Vegasを使って新しい音楽作品形態を提案するという事で進めてきたこのコラムも今回で最終回となった。今回は王道のミュージックビデオの制作を中心に話していこうと思う。今回の曲はとてもセクシーな曲なので室内で閉鎖的なセットを作り、アップを中心にしたカットと、屋外では逆に人間の小ささを表現する為に引きのカットを中心に構成する。その他にイメージカットや、以前に紹介した「色と揺らぎ」の世界もあえて盛り込み、作品全体に流れる統一感を作っていきたいと考えている。残念ながらスケジュールと天候の関係もあって、野外のロケに関しては年越しを余儀なくされたが、その時の注意点等も含めてできるだけ書いておこうと思う。
音楽のモニターの重要性
まず撮影について特に注意してほしいのは音楽のモニターだ。これは歌手が歌う為のガイドとなる物なのだが、ポイントは二つ。まずはディレイについてだが、編集段階で元の音楽と同期を取る為にできるだけピッタリ歌ってもらわなくてはならない。スピーカーから出た音を聞いて歌手が歌い、それをカメラで録るというだけでも少しの遅れは覚悟しなくてはいけないのだが、それを極力小さい物にしておく為に撮影段階でやっておかなくてはいけない事、まずは歌手にその事への理解と重要性をしっかり説明しておく事だ。歌の録音はすでに終えていて、さらに本番ではその歌が使われる。だが、歌手というものはその日その日の気分によって微妙にリズムを変えたりするものだ。もし歌の録音から日が経っている場合等は録音時のノリを忘れてしまっている事も多い。基本的にはカラオケではなく歌入りのテイクを流し、そのノリで歌ってもらうようにしてもらう。それと歌手に聞こえる音とカメラマイクが拾う音(これはガイドとなるだけの物なので音質にはさほどこだわらなくてもいいだろう)ができるだけ近い距離にあることが重要だ。
今回の室内の撮影は実は録音も行った自分のスタジオで行ったので狭い中、しっかりとした音で流せたので全く問題はないのだが、野外ではそうもいかないだろう。ラジカセ等で流して撮影する事になるだろうが、これもできるだけ歌手、カメラ共に近い位置で流すように心がけてほしい。またロケ場所の設定や演出もこの事を充分考慮した上で検討するべきだ。街中や住宅地ではあまり大きな音では音楽を流せないだろうし、ホールやスタジオ等でも反響音があまり多すぎるとディレイが大きくなる。場合によっては歌手用とカメラ用に別のモニタースピーカーを用意した方がいいかもしれない。もう一つのポイントは歌手のボルテージだ。これもできるだけ本番用の歌とギャップが生じないように注意をしなければならない。
例えば表情や口の開き方等、本番の歌とマッチしていなければいくらリズムが合っていても違和感を感じる。あくまで本番の歌録りの時と同じテンションで歌ってもらうようにお願いしておこう。その為にもちゃんと声を出して歌ってもらいたいところだが、歌手にとっても映像的演出による位置や動きも気になる。それにロケ場所によってはなかなか大きな声も出せない事もある。そしてそれを何度も繰り返してもらう必要があり、さらに先ほどの話とは矛盾するが、歌入りの音源にかぶせて歌うとなると、どうしても口パクになってしまう事が多い。そうなるとむしろカラオケの方がいいのでは?という考え方もあるとは思うが、経験上、やはり歌入りの音で歌手に頑張ってもらう方がいい結果になる。歌手の理解とスケジュール面での思いやりが必要だ。
音と映像の編集開始
さて、編集に入るが、まずはプロジェクトのオーディオのサンプルレートを96KHzに設定して本番の音源をのせる。これが今後の全て基軸になる。スペースの許す限り拡大表示して波形がよく見えるようにして、アタックがはっきり分かるポイントですべての映像テイクを配置していく。この時点で波形を良く見て、音をがきれいに重なっているかも良く聞き、そして最後は映像と本番用音声がきれいに合っているかを目で確認して一つずつ慎重に同期させる。この作業を丁寧にやっておく事で後々の作業が随分楽になるはずだ。そういう意味では同期させる必要のないイメージカット等は後から付け加える形でいいと思う。この作品でも屋内のアップのカットが基軸となる為、まずはそのカットだけで編集する事にした。アップなので画と音のマッチングがやりやすい。さてここからが軽快な動作が売りのべガスの実力の見せ所だ。動作の重いはずのAVCHDでのマルチ編集を試みる。
4つのテイクをタイムラインに乗せ、その全てのトラックを選択する。この時点でそれぞれの音声トラックはミュートさせておくか、同期に自信があるなら削除してしまっても構わない。ツール→マルチカメラ→「マルチカメラトラックの作成」を選ぶと四本のトラックが一つにまとまる。この状態でツール→マルチカメラ→「マルチカメラ編集を有効にする」を選ぶとプレビュー画面が4分割され、それぞれのトラックの映像が同時に再生される。ただし、べガスがいくら軽いとは言え、AVCHD4本の同時再生というのはなかなかヘビーな作業になるので使っているPCの能力によってはプレビューのクオリティーを落とす等、ちゃんと動く事を確認してから作業に入るようにすると良い。後は走らせながらテンキーの1〜4を押せばそれぞれのトラックが選択されそのタイミングで編集されていく。
もちろん後からやり直す事も可能だが、この時点でできるだけ正確に編集しておく事をお勧めする。もし、タイミングや選択を誤ったらすぐに止めてCtrl+Zで一つ取り消し、やり直すと良い。カット編集ができたらツール→マルチカメラ→「複数のトラックに展開」を選択し一つ一つの繋がりや、タイミングを細かく調整する。この時まだまだテイクの選択をいろいろやり直す必要がありそうならば、「未使用テイクをミュート中のイベントとして維持する」を選んでおくと、間の選択しなかったテイクがミュートされた形で残るのでいいだろう。
大切な事は、一緒になって作品を作る意識
さてこの作品は言うまでもなくYouTube等にアップして見てもらう物でもないし、今後も撮影を重ね、Blu-rayという形になった時点で何らかの形でお知らせするのでぜひ見て聴いて頂きたいと思う。このような作品を今私一人が作ったところで多分すぐには何も起こらないだろう。市場が在る訳でもなければ、Ustream等、ネットを中心に手軽さが求められている時代にトレンドであるはずもない。ジャーナリズム的には意味のないことなのかもしれない。だが、やはりアーティストとしては上質な物を提供しようとする姿勢はいつも失ってはいけない。それを怠ったからこそ、音楽業界は疲弊をきたし、また、音楽業界で起こった事は必ず近い将来映像業界でも起こるという事を覚えておいてほしい。今回の作品は音楽作品という意識で作ってきたが、これまでレコード会社の販促物として下請け的にMVを作るという意識から少し離れて、音楽家と一緒になって作品を作る意識を映像クリエーターにも持って頂きたい。
何ならバンドやユニットにメンバーとして参加してもいいかもしれない。少なくとも形だけステージでターンテーブルをこすっているようなDJよりは何倍も意味のある事だと思う。とにかく何かを始めなければ…。それだけは確かだ。