txt:照山明 構成:編集部
価格:税別225,000円
発売:2020年12月10日発売
問い合わせ先:コシナ
ファーストインプレッション
NOKTON 60mm F0.95を編集部からお借りして記事を書いたのが2020年3月、それからまもなくして、またコシナからマイクロフォーサーズ(以下MFT)用の新たなレンズが出る、という話を聞いた。その名も「SUPER NOKTON」。一瞬耳を疑ったが、なんと今回はF0.95を下回るF0.8を実現したということだ。
F値が1を下回るだけでもインパクトがあるが、F0.8はもう未知なる領域。まさに「SUPER」である。そんな折、編集部からこのレンズを使用する機会をいただけたので、少しだけ「SUPER」の領域に足を踏み入れてみたい。なお、自分は動画カメラマンのため、あくまで動画視点のレビューになるので、その点だけご了承いただきたい。
手に持った印象は、前回のNOKTON 60mm F0.95にかなり近い。つまりMFT用単焦点レンズという領域から見れば、それを逸脱した大きさ、ずしりとした重みが手のひらに伝わる。焦点距離は29mmで、35mm換算で考えれば58mm相当。同じフォクトレンダーNOKTONシリーズでは25mm/F0.95がもっとも近い焦点距離となる。
動画からの視点で言えば、絞りのクリックレス機構やマニュアルで操作しやすいフォーカスリングはフォクトレンダーNOKTONならでは。自分の場合、この素晴らしいフォーカスリングがあるからこそ、NOKTONシリーズを愛用してきた。
ただどうだろう、従来の25mm/F0.95と比較すると、2回りくらい大きく重い。つまりF値をF0.95からF0.8に持っていくには、こうなる訳だ。正直に言おう。MFTユーザーの多くは「コンンパクト」を求めていると思う。その視点で言えばNOKTON 25mm/F0.95はかなりコンパクトで明るいレンズ。自分が人生で一番使っているレンズと言っても過言ではない単焦点レンズだ。他のメーカーから出ている単焦点についても、F1.0台のレンズであってもMFTならかなりコンパクト。そんな中で、ここまで大きく重いレンズをMFTのラインナップに投入してきたというのは、一体どういう事なのか?
つまるところ、業界初となる「F0.8」という領域にメーカーが需要を見出した、という事だと思うが、それがカメラにもたらす恩恵は(あくまで動画の視点で言えば)大きく2つあると思う。
- 驚異的な暗所性能を発揮できる
- センサーサイズに依存しない大きなボケ味が手に入る
という事で、今回は主にこの2つの部分を踏まえた上で、レポートしてみたいと思う。
全NOKTONシリーズを踏襲したレンズ
高級感ある金属の質感、波打ったフォーカスリングのデザイン、レンズ前方にあるリングを手前に押し下げながら180°回転させれば、絞りがクリックレスに切り替わるなど基本性能はこれまでのNOKTONシリーズと変わらない。フルマニュアルレンズのため、もちろん電子接点はない。
従来のラインナップと比べ個人的に気になったのはフォーカスリングの位置。若干マウント部から離れたため、たとえばフォーカスリングにギアを装着しシネマレンズとして運用した際は注意が必要だ。他のラインナップと位置が若干ズレるため、レンズ交換時はフォローフォーカスの前後位置も再設定しなければならないだろう。
フォーカスリングの動きはさすがで、ほどよいトルク感、ねっとりした動きで微細にフォーカシング可能だ。特に開放付近でのフォーカシングはシビアになるので、マニュアルレンズとしては要になる部分だと思う。
この明るさからレンズはかなり大口径になっているかと思いきや、前玉にいたっては、25mm/F0.95に比べて同じか、ひょっとしたら少し小さい印象。フィルター径も62mmになっているが、MFTでは多い58mm径のフィルターを装着してもケラれないかもしれない(自分の場合、基本的にMFTは58mm径のフィルターで揃えている)。
試しにステップダウンリング経由でMARUMIのバリアブルND/58mmを装着してみたが、特にケラれることもなく普通に使えた。NOKTONシリーズでも17.5mmや42.5mmはフィルター径が58mmなので、フィルターを共用するのであれば、いっそのこと58mmにステップダウンして運用しても良いかもしれない。
最短撮影距離は37cm
最短撮影距離が短いのもNOKTONシリーズの特徴だ。ただ29mm/F0.8は従来の25mm/F0.95に比べて倍以上の距離になってしまった(25mm/F0.95は17cm)。ここは寄れるレンズと見るか、そうでないかは人それぞれだと思うが、個人的には若干残念である。明るさとトレードオフの部分だろう。
12枚羽の絞り、特徴あるボケと光芒
NOKTONシリーズの絞りはこれまで共通して10枚羽だったが、29mm/F0.8では12枚羽になった。ただ絞った際の形状が多角形になるのはこれまでと変わらないようだ。
実際撮影した映像を見てみよう。F0.8開放の場合、光源のボケは周辺部分に向かって大きくレモン型につぶれていくが、これは大口径レンズゆえの特徴と思える(カメラ:BMPCC4K)。
また絞った際、光源はやはりカクカクと多角形になる。ここは他のNOKTONと共通している部分。
光源が玉ボケにならないのは個人的に惜しいと思っていたが、この絞り形状の恩恵で得られるのは綺麗な光芒だ。29mm/F0.8では、F2程度に絞った段階で光源に光芒が出始め、F4ともなれば12本の光の筋で構成された綺麗な光芒がしっかりと現れた。この特徴を押さえた上でレンズの旨みを引き出せば、面白い撮影が出来るかもしれない。
余裕のあるイメージサークル
これまでのNOKTONシリーズは、イメージサークルにかなり余裕を持った設計になっていた。特にBMPCC4KやGH5Sなど、DCI-4K(横幅が4096Pixel)が撮影できる機種はセンサーぎりぎりまで読み出すためレンズによっては周辺減光が盛大に出る事もある。自分の記事では恒例になったが、今回もJVCのGY-LS300で、イメージサークル全域にアクセスしてみた。
予想通りMFT以上、スーパー35mmに広げてもケラれる事はない。もちろん周辺部分は減光も見られ画質は保証外とは思うが、MFTレンズの中では、かなり余裕を持ったレンズ設計と感じ取れる。
F0.8という数字から見た暗所性能はどうか?
NOKTONシリーズはこれまでF0.95という驚異的な明るさが大きな特徴だったが、今回はそれをも上回るF0.8。そこで今回は最も焦点距離の近い25mm/F0.95と比較をしてみた。スタンドライトと、小型のLED電飾を付けただけの、比較的暗い部屋で比較撮影。なおカメラはBMPCC4K、SSは1/100、ISOは400に設定した(比較しやすいように25mm/F0.95側はブローアップし29mm/F0.8と画角を合わせてある)。
控えめなISO設定にもかかわらず、いずれのレンズも驚異的な明るさで描き切るが、やはりF0.8のほうが若干明るく感じる。そこで、今度はろうそく1本のみ灯した部屋でテスト。かなり暗所だったので、BMPCC4KのデュアルネイティブISOを活かし、高感度側のベース感度ISO3200に設定して撮影してみた。
大きく差が出るかと思ったが、F0.8という数字のインパクトから見れば、その差はわずかに感じた。ひょっとしたら今回の作例ではろうそく1本でも明るすぎたのか?真の暗所性能を見るには、よっぽど真っ暗な場所で撮影する必要があるのか?(真夜中の月明かりだけで水面に映り込む富士山とか、星空など?)今回は時間がなくそういった作例が撮影できなかったのが悔やまれる。
フルサイズをも凌駕する強烈なボケ味
実用範囲かどうかというのはあるが、ボケ味だけを言えば、F0.8開放は相当なものだった。試しにフルサイズ+明るめの単焦点レンズとガチ比較してみた。比較対象はPanasonic DC-S5(フルサイズ)+ツァイスPlanar 50mm/F1.4開放である(比較しやすいようにツァイスPlanar 50mm/F1.4側はブローアップし画角を合わせてある)。
レンズF値とセンサーサイズの関係に細かく言及するつもりはないが、フルサイズ/F1.4開放で撮影した映像に比べ、MFT/F0.8開放で撮影した映像のほうが光源が大きくボケている。これには驚愕した。ボケ味だけで言えばMFTがフルサイズを凌駕した瞬間だった。
一方で撮像はかなり甘い。フォーカスが合っている部分に関しても色収差が盛大に出現しモヤモヤっとしている。ここは完全にトレードオフの部分だ。試しに、F0.8開放のまま、NDフィルターを利用し、日中屋外でスナップを撮影してみた。なお、カメラはGH5、4K 10bitのV-Log Lで撮影し、DaVinci ResolveにてV-Log to 709 LUTを充てて整えている。
強烈に浅い被写界深度と引き換えに、言い方は悪いかもしれないがピンホールカメラで撮影したかのようなノスタルジックな甘さを感じる。これはこれで場面によってはアリな映像かもしれないが、実用という意味で考えれば意見が別れる部分だろう。もっともこれはNOKTONシリーズ全般に言えることでもあって、個人的にNOKTONを開放で撮影する事はまず無い。
実用F値はどのあたり?
実用F値といっても、求める映像次第で任意のF値にする訳だが、今回はできるだけ被写界深度を浅く撮影したい場合のF値のデッドラインを個人的に見極めてみたい。そこで、ヌケが比較的明るい場面で、いくつかのF値で撮影してみた。
これも感じ方は人それぞれだが、個人的にはF1.4まではある程度画質を担保できる領域と感じる。これは従来のNOKTONシリーズを使ってきた自分にとって同様のデッドラインになった。経験上、逆光気味の場面や、強烈に光が当たっている場面を撮影すると、パープルフリンジやグリーンの色収差が大きく出てしまう傾向にあるので注意が必要だ。場合によってはF2.8程度に絞るのも良い。F4くらいまで絞るとかなりスッキリした表情も見せてくれる。F0.8はあくまで明るさの担保と考えたとして、絞りによって表情をガラっと変えてくるSUPER NOKTON 29mm/F0.8は、それはそれで興味深いレンズと言える。
総括
各社がフルサイズ機種を投入する昨今、MFTは斜陽ではないか?と感じる事はある。そこには暗所性能とボケ味という2大要素が存在する。その領域に真っ向から勝負してくるのが、コシナのNOKTONシリーズだと自分は思っていた。
自分がMFTに拘ってきた理由はことあるごとに言っているが、レンズ含め全体のシステムがコンパクトになる、という部分。だからこそ正直に言えば今回のレポートはなかなか難しい内容になった。まず言えるのはSUPER NOKTONの立ち位置だ。
F0.8を実現すると、29mm(35mm換算で58mm相当)という焦点距離でも、これだけの大きさ、重さのレンズになる、という部分。先発の25mm/F0.95と比較した時、MFTで撮影する優位点はどこなのか?と思いを巡らせてしまった。
まず「コンパクト」という意味ではどうだろう?もちろん使うボディにもよるが、たとえば自分がよく使用しているGH5やBMPCC4Kと組み合わせた際、ある程度の画質を担保した上で、同様の感度、同様のボケ感を撮影しようと思ったら、フルサイズを使う場合とそれほど変わらない質量になるのでは?むしろ大きくなってしまうのでは?と感じだのだ。
それでも、MTFでF0.8に価値を見出せる場面があれば、おそらく積極的にこのレンズを使うことになるだろうと思ったが、今回のテストでは、そこまでの結論に到達できなかった。これはあくまで現段階での、正直な自分の感想だ。
一方で、12枚羽から生み出される光芒は美しい。明るいレンズだと被写界深度の浅さ、ボケ味ばかり目が行きがちだが、F2.8からF4と、それほど絞ることなく綺麗な光芒が現れるのはこのレンズの大きな特徴だと思う。暗所性能に関しても先発の25mm/F0.95と比較した際、大きな差は感じなかったものの、場面によっては無理にセンサー感度を上げることなく暗部を持ち上げて撮影できるかもしれない。
実用面ではどうだろう?もし自分がこのレンズを使うとしたら、従来のモデル同様、F1.4を絞りのリミットとして、それより大きい数字で使うのが吉と感じる。ただ、あまりに暗い場面や、必要に迫られてハイスピードを撮影しなければならない場面など、F0.8までの明るさが担保されているのは時に大きいかもしれない。
いずれにせよF0.8という未知なる領域の奥深さは、小手先のテストでは探れない、という事だ。今後また現場で使える機会があれば、引き続きSUPER NOKTON 29mm/F0.8の魅力を探っていきたい。
txt:照山明 構成:編集部