ここ数年、ワイヤレス技術を使った製品の投入で映像業界に台頭してきているHollyland―という書き出しで同社のMars M1のレビューを綴ったのが、ちょうど1年前の2022年12月。 映像トランスミッターとモニタが一体化した、Mars M1の使用レビューを掲載させてもらった。
以降も引き続きMars M1は同社のMars 4Kと共に様々な現場に持ち出している。前回のレビュー時に編集部からMars M1を追加で1台借りて、同時に2台を使った現場なども実体験したが、その時の使い勝手が気に入って、後日に自分で追加購入してしまったぐらいにMars M1は重宝している。
そんなMars M1が2023年の秋にバージョンアップした。「Mars M1 Enhanced」として新機能を搭載して登場したのだ。Enhancedとは「強化版」という意味だ。Enhanced版では従来機と比べて何が強化されたのか。その進化ポイントを中心にレビューを進めていきたい。
外観
まずは、Mars M1 Enhancedの外観だ。パッと見た目、従来のM1と大きな変化はない。むしろ本体に刻印されている製品名にすらEnhancedの文字が付いていないため、従来機との見分けが付かない。
見分ける唯一の方法は背面の"DC入出力端子"。端子にロック機構が備わり、DC電源ケーブルの不用意な脱落を防いでくれる。パッケージにはこのロック機構に対応したD-tapケーブルが1本付属している。純正アクセサリとしても追加購入できるようだが、このロック機構や電源の仕様などは、同社のMars 4Kに付属のACアダプタやインカムのSOLIDCOM C1シリーズのバッテリー充電用のACアダプタと共通なので、それらの製品を持っているユーザーであればMars M1EnhancedをAC電源供給できるのは知っておくと便利だろう。
外観的変化がDCコネクタしかなくて、Mars M1シリーズが3台目となる筆者は、簡単に見分けるためにテプラでのラベリング時に"E"の文字を追記して判別しやすくしている。
基本仕様
次は中身を見ていこう。 今回のEnhanced版は基本的には従来のM1とハードウェア仕様は同等であり、OSの刷新によってソフト面での強化が行われている。
ハード面でのスペックは、
- 5.5インチタッチスクリーン・1920×1080・1000nits輝度モニタ搭載
- トランスミッター(送信機)とレシーバー(受信機)機能を切り替え可能
- 最大伝送距離150m(LOS)
- 伝送遅延 0.08秒
- HDMI 入出力端子搭載
- 3G-SDI入力対応
なお、HDMI入力は、3840x2160p23.98/24/25/29.97/30Hzと4096x2160p23.98/24/25/29.97/30Hzの4K30pや DCI-4K30pまで信号を受け付けるが、伝送はHD(1920×1080)にダウンコンされる。また、SDIのループアウト端子は備えていないが、HDMI出力端子からSDI入力信号の出力は可能となっている。
またSDI入力とHDMI入力を任意に選択(切替)できるようになっている。従来機では選択機能が無く、SDI入力が優先される設計になっていた。ただ一方で、Enhanced版は入力信号の自動検出はしないようなので、SDI入力かHDMI入力かはユーザーが手動で切り替える必要があるのは要注意だ。
伝送電波は5GHz帯を使用するために、日本の電波法に則ってDFS(Dynamic Frequency Selection)も装備。もちろん技術基準適合証明(技適)も受けているので、安心して屋外でも使用可能だ。
ただしDFSの仕様の絡みで、電源投入から映像伝送が確立するまで約90秒掛かる。また、使用中のチャンネルに外部からの信号が検出された場合は、電波を停波して再び60秒間の電波スキャンをして空きチャネルでの再接続を試みるため、映像が途切れる可能性もある。これは、技適を受けているDFS対応の5GHz帯使用の無線デバイスであれば必ず起きる挙動である。
屋内で使用を限定する場合は、Mars M1のチャンネル設定を手動でCH1かCH2に固定すると良い。このチャンネルは屋内専用の周波数帯でDFSも不要なので、チャンネルスキャンなどで途切れる心配はない。
モニタリング機能の強化
さて、次はソフト面を見ていこう。 Enhanced版はソフトウェアが大きく進化している。一言で言えばモニタリング機能が大幅に強化されているのだ。
まずは、OSが進化して全体のGUIが変化している。画面の下部にはモニタリング機能のアイコンが並び、それぞれの機能が使いやすく実用的になっていると感じた。
搭載されているモニタリング関連の機能としては、
- 波形モニタ
- ベクトルスコープ
- ヒストグラム
- ゼブラ
- フォーカスアシスト(ピーキング)
- フォルスカラー
- アスペクトマスク
- 3D LUT
- 画面の回転
- クロスハッチ/センターマーカー
- 拡大表示
- アナモフィック表示
である。
これらのモニタリング機能で強化された点は、例えば3D LUT表示機能。従来のMars M1でもLUTを当てることで、フィニッシング時のトーンを確認しながらプレビューすることができたのだが、問題は電源を切るとLUTが外れてしまったこと。バッテリー交換などでMars M1の電源を切ってしまうと、再起動させるたびにLUTを当て直す必要があった。しかし、Enhanced版ではLUTの状態が保持されるようになり、よりモニタとして使い易くなった。
個人的に改善されてよかった…というか、改善されて当然だと思った部分は、設定数値の見せ方。
例えばゼブラの設定項目では、従来機だと左に0、右に100と書かれた表示部分にスライダーが用意されていたのだが、問題はそのスライダーの現在値が明示されていない…という点。これでは、いま設定しているゼブラが75%なのか90%なのか正確に判別ができなかったのだ。この問題はピーキングの強さやアスペクトマットの塗りつぶしのパラメーター設定でも同様だった。
Enhanced版ではこれらのパラメータがちゃんと表示されるようになった。そればかりでなく、ひとつひとつの機能も強化されており、例えばゼブラであれば、下限値と上限値をそれぞれ設定できる様になっている。
アスペクトマスクもカスタム設定が可能になっており、1%刻みで縦横個別にアスペクトを作れるため、特殊なモニタ比やワイプ画面に対応することもできる。
またアスペクトマーカーの境界線やセンターマーカーは色や太さが個別に設定できるようになっており、使い勝手は大幅に向上している。
さらに、モニタの設定自体も少し調整可能になり、明るさの他にRGBのゲインを個別に調整できるようになっている。
モニタリング機能で、直ぐに改善してほしいなと思ったのは、多くの機能が同時併用できるにもかかわらず、ゼブラとピーキングが排他仕様になっている点だ。
私は撮影の際はこの両方の表示を拠り所にして、明るさやフォーカスを決めているため、そのどちらかしか使えないというのはかなり厳しい…。なんとか、同時表示を可能に改善してほしい。
あと、追加機能で欲しいなと思ったのはユーザーボックスだ。
ユーザーボックスというのは、任意の位置とサイズで枠(ボックス)を表示する機能。テレビだと時報や常時テロップの位置、スタジオ演者の顔ワイプ(PinP)の位置などをあらかじめユーザーボックスを使って明示しておくと、オンエア時にテロップやワイプに映像の重要な部分が被らずに済む。アスペクトマスクの逆の要領で、ボックス内のマスク透過量などが調整できると良いだろう。理想はユーザーボックスは2つ記憶できると便利だ。
ハイエンドの放送用カメラぐらいにしか付いていない機能だが、いまはYouTubeなどでも常時表示のテロップを乗せている動画もあったりするので、いろんなユーザーに有用なはずだ。
イチオシ新機能
さて、色々な機能改善を行って便利なワイヤレス伝送モニタとして進化を遂げたMars M1Enhancedだが、私が最大の進化ポイントとして推したいのが「ワイヤレス機能の無効化」だ!
つまり、トランスミッターの機能を無効にして単なるモニタとして使える「モニタモード」の実装だ。実はこの「モニタモード」に関しては、旧Mars M1発売の直後から、ずっとHOLLYLANDにお願いしていた。前回のレビューの最後の方にも「モニタモード」を実現してほしいという希望を書いている。
Mars M1の液晶画面は非常に精細で綺麗なため、純粋なモニタとしても使うことができれば、さらに現場に持ち出す頻度も上がるのだが……という話を度々HOLLYLANDにしていたのだ。
Mars M1でカメラからの入力映像をダイレクトにディスプレイに表示しようとするとトランスミッターモード(送信モード)にする必要がある。実はこの送信モードは結構電力を食うモードで公称14.5W。そのため、伝送の必要がないのにモニタとして使うには、ちょっと電力の無駄が多いのだ。ちなみにレシーバーモード(受信モード)は10Wなので消費電力は抑えられるのだが、SDIやHDMIからの入力は受け付けないモードのため、単純なモニタとしては機能させられない。
今回のEnhanced版では、ワイヤレス機能をオフにすることができるようになり、無駄な電力消費を抑えながら純粋にモニタとしての使用が可能になった。
実際、どれぐらい消費電力が抑えられてバッテリがもつようになったのか試してみた。使用したバッテリはサードパーティー製のNP-F970互換バッテリで、7.4V・8800mAh・65.12Wh。2022年5月購入で主にLEDパネル照明で使用していた個体を使ってテストしてみた。
まずは、送信モードを有効にして作動時間を計測すると2時間35分(155分)だった。
続いてワイヤレス機能をオフにして計測してみる。バッテリは先ほどと同じ個体を再充電して使用している。結果は3時間07分(187分)と、おおよそ20%長く使えることが確認できた。しっかりとワイヤレス機能オフの節電効果は出ている。
これで伝送を必要としない現場にもモニタとして遠慮なく持ち出せる。そして、もしも現場で急にモニタをワイヤレスで出したい…となってもスマホやタブレットなどで受信することができるため、Mars M1 Enhancedをいつも現場に持っていっておいて損は無い。
現場での使用感
当ラボにMars M1Enhancedが来てから、いろいろな現場に持ち出している。
基本的な使用方法などは従来のMars M1と同じだが、モニタリング機能の設定要素が豊富で各設定内容も現場に即した意味のあるものになっていることが、今まで以上に使い勝手を向上させている。
先にも書いたように、ゼブラとピーキングが同時に出せないは私の使用スタイルだと少し辛い部分がある。明暗の変化が少ない現場であればゼブラよりもピーキングを優先して表示するようにしている。
それに関連して私がひとつ現場で失敗したことを記したい。
初期設定の輝度100%のまま、Mars M1 Enhancedをカメラモニタ兼トランスミッターとして現場で使用した。ゼブラ/ピーキング排他問題から、この時はピーキング表示を使っていた。その際、Mars M1の画面でカメラの露出値を決めていたのだが、画が明るすぎると思ってかなりアイリスを絞って撮影していたのだ。この時、露出設定値が自分の感覚と合わずおかしいな…とは思っていた……。
途中でカメラ本体の液晶モニタを見て、アンダーになりすぎていることに気が付き、慌ててアイリス値とMars M1Enhancedのモニタ輝度を設定し直した、と言うことがあった。現在では輝度設定は30%で使っている。屋内使用ならこの設定でも十分だし、描写が自分の感覚にも合っている。
Mars M1 Enhancedは1000nitsの高輝度モニタであるが、輝度100%だと全体的に描写が少しハイキーな印象になっている。明部が飛んで階調が出ていない、ということは無いのだが、暗部が浮き気味になり、全体的に明るすぎる印象になるのだ。
Mars M1 Enhancedは輝度の設定はできるがコントラストの設定はない。コントラスト値も調整できるにしたり、さらに高コントラスト表示可能な液晶部材を採用したりするなど、ディスプレイ自体の進化にも期待したいところだ。
あと、すごく細かいことを言うと、バッテリの電圧表示が従来のMars M1よりも見にくくなっている。文字の大きさはそれほど変わっていないのだが、少し細くなっているようなのだ。元々かなり小さい文字サイズなので従来機でもギリギリ判別がついているのだが、老眼が始まっている筆者にはEnhancedの電圧表記は見づらい…。もう少し太く大きく表示するか、バッテリアイコンをタップしたら現れるSystemメニューの中に大きめに表示するなどしてほしい。
モニタ兼トランスミッター/レシーバーというのは、本当に便利だ。これらの機能をひとつの筐体で実現することで、現場での機材量を抑えられる。モニタと送受信機を繋ぐケーブルは不要であるし、バッテリも個別に必要ない。外部電源供給をすれば1系統の供給で済む。最短、スイッチひとつで使用可能になるなど、現場がスマートになる要素ばかりなのだ。
あと求められることと言えば、少し大きめのディスプレイを搭載した製品だろう。Mars M1 Enhancedの5.5インチモニタの大きさはカメラに装備するには最適なサイズ感だが、ロケでディレクタ用モニタとして用意することを考えると、もう少し大きな画面で出したいと思う。7インチや欲を言えば9インチぐらいだと、そうした用途でも使いやすくなりそうだ。
私の撮影現場に欠かせない機材になっているHOLLYLANDのMarsシリーズ。 これからも活用できる様々な現場に投入し、スマートな撮影環境を構築していきたい。