取材・文:山本加奈 撮影・構成:編集部
初のフィクション映画に挑戦するドキュメンタリー作家の思い
映像作品におけるモノつくりの解像度を追いかけていく本シリーズ。第三回目に登場するのは、ドキュメンタリー作品を中心に活躍する撮影監督/カメラマン髙野大樹氏。是枝裕和監督の愛弟子、広瀬奈々子監督のデビューとなる長編映画「夜明け」にて、髙野氏も初のフィクション映画に挑戦する。髙野氏の師匠山崎裕氏と是枝監督の共作の歴史も相まり、運命を感じずにはいられない。さっそく髙野氏のモノつくりの解像度をみてみよう。
写真提供:髙野大樹氏(以下:クレジットのない撮影現場写真は全て高野氏提供)
髙野大樹:撮影監督/撮影
数多くのテレビドキュメンタリーで活躍。映画では「大丈夫であるように-Cocco 終らない旅-」(08年/監督:是枝裕和)と、「広河隆一 人間の戦場」(15年/監督:長谷川三郎)の撮影を山崎裕と共同で担当。本作が初の長編劇映画となる。
生業はドキュメンタリー番組の撮影です
――はじめての長編劇映画の撮影を担当されたそうですが、公開しての感想を聞かせてください。
僕は、ずっとドキュメンタリーのテレビ番組を撮ってきた人間です。テレビは視聴率というのがあって、ドキュメンタリーであれば5%いけば、「よかった、沢山の人に見てもらえたね」という判断。数字でしか視聴者の反応を知ることが出来ないのがテレビの世界。今回、映画というものに携わり、釜山国際映画祭(韓国)などに参加して、これまで味わったことの無い類の拍手に感動しました。生なリアクションがシンプルに嬉しかったです。
――普段は、ドキュメンタリー番組専門に撮影しているのですか?
90%そうですね。わかりやすいところだと、「NHKスペシャル」や「情熱大陸」といったドキュメンタリー番組を幅広くやっています。ヒューマンドキュメンタリーからネイチャー、紀行モノなどジャンルは様々です。
――広瀬監督との出会いもドキュメンタリー番組を通してですか?
「きょうのあきない」というミニドキュメンタリー番組で初めて一緒に仕事をしました。説明的なナレーションの少ない番組で、様々な商いを捉えていく番組でした。その後も、この映画までに何度か仕事はしています。
是枝組や分福のメンバーのみなさんとはもう15年位前から仕事をしているんです。というのも、僕の師匠が山崎裕で、是枝作品を多く手がけるカメラマンです。是枝さんがテレビや映画でドキュメンタリーを撮影するときによく山崎と組んでいて、2カメ体制の時に声を掛けてもらっていました。
――そういう経緯で今作品「夜明け」もご担当されたのでしょうか?
北原(栄治)プロデューサーから「映画に興味ありますか?」って単刀直入に聞かれました。「誰も知らない」(04年/監督:是枝裕和)など、是枝監督と山崎が一緒にやっていたので、“映画”という存在は近くにありましたが、積極的に興味を持っていたわけではありませんでした。ノンフィクション専門の自分がフィクションが出来るのか?というのはちょっと不安もありましたが、新しい挑戦ですし、声をかけてもらったことは素直に嬉しかったんです。それまで、どこか強がりのように「映画はないな~」なんて自分に言い聞かせていた感はあったのに、実際にやれるとなると、嬉しがっている自分がいました(笑)。
――是枝監督と師匠の山崎裕さんの出会いに、自らを重ねるところもあるんじゃないでしょうか?
そうですね。広瀬さんにとっての是枝さん、自分と山崎との関係、是枝さんと山崎のパートナーシップの始まり方、そういうものがオーバーラップしました。
僕は株式会社104に1996年に入社したのですが、104は撮影監督の山崎裕が代表を務める会社です。テレビのドキュメンタリー番組に主軸をおいた技術会社ということで志望しました。その頃はまだ是枝さんと映画を撮ってはいませんでしたが、その後、「ワンダフルライフ」(99年)、「ディスタンス」(01年)、「誰も知らない」(04年)と是枝さんとの映画作品が続いていきます。それらの作品の山崎の撮影助手として3~4年経験して、自分でドキュメンタリー番組を撮影をするようになりました。
――映画の内容も「親と子」で不思議なつながりを感じますね。
僕と山崎とは、親と子ほど年が離れていますしね。それでキャストが柳楽優弥さんに決まった時には運命を感じたと言うか(編注:是枝監督の「誰も知らない」で柳楽優弥は鮮烈なデビューを飾った)。楽しみであり、師匠の通った道を行くというプレッシャーも…。興行成績も含めて比較もされるかもしれないですし。手放しで喜べない複雑な気持ちではありました。
――プロットをはじめて読んだ時の感想はどなようなものでしたか?
長い尺の脚本を読み込むのもはじめての体験でしたが、わかりやすくカタルシスが準備されている脚本ではないことに、戸惑いました。主役の柳楽さんのセリフはものすごく少ないわけですよ。測りきれない感じを受けました。
――ちなみに、ドキュメンタリーが撮りたいというのはいつくらいから意識しはじめたのですか?
僕は日本大学芸術学部映画学科に行っていました。卒業はできなかったんですけど(笑)。撮影をやりたいと心は決まっていたのですが、大人数で作る“映画”に戸惑いを感じていて。誰がどちらを向いて作っているのかがわからない感覚にやられてしまいました。
そんな時ドキュメンタリーを撮ってみたら、ディレクター、カメラマン、録音マンの3名の少人数で作れちゃう。それぞれの役割がはっきりしていて、人に指示されてファインダーを覗くのでなく、自分がファンダーを覗いた延長線で撮影に入っていけるのが面白かったです。
でも、本格的にドキュメンタリーでいきたいと意識したのは、山崎のところに入ってからです。ある時、山崎に「一次的な表現をできるのであればそうしたい。でも、ドキュメンタリーカメラマンって人を撮っている時点でどうしても二次的になってしまう」という話をしたところ、僕が学生のときに撮った映像を見て、「お前の姿、形は写っていないけど、被写体とどういう距離感でいたかったのか、どういう距離感でしか撮れなかったのか、映像に出ているよね」と言うんです。表現しようとしていなくても表現されてしまっているということがあるんだ!面白い!そう言ってもらえたことで、自分の中で、面白いと思うものが明確になりましたね。
ロケハンは正直言ってパニック
全国公開中。9月4日(水)ブルーレイ、DVD発売予定
出演:柳楽優弥/YOUNG DAIS 鈴木常吉 堀内敬子/小林薫
監督・脚本:広瀬奈々子 撮影:髙野大樹
製作:バンダイナムコアーツ、AOI Pro.、朝日新聞社
配給:マジックアワー
© 2019「夜明け」製作委員会
――フィクションを撮るということで、特別準備したことがあれば教えてください。
“映画的に撮る”ということがどういうことか考えたり、フィクションとノンフィクションの違いを自分なりにどう定義すべきか考えたり。なんですが、後輩と話していている時に、「そういうのを期待するなら、髙野さんに話きてないんじゃないですか?」ってグサリと指摘されました。核心をついた言葉にハッとしました。あぁ、自分が今まで培ってきたものを活かした勝負の仕方を考えるべきだし、広瀬監督が自分とやろうと言ってくれた意味に気づいて、それで肩の力みが取れたというか。
――順撮りだったそうですが、ファーストカットの川辺のシーンはすんなりいきましたか?
柳楽さんがそこに立った瞬間…今でも覚えていますけど、なんですかね、一瞬にして全てが決まったというか。距離感も全て。セリフがないシーンなので、僕の中でイメージを掴みきれてなかったにもかかわらず。
――距離感というのは?
ここで作ったカメラと役者の距離感が、話の最後まで一貫した距離感になるだろうなと思っていました。ドキュメンタリーでは最初に対象者に会った時に、どれくらいの距離感で撮るのかっていうのを決めるんですね。ズバっと懐に飛び込んでいくスタイルだったり、じっくりと観察者の視点に立ったり。僕はどちらかというと観察者視点で撮ることが多く、それを踏まえて監督は僕を起用したんじゃないかと思います。
――ドキュメンタリーの経験値から、反射神経でカラダが先に動いた?
そうですね。考えてじゃないんですよね。あの時どうしてそうしたのかっていう問いに、説明できる言葉はなくて。カメラの立ち位置っていうのは、思考よりもカラダが動くものなんです。ドキュメンタリーは相手がいてはじめて撮れるので、自分が見ている状況をどう撮るかとものを常に考えざるを得ないのです。
――照明もドキュメンタリー的、つまり自然光を使い、照明を作り込まない方法で撮っているのでしょうか?
ええ、照明の山本浩資さんともロケハンのときから話していましたが、工場にしても自宅にしても自然光の雰囲気がよくて、基本的に実際の光のキーライトを使って、さすがに見えないというのは困るけれど、必要以上の照明での演出は避けましょうとしました。それはカメラワークもそうで、カメラの動きによる演出を極力なくそうとしています。ひと言で言うと「ただ見ている」。観察者の目線を通すことが僕なりのテーマでした。
それにしても、混乱したのがロケハンです。制作部から「ここどうですかね?」って聞かれるのですが「別にどこでもいいんですが…」と思うわけです。ここに役者さんが入ってくれれば、その中でのリアリティで撮ればいいと思っているから。ロケハンは正直言ってパニック。何を自分から提案すればいいかわからない。作り出されたものに対して若干抵抗感もあるというか。映画制作が進むにつれて僕の見方は変わってくるのですが、そのときは違和感がありました。
“手持ちフィックス”!?という技術
© 2019「夜明け」製作委員会
Story:地方の町で木工所を営む哲郎は、ある日河辺で倒れていた見知らぬ青年を助け、自宅で介抱する。「シンイチ」と名乗った青年に、わずかに動揺する哲郎。偶然にもそれは、哲郎の亡くなった息子と同じ名前だった。シンイチはそのまま哲郎の家に住み着き、彼が経営する木工所で働くようになる。木工所の家庭的な温かさに触れ、寡黙だったシンイチは徐々に心を開きはじめる。シンイチに父親のような感情を抱き始める哲郎。互いに何かを埋め合うように、ふたりは親子のような関係を築いていく。だがその頃、彼らの周りで、数年前に町で起きた事件にまつわる噂が流れ始める──。
――カメラは手持ちで撮影されているのですか?
はい。手持ちでほぼワンカメです。実景の夕日などは三脚を使っています。ドキュメンタリーは撮影で手持ちが普通ですから。「“手持ちフィックス”なんていうの山崎さんと髙野さんくらいですよ」ってよく言われます(笑)。
――手持ちって、フィックス(固定)じゃないですからね(笑)。
カメラを構えつつ、こちらの感情や存在を殺すというのはドキュメンタリーだと常。それをカメラを持っていながら、その場に据えられた定点カメラのような状況を作るわけです。
――哲郎(小林薫)とシンイチ(柳楽優弥)の関係が、話が進むにつれて変わっていきますが、それによって撮り方を、観察者の目線を変えたりしましたか?
現場では、監督に、どちらからのキャラクターに気持ちを寄せて撮ったほうがいいんじゃないか?という相談をしたのですが、監督は一貫してその発想はありませんでした。僕としては、後半に行くに従って、シンイチの気持ちに寄り添っていくべきなのかな?とか思っていたのですが、広瀬監督は「あまり決めたくない」とよく言っていました。“あの事件”を良しとも悪しともしない、シンイチに対しても善悪を決めつけるのではなく、ただそういう人がいるってことだけを見せる。その距離感は、映画の感想に多かった“寄り添う”という言葉に集約されているんじゃないかと思います。
面白いことに、映画の感想が人によって真逆になるんです。曖昧が故に、どちらの目線で(映画を)観たかで印象が変わるんですね。撮影的には寄り添おうとは一切思っていませんでしたけれど(笑)。寄り添うという言葉に懐疑的だったし、寄り添えるほどの距離感にいけてない。僕としては“見ているだけ”それを意識していました。
芝居に完全に飲み込まれたラストシーン。アクションよりもリアクションを撮る
――この映画がどうラストを迎えるのか想像がつきませんでした。ラストシーンについても教えてください。
最後は、夜明けの中、柳楽さんの強い表情で終わります。でもそれは、予定していたカットではなかったんです。僕たちはバックショットを撮っていて、監督のカットがかかったんですが、柳楽さんは動かずに海を見ていました。僕は、カメラを持ったままスルスルと前に回り込んでみると、柳楽さんがあの顔になっていたんですよね。
そのまま回しました。柳楽さんのパワーに押されて、距離感を保つとかいった理性的な判断がぶっとんで、圧倒的なお芝居に撮らされました。完全に飲み込まれた。お芝居に夢中になって撮ってしまったんです。
――他にも芝居を撮るうえで、発見はありましたか?
ドキュメンタリーの頭なので、カットを割らずに一発でシーンを撮ろうと考えてしまうんです。それは2人の芝居であれば、ワンカメなのでどちらかは捨てなければいけない。片方は音に任せて、リアクションの表情を追っていこう、と言った選択を結構しています。ただ映画になるとそれだけじゃ伝わらないので、監督と話して切り返しを撮っているところもあるのですが、編集であまり使っていないですね。
小林薫さんに打ち上げで、笑いながらもはっきり言われました。「あそこ、普通こっちを撮るよね」って(笑)。哲郎(小林薫)が飲んだくれてベンチに座っているシーンですね。僕は、ベンチで寝ている薫さんを一切撮らずに、自転車で探しに来る柳楽さんを追いかけています。柳楽さんを追いかけていくと、その先に哲郎が酔いつぶれているのが見えるんです。「普通は酔っ払ってベンチで寝ているっていう画を入れてから、シンイチ(柳楽優弥)が発見する…ってなるよね」って。僕はそれを聞いてはっきりわかったんです。僕は、リアクションを見たいと思っているんだなって。喋っている人は、最悪音で補完できるという発想でいくと、聞いている人物が(その言葉を)言われた時の表情はその時にしか撮れない。アクションよりもリアクションに興味が向いたカメラワークなんですよね。
――だからこそのリアリティなんですね。淡々とした進む話にもかかわらず、場面をすぐに思い起こせるんです。どこかで、自分が実体験しているようなリアリティを得ていたからかもしれないと、お話を聞いていて思いました。その撮影に選んだカメラの機種は何ですか?
ソニーのFS7 IIです。普段からよく使っている機種で使い慣れているのと、この映画で一番大事にしたかった機動性から選びました。狭い家の中で撮ることも多く、手持ち撮影では一番扱いやすく、防振装置も付けずカメラと自分だけで身軽でいたかったんです。
広瀬監督は現場で“現場の鮮度”、“演技の鮮度”という事をよくおっしゃっていました。監督の思い描いている鮮度のままを撮りたかったので、すばやく撮影体制にはいれることを最優先しました。山崎からも初めてなら自分が一番動きやすい状態を作ったほうが良いとアドバイスをもらいました。現場では監督のプレビューモニターには、無線で画を飛ばして、カメラをワイヤレスにしました。とにかく、機材周りでストレスのない状態を作ることを目指しました。
使用したレンズはZEISS Compact Prime CP.2がメイン。他、28mm、35mm、50mm、85mm、EFの100-400mm、引きじりが足りない時は、Metabonesのx0.7mmを使用
映画と主人公と監督が重なる、まさに広瀬映画
――またお芝居を撮りたいと思いますか?それとも…?
いや~やりたいですね!ドキュメンタリーもお芝居でも同じだと感じたところもありました。今この人が話していることを聞きたいとか、この人の表情を見たいっていうのは、撮影の手法はそれぞれありますが変わらないです。
「夜明け」では役者さんが実力のある方ばかりなので、ドキュメンタリーと変わらない感覚で、撮っていてすごく楽しかったです。周りのスタッフがしっかりと対応してくれたのも大きかったです。録音部にしてみたら、本番でカメラがどう動くかわからないので、苦労したと思いますし、美術さんにしても、カメラがどっちを向いてもちゃんと作り込まれている状態にしておかないといけない。おかげで僕はやりやすかったですが、周りの人は大変だったんじゃないかと思います。
――最後に広瀬監督の印象をお聞かせください。
脚本も大事ですが、現場での芝居を大事にしているところは是枝イズムを感じました。コンテをあえて書かないというのもそうかもしれません。リハーサルで動いているところをみて、役者さんの思いがけない表情、言葉を超えて、笑っているのか、泣いているのか、怒っているのかわからない複雑な表情が出てきた時、演出を加えず出てきたままを捉えていく。現場先行の監督さんだと思います。そして、新人とか関係なくやりたいことは主張して実行する方です。
何もよりも、広瀬さんぽくって印象的だったのは、「決めたくない」という姿勢。一貫してブレなかったですね。僕が想像する映画監督って、テーマやメッセージを映画で伝えるための企画を考えたり、脚本を書いたりすると思うんですね。広瀬監督は、簡単にゴールさせないというか、わかりやすいゴールで終わらせない。
――世代の空気感というのもあるのかもしれませんね。
そうかもしれません。僕らの世代は「どうしたいの?」「どういう意味?」って掘り下げる傾向にあります。広瀬さんは、決めなくてもいいと思っているんでしょうね。僕は面白いなって思いましたね。一本道ではない感じ。僕らは、その一本道を伝えるために四苦八苦してきたけれど、そこじゃないっていうね。そこも含めて、広瀬監督、シンイチ、この映画そのものが僕の中でシンクロしていて、広瀬映画だなって思うんです。
「夜明け」
監督・脚本:広瀬奈々子
出演:柳楽優弥、YOUNG DAIS、鈴木常吉、堀内敬子、芹川藍、高木美嘉 清水葉月、竹井亮介、飯田芳、岩崎う大(かもめんたる)、小林薫
製作:「夜明け」製作委員会
2019年/日本/カラー/HD(16:9)/5.1ch製作:川城和実、中江康人、宮崎伸夫
エグゼクティブ プロデューサー:濵田健二、飯田雅裕
プロデューサー:西川朝子、伊藤太一
企画プロデューサー:北原栄治
ラインプロデューサー:奥 泰典
撮影:髙野大樹
照明:山本浩資
録音:小宮 元
美術:仲前智治、徐賢先
編集:菊池智美
キャスティング:田端利江
衣裳:小林身和子
ヘアメイク:知野香那子
助監督:木ノ本豪
制作担当:横井義人
音楽:Tara Jane O’Neil
企画協力:分福、是枝裕和、西川美和
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会© 2019「夜明け」製作委員会