ワイヤレスインカムの決定版登場
3年目のコロナパンチで映像関係者は大きくその立ち位置が変わってきた。今までリアルでやってきた全てがリモートを使った方法に代わり、その中にはZoomを使ったマルチカム収録が低価格小型スイッチャーの登場で爆発的に流行ったのは記憶に新しい。
それから3年経った今、撮影形態は元通りになってきたが、スイッチャーを使ったマルチカム収録という形態は引き続き残っている。とはいえ、その内容は「とりあえず複数カメラを使っている」という、カメラを動かす人間がいない分を複数の小型カメラで補う配信は一部のYouTube等の素人配信くらいで、ほとんどのマルチカム現場はしっかりとカメラ・スイッチャー・TD等の役割が分かれ、クオリティーが高いものしか生き残っていない。
筆者の周りも、3カメスイッチ程度の機材は全員が持っているくらいにマルチカム収録の敷居は下がったように思える。特に最終段の保険用ATEM Mini系と映像リターンに使われるCineEyeはデフォルトガジェットと言っても良いくらいに周りのカメラマンは全員持っている。
そんな中でちょっと困っていた部分が、コミュニケーションツールであるインカムの存在だ。前出した機材と比べると、台数を揃える必要があるので意外とコストが掛かる。さらにカメラの台数分のケーブルを引っ張る必要があり、セッティング時間も多めに見なければならない。リターンも有線だった頃は一緒に設置するので大した手間ではなかったが、CineEyeの登場でワイヤレス化された今では、もう1本ワイヤーを引く手間は結構しんどい。レギュラー的な収録物はインカムがなくても阿吽の呼吸で何とかなるが、やはり細かい指示がいるものはそうもいかない。そんな時に出てきたのがHollyland社の「Solidcom C1」(以下:C1)だ。
小型軽量ヘッドセット
Hollyland社は数年前から名前と伝送系の製品は知っていたので、BIRTV(中国放送機器展)で詳しい話を聞きたいなと思っていたのだが、コロナのおかげでそれもできず結構フワッとしたメーカーだった。約半年前からコスパの良いワイヤレスインカムのMars T1000が気になっていたが、情報が少ない中そのアップグレード版ともいえる「Solidcom M1」(以下:M1)が登場。
性能的には何も不満のないレベルだが、子機8台セットで80万円オーバーはさすがに自分の現場では持て余すもの。こちらの情報はいろいろな所で見ることができた。筆者の記事にも度々登場している株式会社ブレーンズ 山本可文氏が自分の現場で使って非常に良いと公言しており、ますます興味が深まったところに、M1の性能をコンパクトにしたヘッドセットC1をPRONEWSでもおなじみの宏哉カメラマンがテスト運用しているのを知った。当人に聞いてみたところ、非の打ち所がないくらいのことを聞き、ちょうどインカムが必要な現場が続くこともあり購入を検討。
調べてみると、国内正規代理店は株式会社RAIDだということが分かった。早速連絡を取るとちょうど「NAB Show 2022」直前でデモ機がないという話になったが、今回はすでに現場で運用している山本氏、宏哉両氏の話を聞いていたので即座に購入の意思があることを伝え、NAB Show 2022から帰国後に素早く納品いただいた。
率直な感想
納品後一発目の現場で使用した感想は「もうこれしかない!」だ。この現場は、こちらもPRONEWSでおなじみの猿田氏もいたが、彼も同様の感想を口にしている。猿田氏はすでにPROTECH社製のインカム(有線)を複数台所有しているが、ケーブル1本でデイジーチェーンにでき、ベース基地が要らないとはいえそのケーブル引き回しは4か所も出せば数百mにも及ぶ。
その労力を考えればもうワイヤレス一択になるのはしょうがないだろう。ワイヤレスインカムといえば非常に高価な物か、もしくは安価でチープな物かの二択しかなかったこの市場にC1が登場した意義は大きい。とにかく音声がクリアというのが一番の魅力だ。しかもマイクの感度が良く、本当に小さな声での囁き程度でも十分にコミュニケーションが取れる。
大げさではなく、クラッシックコンサートの会場でも十分使えるレベルだと感じた。インカム運用で声が大きくなりがちなのは、やはり声が伝わりにくく、何回も繰り返し聞くことでテンションが上がってしまうパターンが多いが、C1はそれがない。小さな声でも的確に相手に伝わるので、無駄な会話が減るからかもしれない。とにかくその音声のクリア度合いには驚いた。
操作性と運用
操作はいたって簡単で、マイク側に付いているスイッチをONにするだけ。通電の様子はマイク部分の内側に小さくLEDが点灯、緑が電源ONで赤だとバッテリーが少ないという表示だ。バッテリー自体は親機5時間、子機10時間という数値だが、実際にはまだバッテリーが新品ということもあり、実際の運用でマスター6時間強、スレーブで12時間運用できた。
音声のミュートはマイクアームを上げるだけ。人と直接会話する時はアームが邪魔なので、それを上げてしゃべれば自動的にミュートになり極めて合理的だ。またベース基地を設置する必要はないが、インカムセットの中に1台だけマスター機があるのでこれは確実に使用しなければならない。マスター機が実動していれば、後の機種は自動でペアリングする。つまり最低運用は2台からできるということで、小さい現場で機材を少なくしたい時はヘッドセット2台と予備バッテリー2個を持っていけば済んでしまうのは業務ユーザーには大きな利点だろう。
C1のセット販売は2台・3台・4台・6台となっている。運用という部分を考えると、この中でどのセットを購入するのが良いのかという点だが、筆者的には4台セットが最もコストバランスが良いのではないかと思う。
インカムが一番必要な現場と言えばマルチカム収録現場だろう。特に最近ではZoomといったミーティングツールでもウェビナー等でマルチカム収録の現場が多くなった。その際筆者の場合、一番多いのは3カメスイッチャーでの配信だ。
2台が有人、1台が無人、スイッチャーと配信管理各々1名ずつの計4名なので、4台セットを持っていると最もコストバランスの効率が良い。VP等での現場ではカメラ・カメアシ・ディレクター・音声の4名で使うと、リテイクやOKテイクの切り分けが非常に分かりやすい。特にレンズ交換を伴う現場では、本番テイクをしている時に次のテイクに向けての指示をアシスタントにすることで現場収録時間の圧縮になる。
これ以上の現場を多数持つなら6台セットが良い。実際3カメスイッチャー現場でも上記の人数にFDが絡んでくると4台では足りなくなるが、このような現場が年何回あるのか?もし数回なら必要台数をその現場だけレンタルすればよく、なんといっても今C1は大勢の方が持っているので身内で回すことも可能なはずだ。
実際の運用
今回C1を購入してから数現場を経験したが、弱点という弱点を見つけることができなかったというのが本音だ。一部の方は実際現場でご覧になられたかもしれないが、渋谷で開催された「VIDEOGRAPHERS TOKYO 2022」のメイン会場でC1を使用していた。
丸一日配信が二日間続くイベント(リハを入れれば三日間)だったが、その間の音声切れ等のトラブルは一切なかった。大きなイベントでWi-Fi波(5Ghz帯)もたくさん飛んでいる中、C1は1.9Ghz運用なので他との干渉も全くなく、バッテリーの持ちも前記した通りマスターヘッドセットで1回、スレーブヘッドセットだと無交換で1日を乗り切ることができた。届く範囲も渋谷ヒカリエイベントホール全域で使え、壁一つ挟んだ別現場でもコミュニケーションが取れたのは正直驚いてしまった。
今のところ室内だけの運用なので飛びに関しては全く不満はない。屋外でのイベントとなると反射波がなくなる分、もう少し運用範囲は狭くなることは想像できるが、少なくとも30~50mは間違いなく飛ぶと想像できるので問題はないだろう。
総評
Hollyland社には上位機種としてSolidcom M1がある。こちらは中継ベースも含めた8台セットで各々TRXボックスとヘッドセットを使った従来のスタイル。価格的にはC1の4倍以上になるが、その分ノイズキャンセル機構が装備されているため(C1はなし)、コンサート系の会場だと抜群の威力を発揮する。とはいえ、このような大きな現場の場合、制作の方でこの手のコミュニケーションツールを用意してくれるので、筆者のような業務レンジではC1の運用で十分と考えている。
しかし、C1もオプションのHUBベースを使うことで最大9台の運用が可能。さらに3台までのカスケードが可能なのでMAX27台で運用可能だが、またHUBベースを導入することで、本体のUSBをPCに接続してオーディオとして扱うことができる。
つまりZoom等のミーティングツールで多人数での使用が可能になる。またこのHUBベースにはオーディオの入出力もあるために、M1を始めとした外部機器との連動も可能なので、すでにあるインカムシステムに割り込むこともできる。
余談だが、6月に株式会社RAID主宰の「Solidcom C1コンソーシアム」に参加したが、見事にC1購入権をGET!2セット目のC1を購入してしまったくらい今回のガジェットは気に入っていることを付け加えたい。