2012年12月26日。ついにCanon EOS-1D Cが発売された。もちろん、以前からこのカメラに注目して様々な記事も書いてきた筆者は、迷うことなくそのファーストロットを入手した。今回は、2回に分けて、ファーストインプレッションをお届けしたい。今回は思い入れがとても強いカメラなので前置きがとても長い。1D Cの記事だけ読みたい方は後編からどうぞ。

カメラの夢、マルチロール機「DSMC」と言う考え方

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SONYの民生用マルチロール機 DCR-PC101。これと当時の世界最小パソコンVAIO Uと共に筆者は世界中を旅し、現地でスチル写真記事報道や動画編集業務を行った

ここ15年ほどで我が国の一部に定着した言葉に「マルチロール機」という言葉がある。これは、例えば軍事系では、ユーロファイタータイフーンなどの爆撃から偵察、航空機同士の制空戦闘まで複数の役割(マルチロール)をこなす汎用型の新世代飛行機を指す。軍事マニアならば瞬間的に思いつく言葉だろう。科学技術、デジタル情報技術の進歩と共に軍事用小型航空機は高性能・多機能化し、一機あれば様々な用途に使えるようになってきたのである。

これによって、小型航空機のパーツのうち、最も製造に手間がかかり、また最も高額な部品である「人間(パイロット)」の様々な任務への流用が効くようになり、機材の価格と性能を高めつつも、トータルな航空軍事コストを引き下げ、あるいは少なくとも上昇させないことに成功した。最近、フランスやスウェーデンなどの決して大国とは言えない経済規模の国が独自小型軍用機を開発出来ているのも、このマルチロール機思想があってのことなのだ。

カメラの世界でもこれは同様で、一番コストがかかる人件費を抑えるには様々な役割を一台でこなすマルチロール機があれば良いということは、以前から言われてきた。しかし、高額な税金を成功するかしないかしないかわからないギャンブルのような研究開発に湯水のように使える空軍産業とは事なり、世界的にあまり豊かとは言いにくい撮影周りにおいては、よほど思い切った大金持ちのギャンブラーでも出て来ない限りはそんな新技術の開発がなかなか出来るはずもなく、そうした開発を可能にする技術革新もなかなか起こらずにいた。

結果、撮影家のオフィスや倉庫は常に大量の機材で埋め尽くされ、日々月々、操作方法の違う様々なカメラに慣れることを強要されてきたのである。また、彼らを使う側から見ても、例えば同じ作品の映画本編映像とパブ打ちのスチル画像を機材が違うという理由だけで別のカメラマンが撮影することになり、全く印象が変わってしまうなんていうことも度々発生していた。もちろん、必要なカメラ機能ごとに人を雇うためにスタッフ個々人への払いは小さくなり、しかし関与人数が増えるために経費も膨らみ、トータルでの支払いは膨れあがるという状況であったのだ。

こうした、一台で全てを完璧にこなすマルチロールカメラは、単に業務ユーザーからの要求があると言うだけではなくカメラマニアの夢でもあった。そうした層をターゲットとして、ビデオカメラとスチルカメラの融合は幾度となく試みられ、サンヨーザクティシリーズや、SONY DCR-PC100シリーズなど、数々の名機を生み出した。しかしそれらは残念ながらスチル・動画共にプロの業務用クオリティを満たすレベルには到達せず、こだわりのマニア向けの民生機レベルで留まっていた。

他ならぬ私自身も当時DCR-PC101を導入し、ビデオカメラ形状でありながらフラッシュを焚いて雑誌記事向けの写真もどんどん撮影し、SIGGRAPHやNAB会場で大いに驚かれたものであった。しかし、DCR-PC100シリーズで撮った写真で、例えば雑誌の表紙や一面記事に使えるかと言えばそれは画素数や発色的に無理であったし、ビデオの方も民生MiniDVだったので、業務用に使うには難しいところがあったのだ。

Jim Jannardが見た夢とは…?

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DSMC機の本家、RED社のScarlet X。スチル機能は弱いが、マルチロール機思想の素晴らしさがよくわかるカメラだ

そんな中、カメラマニアの中でも世界で最も著名な1人、Jim Jannard氏は、せっかく成功した自身のサングラスメーカーOAKLEYを2007年に21億ドルという巨額で売り払い、その莫大な財産を背景にマルチロールカメラメーカー「RED」を立ち上げた。映画が毎秒24コマの写真を撮るものであるのならば、その写真を毎秒24枚以上の高速連写でちゃんとしたプロ向けの高画素RAW撮影できれば、それはそのまま映画にもスチル写真に使えるはずだ、というのがその根本思想であった。研究開発の成功に大金を賭けた「よほど思い切った大金持ちのギャンブラー」がついに登場したのである。

そしてこのJim Jannard氏が同社立ち上げと共に提唱したマルチロールカメラが、映画とスチル両方をこなす「DSMC(デジタル・スチル・モーション・カメラ)」というものだ。そもそも映画とは、前述の通り毎秒24枚の写真が連続しているものであり、テレビ電波に乗せられるだけのなめらかな動きを目指すビデオとはそもそも方向性が異なるものだ。そのため、元から映画と写真の親和性は極めて高いと言われている。同氏はそこに着目して、デジタルモーション撮影カメラながら、敢えてビデオ系の機能を横に置き、映画とスチル写真だけに特化したカメラを作ればそれは成立するはずだと考え、DSMCを提唱したのだ。

RED社のギャンブルは見事に成功し、同社製カメラがもたらした4K、5KのRAW連番収録という世界に圧倒され、アメリカはもちろん、世界のシネカメラは一気にREDカメラに切り替わった。経済的には間違いなくJannard氏は賭けに勝ったのだ(もちろん筆者の率いるクリエイター集団アイラ・ラボラトリでもRED社製カメラは導入済)。

そんな同社のRED ONEやEPICが、世界初のDSMCカメラに当たるとされている。しかし、シネ機能はともかくとして、スチル機能の方は未だファームウェア上も未実装な部分が多く、また、フル装備15キロもあるRED ONEはもちろん、EPICやその下位機種のScarlet Xですらも本体2.2キロ、実用装備重量5キロ弱と、大抵の人が持ち歩いてファインダーを構えるには重すぎる。今後のファームアップでスチル機能が揃ったとしても、スチルカメラとしてどこまで使えるのかは未知数である。重量や運用方法からしても中判カメラが対抗だという意識があるのかも知れないが、中判にしてはセンサーも圧倒的に小さく(なにしろS35だから、ライカ判フルサイズを縦にした横幅しかない)画素数も少ないため、当然だが現状では画質的には中判にはまったく対抗し得ない。

このように、RED社の思想としての元来のDSMC機の理想と照らし合わせてみると、現状ではスチルはまあ、あくまでも努力目標、あるいはオマケと言うことで、DsMCとでも書こうか、という冗談が交わされるくらいであったのだ。とはいえ、手持ちは難しいにしても、三脚をちゃんと据えて撮る事の多いショー写真やイベント写真では確実にシェアを延ばし、特にファッション雑誌では毎秒数十枚の連写が出来るというその特性を生かして、中判カメラが持つ機動性の無さに対する補完的カメラとして入り込み、今や、有名各誌において、同社EPICで撮影した写真素材が欠かせなくなっているのはさすがである。

DSMC系カメラの中でもかつて注目されたのが、スチルカメラメーカーCanonが2008年のPhotokinaに出展したEOS 5D Mark II(5D2)だ。このカメラは単なるスチルカメラとして発売されたのだが、おまけ機能として通信社向けに簡易なビデオ機能を装備しており、欧州の写真家兼ビデオグラファーたちに注目され、瞬間的に話題をさらった。本来5D2のビデオ機能はおまけであったところから、コストのかかる別設計のビデオ回路を積むことなく、安直にスチルセンサーデータをそのままCFカードに垂れ流して収録する形となっていた。これは、5D2では毎秒30枚の連続した写真を撮影している状態(その後ファームアップで24Pに対応)となり、結果的に、この5D2のおまけ機能こそが、DSMCの理想に近いカメラであったのだ(こういう一眼レフ系のHD動画カメラをHDSLRと呼ぶ)。

しかし、5D2は残念ながらスチルカメラとしての運用しか考えられておらず、強烈なモアレや動体歪み、フルサイズセンサー特有のボケ過ぎの背景など、シネカメラとしては多くの問題を抱えていた。こうした問題を解決するためにCanonはCinema EOSシリーズを立ち上げ、Cinema EOS C300等を発売した。これは極めて優れたカメラ群ではあったがスチル写真を撮ることのできない完全なシネマ専用機であり、残念ながらマルチロール機DSMCの理想からは離れてしまっていた。素晴らしい機能に賞賛の声が上がる一方、5D2の後継DSMC機を期待していたクリエイターたちからは落胆の声が聞こえたのはやむを得ないことであっただろう。その後5D MarkⅢも発売されたが、これも動画機能は5D2と大差なく、あくまでもスチルカメラとしての発売であった。

また、筆者はその形状とスチル向けのフォトRAW収録という性質からBlackmagic Cinema Cameraにも同様のDSMC機としての機能を期待したのであるが、やはり2.5Kという収録サイズの小ささと、フルサイズ比2.4倍という画角倍率ではせっかくのRAW収録ながらもスチル機能は諦めざるを得ず、シネ用途としてもフォトRAW特有のその収録データの凄まじい重さとあいまって、結局、実は今は全く使っていない。上手く撮れれば超絶美麗な映像が得られる優れたカメラではあるのだが、初期ロット特有の数多くの問題を埋めるためのファームアップも大変ペースが遅く、何よりも発売ペースが全く順調ではない。色々ともったいないカメラだ。さて、そんな中登場したのが、Canon Cinema EOS-1D Cだ。

早速Canon Cinema EOS-1D Cをレビューしてみたい。…つづく


[ファーストインプレッション] 後編

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。