今年も9月13日から16日に、アムステルダムでIBC2024が開催された。来場者数は昨年より2,000人増えて4万5,000人である。IBC2024全体を俯瞰すると、強力なイノベーションこそ登場することはなかったが、いい意味で安定して活気に満ちていた内容だった言える。各社からは強力な新製品が登場したわけはないが、着実で安定した進化を続けている。まずは今年の注目トピックスを4つのカテゴリーで紹介する。
バーチャルプロダクション関連は2極化の方向
SONY、ROE、AOTO、Absen、SAMSUNG、 LGといったLEDウォールメーカーと、Zerodensity、BRAINSTORMなどのXRプロダクション系の会社がインカメラVFXのデモを行ったが、目新しい動きは見られなかった。2年前のIBCでは何社かデモを行った、スマホだけとか安価なバーチャルプロダクションシステムを売りにした企業、メタバースとの連携をアピールする企業の姿もなかった。
BRAINSTORMのXRデモこういった会社は、その対象が映画やドラマのようなハイエンドのコンテンツ制作ではなく、一般企業のオウンドメディアや、ミュージックビデオのクリエイティブ側にシフトしているようである。そのためIBCという場をプロモーションで利用していないという2極化が進んでいる。
またXRというキーワードもIBC2024全体としてはあまり目立った場所にはいない。Apple Vision Pro(以下、AVP)も会場内で見かけたのは1、2社に限定されていた。主戦場はAVPのような被り物系ではなく、XRの中でもMRと呼ばれるような、肉眼によるビジュアル体験にシフトしているようである。
AI TECH ZONEという新企画
新たにIBC AI TECH ZONEという展示企画が新たに割り当てられ、多くの企業が展示ブースを構えた。ここではクリエイティブから業務系までの様々な領域でのAI活用を提案する企業が集結していた。
とは言ってもRunwayやPikaのような動画生成に特化した企業が出展しているわけではない。どちらかと言うと視聴ログデータ分析やメタデータ自動生成のような映像制作系ではない業務系が注目されていた。こうした企画が来年以降どれくらい拡大できるのか気になるところである。
なお毎年開催されている、複数社でPoC的なトライヤルを実証する企画である「アクセラレーター・メディア・イノベーション・プログラム」に関しては、テクノロジー的な先進性のある内容ではなかった。
フェイクビデオやビデオフラウド対策
AIによって高品質なフェイクビデオや音声の生成が容易になっている。これに対して欧州では、倫理面や表現の自由、社会正義や人間としての権利という非常に本質的な観点から、日本以上の危機感を持って望んでいる印象を受けた。ただし、まだ啓蒙レベルを脱しているとは言えない。
またやはりAIによってビデオフラウドがより高度になっていく懸念も強く示されている。ビデオフラウドとは、広告収益を不正に得るために人工的に動画広告の視聴回数や視聴時間を水増しする行為である。
以下にその詳細を説明する。こうした虚偽や不正に対して、日本と欧州の取り組みには、いくつかの重要な違いがある。特にEUは、この分野でより積極的かつ包括的なアプローチをするべきであるという姿勢が見える。
法的枠組みとしてEUは、デジタルサービス法(DSA)やデジタル市場法(DMA)など、包括的な法規制を導入している。同時にオンラインのプラットフォームの責任を明確に定義し、違反に対して厳しい罰則を設けている。
これに対して日本は既存の法律の改正や個別のガイドラインの策定が中心と言える。さらにAIそのものに対しても、AI技術の使用に関する包括的な規制枠組みの構築を目指すべきだというのが全体の論調である。
なおこれらの取り組みにおいて、は放送やネットという区切りの概念は当然ない。
DVBとEBUに目立った動きなし
DVBやEBUによる次世代の放送に対する取り組みについて、新たな進展は見られなかった。これはDVBのブースを見れば一目瞭然で既視感満。昨年の写真と差し替えても気が付かないのではないだろうか。
これはDVB-IやDVB-NIPが目指している次世代の放送の姿が2030年頃をイメージしているので、まだ具体的なユースケースとなるコンテンツの開発が進んでいないためだろう。教育に使えるといったレベルの話は、イノベーションとしては弱いからだ。
DVBはATSC3.0との比較で見ると、電波でIPを送るというATSCに対して、電波もネットもシームレスに取り扱うという、思想とも言うべき点で両者は異なっている。
DVBのこの考え方を具現化するコンテンツはもう少し、AIやXRの技術がこなれる必要がある。そのためにはあと数年は動向を見守っていくべきだと思う。
ひょっとすると、穿った見方をするのなら、別に全部ネットでできるのでわざわざ(無理して)電波を使わなければならないのだろうか、といった疑問符は現時点では終えてはいない。