世界のアニメ/漫画などポップアートの中でも、日本のそれらの持つ地位は、一種独特である。アジアに限らず、欧米先進国や発展途上国など、どこの国に行っても、日本以外の国のそうしたポップアート作品群とは明確に区別されており、日本アニメだけの特有のファンが必ず一定数存在している。日本のアニメはそういう不思議な扱いとなっているのだ。
これを一般人の視点で見た経済産業省のエリート役人たちが、ちょっと勘違いをして「日本のアニメは世界各国に通用するコンテンツなんだ!」とうっかり張り切ってしまうのもわからなくもない。
まあ実際のところは、「世界各国在住の一部の人々に通用するコンテンツ」であって、決して世界人類全部に通用する商業力を持つわけではないのが、オタク文化のオタク文化たる所以であるのだが…。
今回は、たまたま居合の演舞会と会社の人材採用の都合が重なり、いつものアジアを一歩出て、フランス、パリを訪れることが出来た。そこで今回は、フランス、パリにおける日本アニメファンの事情を探っていこうと思う。恐らく、このパリの例を見れば、私の言う「世界各国在住の一部の人々に通用するコンテンツ」の意味がご理解頂けるものと思う。
日欧同時流行化した、EU圏のアニメ事情
従来、諸外国、中でもEU圏での日本アニメと言えば、一昔前、下手をすれば二昔前のいわゆる「ジャパニメーション」作品ばかりで、それに定着しているファンも、現地友人たちとの日常会話も怪しいようなかなりコアなオタク層、というのが定番であった。つまり、その国にとって珍しいもの故に変わり者のファンが存在する、いわゆるマニアの世界であった。
ここでいう「ジャパニメーション」というのは、実は決して褒め言葉ではない。それは、現地放送局スポンサーの都合で、安く権利を買い叩いてきた複数のアニメや特撮モノの戦闘シーンや派手なシーンを現地編集者によって適当につぎはぎされたものであり、日本のアニメの持つ特有の文学性や叙情性、その空気感等は、一切無視された代物なのだ。我々日本の制作者から見れば、偽物、あるいは頑張って褒めてもせいぜい日本アニメの亜種とでも呼ぶべき代物だったのだ。
ところが、ここ10年ほどの間に、こうした様相が一変した。ネットの影響で世界各国でも、日本国内と同時にアニメやゲームの流行が進むようになったのだ。このため、世界各国のオタクな人々が本来の日本アニメ文化のクオリオティに振れることが出来るようになり、従来の「ジャパニメーション」が一掃され、本来の日本のポップアート文化がきちんと各国で楽しまれるようになったのだ。著名作品になると、日本での放送翌日には、そのシナリオ内容が現地言語に翻訳されてファンの間に出回っているというから、驚くほか無い。
そのため、現地ファンたちも日本アニメの本質が、他国のアニメには無い、その文学性、叙情性、空気感などにあることを知るようになり、一気にファン層が変化を遂げた。今までのようなどこか文化人類学者の臭いのするような日本文化マニアたちではなく、純粋に物語性や作品そのものに惚れ込んだ、普通のオタク層が各国に誕生したのだ。
その結果、ここ、フランス、パリでも、若者の集まる有名大学の付近には必ず専門アニメショップが存在するようになり、また、「fnac」など大手のオタク系チェーン店は、フランス都市部在住者なら知らない者の方が少ないくらいメジャーな存在になっている。
今はまだそのほとんどが違法コピーの閲覧であるところから、我々制作者サイドとしては決して手放しで喜べる状況ではないが、つぎはぎだらけの「ジャパニメーション」のお陰で、日本のアニメが「暴力とセックスシーンしかない」と非難されていた時代に比べれば、だいぶマシになったのではないかと思える。
ソルボンヌ大学近隣のショップ外観。堂々と表通りにあるという以外は、日本国内のアニメショップとほとんど変わらない。この店の一番人気は、定番の「黒執事」と「デスノート」腐女子を取り込んで、完全に定着しつつある日本オタク文化
EU諸国での昨今の日本アニメブームにおいて、購買力の中心となる女性オタク層、いわゆる腐女子層をがっちりと押さえているところも、ここ10年の変化が、それ以前の従来のジャパニメーションブームとは明確に異なるところだ。
大手マスコミが一切報じない真実だが、実は、日本でも、オタクという人種は本来女性の方が人数的には多いものなのだ。 事実、オタクイベントでは、実は圧倒的に女子参加者の方が多い。オタクイベントの中でも男性比率が格段に高いとされているコミケですら、実は男性比率は4割強に過ぎず、6割が女性で占められているのだ。無論、他のイベントでは女子比率が7割を超えているのはざらである。 私自身、20年前、高校の漫画研究部では多くの女性の中の貴重な男子として過ごし、諸先輩女子軍団にいじられ、からかわれ、しっかりと女性不信の根を植え付けて頂いた記憶がある。
私の出身校は学校全体では男子が7割に達する有名進学校であったから、この男女比の偏りはなおさら特異なものと理解して頂けるのではと思う。そもそも、オタクの元祖といわれるのが紫式部とその周囲の女官たちだといわれているのだから、そもそもオタクとは女性から始まった文化であるのだ。
業界の噂では、日本でこうした真実が報道されないのは、大手マスコミ各社やそのスポンサーが、貴重なF1層(購買力の中心となる20代前半の女性層)をオタク産業に取られたくない思いから、とまことしやかに言われている。女性は本質的にオタク的な部分を持っており、真実を報道することで、主要購買層がオタク文化にあっさりと感化されることを恐れている、らしい。
この噂が本当かどうかはわからないが、ともかく、オタク文化はそもそも女性をメインターゲットにしていると言う点は、とても重要なポイントであり、今各国で発生している日本アニメブームでは、そうしたポイントをしっかりと抑えてある点が、このブームが本物ではないかと思わせるところなのである。
若干古めの作品もあるが、ラインナップは日本国内の流行を押さえている。女性向け作品群が圧倒的に多いここ、フランスパリでも、もちろんショップはその面積の多くを女性メインに展開されている。男性の喜びそうな勇ましいフィギアなどは隅に追いやられ、日本のアニメショップがそうであるように、店内の主要箇所は主に女性向けの作品群で占められている。もちろん、ボーイズラブ(少年同性愛)コーナーも花盛りで、日本で流行っている作品は一通り輸入されている。
この店を案内してくれたパリ市内の美術専門学校に通う女子学生は、本を物色しながら「やっぱり今は黒執事でしょ」と言う。「個人的にはサムライものが一番好きだけど、やっぱり格好良い気障な男性が活躍する話は友人とも盛り上がる」とのことだ。
この「サムライものが一番好き」というのは、恐らく、目の前にいる居合好きのアニメの先生(つまり私、手塚)に対する口先だけの謙遜であって、彼女の目は黒執事やボーイズラブなど日本の腐女子の皆様が好むコーナーに完全に釘付けであったのが印象深い。事実、店の看板も、こうした腐女子向けの優男ポスター軍団に占拠され、日本の大手マスコミが作り上げた男性向け萌え絵などはどこにもない。また、翻訳著名同人誌や現地ファンによる現地同人誌、コスプレグッズなども豊富であり、日本国内と全く同じオタクライフが過ごせる事は間違いがない。
今回の取材で一番驚いたのがフランスで「ヴィンランドサガ」がプチブレイク中であるという事。日本人が描いた北欧神話が、EUで通用しているのである私にはこうした現象から、今の日本アニメブームが本物であり、以前の「ジャパニメーション」などではなく、本当の日本アニメ文化がフランスやEU諸国、その他諸外国に根付きつつあるのだという実感を持っている。この私の実感が当たっていれば、それは反面、それこそ我が国の経済産業省が望むような、日本アニメがハリウッド映画のようなメインストリームとして他国の映像産業を正面から食いつぶせるような大型産業化をするのは不可能、という事でもある。
しかし、私は思うのだが、日本のアニメやゲームは、それでも良いのではないだろうか?決してどの国でも1位は取れないが、世界各国で必ず熱烈なファンを持ち、どの国でも確実に20位くらいに食い込めるコンテンツというのも、日本独自の映像産業の立ち位置として大いに有りなのではないだろうか?日本の現状ではほとんど食えないこの業界だが、世界で20位なら大いに食える。世界のオタクたちのために、オタクたちの好むものを提供してそれで大いに商売になる時代が来るのではないだろうか?アニメとゲームをこよなく愛する者として、そうした、日本オタクコンテンツならではの位置づけが進むことを夢想してしまうのである。