「GFX ETERNA SNEAK PREVIEW」

米ロサンゼルス現地時間の6月4日、ハリウッドの中心に位置するASC(全米映画撮影監督協会)の歴史ある「ASC Clubhouse」にて、富士フイルム主催のスペシャルイベント「GFX ETERNA SNEAK PREVIEW」が開催された。

このイベントでは、2025年内の発売を予定している富士フイルムの新たなシネマカメラ「GFX ETERNA」に関して、6月6日から開催された「Cine Gear Expo Los Angels」のタイミングに合わせて発表された新機能の紹介を中心に、ハリウッドの撮影監督、カメラマン、業界関係者向けに特別なプレゼンテーションが行われた。

イベントの中では、GFX100 IIで撮影された事例として、現在日本で製作中の映画「Piccola Felicità 〜小さな幸せ」(公開日未定)の紹介がプログラムされていた。同作の監督・俳優である水谷豊氏と、撮影監督の会田正裕氏(JSC)が日本から招かれ、スペシャルプレゼンテーションという形式で、GFX100 IIを用いた撮影の感想や印象が語られた。

本稿では、イベント現地で行われた水谷豊監督と会田正裕氏へのインタビューを通じて、GFX100 IIでの作品撮影の詳細や、新たなシネマカメラ「GFX ETERNA」への期待についてお届けする。

水谷豊監督のコメント

水谷氏:

今回の作品を撮るにあたって、まず最初に掲げたテーマは「ART(アート)」でした。すなわち、どのショットも"壁に飾りたくなるような美しさ"を目指そうということです。そのテーマにふさわしいカメラとして、撮影監督の会田さんが選んだのがGFX100 IIでした。

たとえば、離婚後に一人で暮らす男性の狭い部屋のシーンでは、テーブルのキャンドルの灯りから窓の外に見える街の明かりにいたるまで、想像していたとおりのリッチで繊細な色表現ができたと感じています。

また、屋外のあるシーンでは、脚本上では「鮮やかな緑と青空」というイメージがありました。ところが当日はかなりの曇天で、「この天候ではイメージ通りの映像は撮れないのでは?」と不安になり、別の日に撮り直すことも検討しました。しかし、会田さんは「このカメラを信じて、今日撮りましょう」と言ってくれたのです。

水谷氏:

そして撮影が始まると、その意味がすぐにわかりました。たしかに自分が描いていたイメージとは少し違いましたが、そこには柔らかく、味わい深い世界が広がっていました。「なるほど、これがこのカメラの力なのか」と、その時に気づいたのです。

私たちはこの作品にまつわる数々の出来事を「ピッコラの奇跡」と呼んでいます。撮影中、本当にさまざまな奇跡がありましたが、GFX100 IIで捉えた映像は、まさに奇跡のような美しい世界でした。そして、この作品をもとに、ASCのクラブハウスでスピーチをするという貴重な機会をいただけたことも、「ピッコラの奇跡」のひとつだと思っています。

このイベントをきっかけに、作品が良き旅路を歩んでくれることを、心から願っています。

撮影監督 会田正裕氏インタビュー

GFX100 II 選択の理由

GFX100 II

会田氏:

本作の撮影には、富士フイルムのGFX100 IIと、自前のCONTAX/ZEISS製オールドレンズを使用しました。機材選定の最大の理由は、水谷監督と共有した本作のテーマである「ART(アート)」に対する意識でした。

もちろん、あらゆるカメラから選ぶという選択肢もありましたが、ARTというインスパイアを与えてくれる何かを求めた場合、センサーが大きいということは、これまでの自分にはない経験に触れることができると思い、GFX100 IIを選びました。

加えて、GFX100 IIは暗所性能や高感度特性に優れており、レンズやライティング効果などの個性を引き出しやすい点も大きな魅力でした。こうした特性は、今回の表現テーマとも非常に相性が良いと感じています。

本作の撮影に入る前に、短編作品を2本撮影し、さらに東映スタジオにて他のカメラとの比較テストも実施しました。これにより、GFX100 IIの特性を事前にしっかりと把握することができました。

撮影現場では、LUT(ルックアップテーブル)の元となるカラーパレットの作成まではしましたが、それ以降のプロセスについては、撮影チーフやカラーリストの意見も尊重して、作品のトーンを決めていきました。

照明に関しても、すべてカラーライティングを採用しており、LUTとカラーライティングの組み合わせで、どこまで表現が可能か──その可能性に挑戦した現場でもありました。

コントロールの効きにくいDayシーンは特に難しく、通常であれば撮影自体が困難とされるような曇天の状況にも遭遇しましたが、そうした中でもGFX100 IIであれば色の再現が可能で、非常に助けられました。露出調整のみでカラーとコントラストをしっかりと戻せる──この点は、GFX100 IIならではの強みだと感じています。

レンズ選びについては、CONTAX/ZEISSは当時から「解像度よりもコントラスト重視のレンズ」として評価されており、GFX100 IIとの相性も良いのではと考えて試してみました。実際、GFX100 IIが"写真機"であるという点からも、写真レンズであるCONTAX/ZEISSとのフィッティングは非常に良かったと思います。

AIを活用したカラーパレットによるLUT作成

AIを活用したカラーパレット

会田氏:

LUTを作成するにあたり、本作のテーマである「ART(アート)」を意識して、印象派の絵画──特にモネやゴッホといった画家の作品を参考にしました。彼らの絵画から色の成分を抽出し、まずベースとなるカラーパレットを構築しました。

現在では、絵コンテやプリビズ(プリビジュアライゼーション)もAIで生成されることが増えていますが、本作では「カラーパレット作り」の段階からAIを活用し、入念に取り組んでいます。

今回は特に「グリーン」「クリームイエロー」「マゼンダ」のパレット調和を重視したカラーパレットを作成し、それをAIでビジュアル化したサンプル画像を制作して、まずこれを水谷監督にプレゼンテーションしました。その際に完成したカラーパレットをもとに、脚本に合わせてAIイメージサンプルを作り、その色のシミュレーションを実際に撮影で使用するLUTと比較しました。カメラテストでも非常に良好な結果が得られ、一発で「これだ」という手応えを感じました。

個人的にも、AIを使ってイメージサンプルを作ったのは今回が初めてでしたが、このワークフローは非常に新鮮で、AIの可能性を実感しました。

今やYouTubeなどでも、映画の色彩を分解してカラーパレットにする動画が多く出回っていますが、そのアイデアを見て「これは面白い」と思い、本作にも取り入れてみました。

実際の台本表紙にも使用されている

会田氏:

今回は、自身として初の試みとなる「黒を締めない」映像表現にも挑戦しました。つまり、黒を完全に沈めず、あえて"浮かせる"ことで、柔らかく光を感じさせる画づくりを目指したのです。これは、モネやゴッホの絵画において、純粋な黒ではなく、色を幾層にも重ねる"加色法"によって黒を表現している点にインスピレーションを受けたものです。

特にモネからは膨大な作品群から色を抽出しており、ここ数年で日本国内で開催されたモネの展覧会にも足を運びました。実物の絵画から受けた印象を自分の中に取り込みつつ、参考用としてモネ関連のグッズ、特にクリアファイルを大量に購入しました。ポストカードだと再現性が低いのですが、クリアファイルは美術館でオリジナルを見た感覚に近づくので、そこから色を抽出する──そんな、少しマニアックなことまでやっていました(笑)。

GFX ETERNAの展望

250619_GFX-ETERNA-Experience_08

会田氏:

新たに発表された映像制作用カメラ「GFX ETERNA」は、映画撮影に特化した筐体設計を採用していますが、コアとなる撮像素子「GFX 102MP CMOS II HS」および画像処理エンジン「X-Processor 5」は、静止画用のGFX100 IIと同じものが搭載されています。

ただし、実際にGFX100 IIで映画撮影を行うとなると、現場ではさまざまな課題に直面しました。たとえば、リグ構築の煩雑さ、取り回しの難しさ、出力関連の制約など、そもそもGFX100 IIはミラーレス一眼として設計されているため、映画撮影には最適とは言えない部分が多かったのです。

その点、今回のGFX ETERNAは中身こそGFX100 IIと共通しながらも、映像制作に最適化したインターフェースや機能、筐体設計を備えたモデルとして登場しています。現時点では運用面での改善余地もあるとは思いますが、これは「デジタルカメラからシネマカメラへの進化」の第一歩として、今後メーカーが段階的にブラッシュアップを進めていくことが期待されます。

筐体がシネマカメラとして設計されていることにより、機材の取り回しや運用のしやすさが格段に向上するはずです。それによって、現場での工夫や柔軟な対応が可能になり、結果として"撮る"という行為そのもののクオリティや効率にも好影響が出てくるでしょう。

また、狭所での撮影など特定のシーンにおいては、GFX100 IIをサブカメラとして活用するという運用も考えられます。同じ画作り、同じセンサーを搭載した2機種がラインナップにあるというのは、ラージフォーマットでの撮影において大きな強みとなるはずです。

そして何より、日本製のデジタルカメラならではの"圧倒的な安定感"も特筆すべきポイントです。実際、現場で重大なトラブルが起きることは少なく、この安心感はプロの現場では非常に重要なファクターとなります。

アナログに近づくデジタル技術の究極

会田氏:

GFXを初めて使ったとき、「他のカメラと何かが違う」と感じた理由は、おそらく"デジタルの究極がアナログに近づいていく"という現象にあるのではないかと考えています。

よくある例えとして、デジタル信号は階段状のジグザグ(ステップ)で表現されます。このジグザグの段差がどんどん細かくなっていけば、最終的には滑らかな線、つまりアナログに限りなく近づいていきます。アナログも極限まで拡大すれば凹凸がありますが、デジタルが極まったとき、その滑らかさはアナログを超える可能性があるのではないかと。

GFXで感じる「階調のつながりのエモさ」、輪郭がフィルムのように隣合う粒子が影響しあっているような柔らかな描写は、まさにその"デジタルがアナログに近づいた結果"ではないかと思うのです。高解像度でありながら柔らかい画が得られるのは、レンズの力だけではなく、GFX100 II自体の画像処理やセンサー性能によるものだと感じています。

写真撮影でも同じ印象を受けました。特に肌のグラデーションや色の階調表現が非常に滑らかで、「これは解像度が極限まで高まった結果、アナログ的な描写に近づいたのでは?」とすら思いました。一般的に、デジタルが強くなればカリカリに硬い描写になりがちですが、GFX100 IIではむしろ"柔らかくなる"印象があります。これが「なんかいいよね」と感じる理由の一つだと思います。

正直、それまで「4K以上の解像度って意味あるのかな?」と懐疑的でしたが、高解像度になるにつれて階調表現も一緒に向上していくため、結果として"意味がある"と感じられる描写につながるのだと思います。

レンズ選びは、再びコントラスト重視の時代へ

GFX ETERNA +Fujinon Premista 19-45mm

会田氏:

デジタルカメラの初期の解像度が低い時代はコントラストの高いレンズが好まれました。しかし、GFX100 IIの持つ画質の良さは、その広階調ゆえにレンズの持つコントラスト特性を含む個性より詳細に捉えることができることで、例えば古いビンテージレンズの持つ個性を武器にできるようになったのです。

ピントは柔らかいのに、全体の印象は締まっている──そんな"ソフトでメリハリのある描写"が、ビンテージレンズで可能になっているのは、デジタルがアナログに限りなく近づいた結果だと感じています。

これは理屈としても成立していますし、撮影者の実感としても非常に納得のいくものです。今では解像度の高いレンズがメジャーメーカーからも出てきていますが、味を出さないと差別化できず、新たなユーザーを獲得しにくいと感じています。現在、ビンテージレンズやリハウジングレンズが再評価されて人気を集めているのも、そういった背景があるのではないでしょうか。

よく「フィーリングが良い」と言われるビンテージレンズも、単に「古くて柔らかいから良い」のではなく、そもそもそのレンズが『優れたコントラスト特性』=『MTF曲線』を重視して設計されていた時代の産物である、ということがポイントです。だからこそ、現代の高解像度・広階調カメラとの相性が非常に良いのだと思います。

センサー性能が低い時代には、解像度の代わりに高いコントラストで、見た目の解像度を補っていたのですが、今のカメラは解像度も高くダイナミックレンジが広いため、どのようなレンズでも、そのままの個性を映し出してしまう。画質を測定値で考えれば、高解像、低コントラストの傾向を示すレンズがグレーディングとの相性もよく画質がいいと考えられますが、実際、映画で被写体を撮影すると、好まれないことが多いと感じます。

そもそも映画撮影=映像の場合、高解像度の効果は限定的で、シャッタースピードは通常1/48秒の「ブレコマ」で撮影されていることが多いので、解像度の良さは、映画全体に効果を得ることは出来ません。劇場で見る際のメリハリやシャープさ/柔らかさ、質感といった印象はそもそもコントラストから得ているのです。

今回の撮影において、GFX100 IIを選んだ理由として、このようなコントラストの高いレンズとの相性が非常に良いというのも重要な要素のひとつでした。

※なお、今回のモチーフとなった映画「Piccola Felicita〜小さな幸せ」については、現在鋭意製作中であり、2026年度の公開を目指している。正式な情報公開は未定。