門戸が開かれたVR
2021年のSXSWは完全オンラインで開催されたため、Virtual Cinemaの作品もオンラインで観ることができた。一般にVRヘッドセットを被り、VR酔いに闘いながらのイメージが強いが、実はVR、XRの真の価値はそこではない。ストーリーやテーマを「伝える」手段としてたくさんの気づきがあり可能性があるのだ。今回Oculus Quest 2がなくても、PCやスマホで一部の作品が360°映画として体験することができ、本来あるべき没入感は少なかったが、クリエイターの創造性を強く感じることができた。
Potato Dreams、表現方法や手段を変えて伝えられるそのストーリー
「Potato Dreams」は、監督自身の体験を元に再現ドラマで展開するドキュメンタリーで、視点の重要性に気づかされる作品だった。ロシア生まれのゲイの主人公が、ドメスティックバイオレンスの被害者でもある母親と、テレビで見ていた夢の国、アメリカにきた後も奇想天外な生活が待っていたという物語だ。
この作品では360°見渡すと(マウスなどで画面を自在に動かすと)、物語がいたる所で展開しており、それぞれのキャラクターの物語が進行しているのだ。左右前後だけでなく頭上には、ロシア圧政を象徴するかのような真っ赤に染められた星の形をした穴から神の視点のように髭面の男がいつもこちらを見ていたりする。観客はどの視点で誰の物語を見るのかを選ぶことができ、視点を変えて物語を見る楽しさを体験できる。
実はこの作品は「Little Potato」というタイトルで2017年にSXSWの短編ドキュメンタリー部門で審査員賞を受賞した映画のストーリーをそのままに、構成や尺を再編集してVR映画にしたもの。こちらの作品では、監督と母親自身がカメラに向かって、ロシアでの過酷な経験とアメリカでの奇想天外な生活について語っており、同じストーリーでも全く違うアプローチになっている。事実である内容は変えずに「伝える」手段のみ変えているのだ。
さらにもう1本、今年のNarrative Feature Competitionに長編フィクションとして「Potato Dreams of America」というタイトルで上映されたようだ(ワールドプレミアのため未見)。ここまでくるとややこしくて混乱してしまうが、ストーリーテリングがしっかりしていれば、クリエイターによる「伝える」手段は多数であることがよくわかる好事例だろう。そのようなクリエイターをピックアップし続けるSXSWはやはり刺激的な映画祭である。
Reeducated
また、米雑誌The New YorkerによるVRドキュメンタリー「Reeducated」は、新疆ウイグル自治区で少数民族や宗教的少数派に対して行われている再教育のための収容キャンプについて描くアニメーションだ。実際に収容されていた3人からの証言をもとにモノクロのアニメーションで描いている。収容キャンプを360°の没入感で見ると窮屈きわまりない気分になる。狭い部屋で生活し、鉄格子越しに監視され続け、無意味な制限エリアに押し込まれるなど、収容されている彼らの隣で同じ恐怖を体感することになるからだ。
VRを「伝える」手段として使うと、情報を映像で見たり記事で読む以上のインパクトを観客に与えることになる。実写ではなくアニメーションというアプローチにした理由がそこにあるのかもしれない。本作は今年のSpecial recognition for Immersive Journalism賞を受賞した。
2017年からVRコンテンツの見本市として始まったVirtual Cinemaは、とても興味深いカテゴリーだ。筆者が参加した2018年に、The Godmother of Virtual Realityと呼ばれるVR/AR/MR/XRのパイオニア、Nonny de la Pena氏が基調講演で「概要を伝えるだけでなく心情も伝えるにはどうしたらよいのか考えるようになった時、ジャーナリストとして目の前の状況を伝える手段としてVRに目を向けることになった」と語っていた。この時期、ニュースを360°のコンテンツとして見せる媒体が増え始めた時期でもあり、Immersive journalismの手段としてVRをいかに使うかをテーマにしたセッションも多くあった。
Carne y Arena
また、彼女のラボでVR体験をした映画監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(「レベナント:蘇りし者」)は、2018年のアカデミー賞で特別業績賞を受賞している。VRインスタレーション作品「Carne y Arena」という作品で、メキシコからアメリカに越境する不法入国者の体験をVRで体感できる作品だ。トランプ元大統領によるアメリカとメキシコの国境問題についてメキシコ人であるアレハンドロ監督が「伝える」手段としてVRを使っていた。
4 Feet High
今年の作品に戻ると、Episodic Pilot Competitionを受賞し、すでにVol.02でも取り上げた「4 Feet High」は、楽しくて甘苦な高校生活を送る車椅子の女の子の心の揺れ動きを「伝える」手段に目を見張った。作品の素晴らしさはこちらで詳しく紹介されているので割愛するが、この作品には滑らかなシーンの転換やスマホのコメント表示のタイミング、英語テロップのモーショングラフィックなどの使い方にクリエイターの創造性を感じた。「伝える」手段の選択と使い方はクリエイター次第でいかようにもなり、だからこそしっかりとしたストーリーテリングが大切なのだと実感する作品だった。
今年のSXSWでNonny氏はセッションの「Can VR Create Real Change?」で、「共感を生むだけの機械だと勘違いしてはいけない、生きているストーリーを伝えるためにVRをより良く利用し続けることが大切だ」と語っていた。Virtual Cimemaは、ストーリーやテーマを「伝える」手段のひとつであると同時に、より良いものを生み出すクリエイターの祭典として今後も楽しみだ。
txt:伊藤よしこ 構成:編集部