盛ん。SparkShortsは社内のリソースを活用し、仲間を募って自身が作りたいCG短編作品を作る一般的な商業活動とは異なる作品づくりだ。昨年のCAFの受賞作「Purl(邦題:心をつむいで)」もSparkShortsの作品。「Loop」はDisney+で日本語吹き替え版または字幕版を観ることができる。
■Jury‘s Choice(審査員賞)
作品名:The Beauty(ドイツ)
制作:Filmakademie Baden-Württemberg GmbH, Animationsinstitut Pascal Schelbli
The Beauty|Teaser(2019)約30秒
メイキング約2分
© 2020 Filmakademie Baden-Württemberg GmbH, Animationsinstitut.
「The Beauty」は海に浮かぶ廃棄物のプラスチックと自然が一体となった幻想的な水中を旅する作品。不気味なサンゴ礁と、神秘的な深い海が私たちに様々なことを考えさせる映像となっている。
■Best Student Project(学生プロジェクト優秀賞)
作品名:Gunpowder(フランス)
制作:Supinfocom Rubika, Romane Faure
予告編約1分
© 2020 Supinfocom Rubika.
ティータイムに空になってしまったお茶を求め、中国までお茶の葉を取りにいく探検の物語。魅力的な登場キャラクターや独特の雰囲気が楽しめる、上質な人形劇をみているかのような作品だ。
■Visual ASMR
作品名:Visual ASMR(日本)
制作:Onesal Studio
Visual ASMR約1分
© 2020 Onesal Studio.
数年ぶりに日本から採択されたのはOnesal StudioによるVisual ASMRというASMRを映像で表現した実験的な作品(ただし筆頭作者Creative Direction担当のアートスタジオOnesal Studioが東京ベースというだけで、制作メンバーは多国籍な作品)。ASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)とは最近YouTubeで流行りつつある、人間の聴覚への刺激によって心地よくなる音、脳がゾワゾワするような音を包括するジャンルだ。
その映像版ともいえるVisual ASMRでは、音だけでは表現しきれない相互作用、動き、要素の変化を映像から感じ取ることができる。自然と、作られたデザイン、複雑さとシンプルさの両方が共存するシュールな環境を描いた作品。
続くレポートでは、映像制作系の情報をお届けする予定だ。
txt:安藤幸央 構成:編集部