QuickTimeは映像制作の要

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11月に開催されたInterBEEの講演でも話題にしたのですが、現在の映像制作においてQuickTimeというものがとても大きな存在になっていると感じています。フリーランスのディレクターの大半はMacBookを持ち、Final Cut Proがこの層に大きく受入れられたことはみなさんも身近に感じているでしょう。Final Cut Proがとても高く評価されているのは間違いないのですが、その反響をよく分析するとFCPの陰にかくれたQuickTimeの存在が見えてきます。

Mac OS Xでも重要なQuickTime

まだMac OS Xが広く認知されていなかった頃、AppleはOS Xを紹介する時にどんなコンポーネントで新しいOSが構成されているかをアピールしていました。その中には必ずQuickTimeの存在がありました。ベースになっているBSDやCocoaなどと並んでQuickTimeも大きな役割を担っています。OSの中にしっかりと組み込まれたQuickTimeだからこそ、他の環境に比べて最もネイティブにメディアを扱えるのです。

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このようにMac OS Xの中での大きな存在感は、ユーザーとしてMacやソフトウエアを使う時には異なった形のレイヤー構造として私たちに関係します。ユーザーとコンピュータ、ソフトウエアの関係性を見ると図のようなイメージにあって、映像を作る時にはこんな関係でソフトウエアを使っているのではないでしょうか。ユーザーが日々眼にして触れているのはアプリケーションですが、その隠れた部分でQuickTimeのテクノロジーが活躍しています。

Final Cut Proは生まれた当初からQuickTimeをベースにしてきました。FCPで動画ファイルを編集するということは、言い換えればQTファイルを操作していることを意味して、必ずFCPとQuickTimeは連携しています。QTファイルの必要な部分にIN/OUTマーカーを付けたり、たくさんのファイルをプレイリストに並べたりすることを視覚的にアプリケーションにしたものがFinal Cut Proなのです。QuickTimeの拡張性の広さや、対応形式の豊富さなどの利点があったからこそ、FCPがこれだけ使いやすいアプリケーションになったのだと言えます。さらにFCPがMac OS Xとの親和性が高いのも、QuickTimeがOSの中核に位置するからです。FinderからドラッグアンドドロップでFCPのブラウザウインドウや、ダイレクトにタイムラインにクリップを編集できるのも、そんな仕組みが貢献しています。

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歴史があるから故の課題も

Wikipediaによると、QuickTimeが最初にリリースされたのは1991年12月2日で、当時のMacはシステムソフトウエアバージョン6で動いていました。今年でちょうど20年を迎えたQuickTimeは、Macintoshの大きな変革に埋もれることなく常に一緒に進化してきました。QuickTimeバージョン1では、320×240という今から考えれば小さ過ぎる解像度で、やっと30fpsを再生できたようです。これを実現するためには当時の高いパフォーマンスのMacintoshが必要だったに違いありません。まだ、動画をコンピュータの中で見たり、ましてや編集したりすることは夢のような現実離れした時代でした。まだカラー写真を加工するのがやっとだった時代です。

その後、CD-ROMに記録して配布するマルチメディアコンテンツが広まりました。その中で見られる動画コンテンツはQuickTime形式が多く使われました。その後MIDIやQuickTime VRを盛り込みWindows版への移植も経て、Mac OS Xの誕生と共にOSの中枢に不可欠な存在になっています。去年リリースされたMac OS Xバージョン10.6のSnow Leopardからは、QuickTime Xに移行し始めています。従来のQuickTime7とQuickTime Xとは全く独立したものでありながら、QTKitというAPIを利用することで同じライブラリを使うことができます。ただ、従来のプラグインはQuickTime Xでは使えないので、名前から見ると兄弟のようでも互換性はほとんどないと言っていいくらい独立した関係です。

Snow Leopardでは、標準の構成では従来のQuickTime7はインストールされず、QuickTime Xだけなのです。このため動画ファイルからの静止画への書き出しなど、これまで制作ワークフローで使っていた便利な機能が使えなくなっています。またQTXだけでは対応しているコーデックが少ないこともあり、当面はまだQT7とQTXの共存が続くことになるでしょう。そのため、別途QT7を追加インストールしているユーザーが大半だと思います。これはOSのインストールディスクの中にコンポーネントが含まれているので、だれでも簡単に導入することはできます。歴史があって環境の変化と共に生き続けてきたQuickTimeならではの課題であり負の部分でもあるので、ユーザーとしてはうまく共存していくしかありません。

ProResコーデックが最も重要

AppleがFinal Cut Studioにバンドルして提供しているProResコーデックは、当初のYCbCr系のProRes422HQとSQに加えて、FCPバージョン7からRGB系のProRes4444とクオリティを落としたLTとPROXYが加わりました。ProRes4444ではアルファチャンネルのサポートにより、コンポジット素材のポータビリティを高めています。これらのProResファミリーはすべて圧縮処理されています。しかし、非圧縮に比較してその高い品質のため目視では判別できないくらいのクオリティを維持しています。今でもProResは圧縮がかかっているので使用を避けて、非圧縮のコーデックを使っているケースを耳にします。コーデックの選択は最終的にはワークフローによって選択されるべきですが、今の時代では圧縮形式とはうまく共存していくのが賢い制作スタイルと言えます。

硬直した思考で頑なに非圧縮コーデックにこだわるあまりに、製作費の膨張につながっているケースをよく目にします。非圧縮コーデックは使えるストレージシステムを厳選するので、手軽なポータブルタイプHDDは使うことができません。また、ファイルサイズが肥大化するので、複製や移動にも時間がかかり、それがコストとなって跳ね返ってきます。このコピーに費やす時間とその対価として得られる品質の関係がどのくらい効果的なのかを考えることが、今後のプロデュース業務で重要になります。品質にこだわる姿勢は否定しませんが、その品質がコンテンツの総合的な品質にどのように関連性があるのかを見極めるのがプロデューサーの責任です。

ProResコーデックはコストと品質をバランスよく兼ね備えていて、今やQuickTimeを使うことは言い換えればProResコーデックを使うことと同じくらいの意味を持っています。非圧縮を使いたいのならDPX連番ファイルを使うこともできますが、現実的な圧縮コーデックで柔軟なワークフローを流れていくのなら、ProResに匹敵するコーデックはなかなか見つかりません。

FCPもひとつのコンポーネント

Mac OS Xの中のQuickTimeを制作環境の要と考えるのなら、アプリケーションはどれも同じ位置にいて優劣はつけられないのです。それはFCPであれど例外ではありません。Avid Media ComposerやAdobe Premiere、AfterEffectsもみんなアプリケーションはQuickTimeのもとでは同列なのです。この関係を理解していれば、もはやFCP VS Avidのようなある種の宗教論争はナンセンスです。ユーザーはいくつものアプリケーションの使いやすいところだけを利用して、使いにくい部分は他のツールで補うだけです。使いやすいかどうかのものさしは人それぞれですから、その価値観はだれにも決めることはできません。

現状ではProResコンポーネントはAppleのFinal Cut Studioにバンドルされていますので、まずはFCSパッケージを導入することは必須ではありますが、積極的に他社のアプリケーションも連携させて制作で利用していく手法が、この先のワークフローに大きく貢献してくれると私は確信しています。

WRITER PROFILE

山本久之

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。