合同会社ARGA代表の太田黒哲氏へのインタビューは、開始早々からこちらの期待を大きく膨らませるものとなった。最近の活動について単刀直入に尋ねたところ、ケンコープロフェショナルイメージングのシネマレンズ「Tokina Vistaシリーズ」の全ラインナップを使用したレンズ比較およびプロモーション映像作品を完遂したばかりだという。
そんな同氏が今回、結成当初から10年間応援し続けてきた「劇団・狼少年」の本多劇場公演(2026年2月19日〜23日)という重要な節目に、富士フイルムの「GFX ETERNA 55」を実戦投入した。
「黒子」に徹しながらも表現の限界を追求する舞台撮影の現場

舞台撮影は映画制作とは全く異なるルールで動いている。観客の体験が最優先であり、カメラマンは「黒子」に徹して存在を消さなければならない。本番が始まれば最後までカットをかけることは許されず、固定されたポジションからいかに舞台の熱量を切り取るかが問われる。太田黒氏はこの制約を逆手に取り、最新機材で表現の限界に挑む姿勢を見せた。

今回のプロジェクトでは、舞台収録用に3台、メイキング用に1台、計4台のGFX ETERNA 55が現場に投入された。発売間もない最新シネマカメラを4台同時に揃える体制は、プロジェクトに対する並々ならぬ熱意を物語っている。レンズの選択も、標準域のズームレンズ「GF32-90mmT3.5 PZ OIS WR」に加え、大型のシネマズームレンズ「Premista 80-250mm T2.9-3.5」を組み合わせるという、舞台撮影では例を見ない構成を採用した。


太田黒氏は、これほど大規模なカメラシステムを舞台で使用することは通常では考えにくいとしながらも、ラージフォーマットセンサーを持つGFX ETERNA 55とPremistaの組み合わせは、密度の高い映像を残すために不可欠な選択であったと説明する。ラージフォーマットセンサーがもたらす描写の変化は、編集段階でより鮮明に現れた。フルフレームでは得られない特有のボケ味が、映像の質感を大きく高めている。
大型センサーがもたらす実在感とシネマレンズでのAF運用
特に引きの映像において、大型センサーによる描写は被写体と背景の間に明快な距離感を生み出し、平面的なセットであっても実在感のある奥行きを再現する。現場の空気感を損なうことなく伝えるこの特性は、舞台という限られた空間を豊かに見せるうえで有効な要素となる。一発勝負の舞台収録において、この機材が果たした役割は非常に大きい。
GFX ETERNA 55を選んだ大きな理由の一つに、GF32-90mmと組み合わせた際のオートフォーカス(AF)の性能がある。これまではAFを優先してスチル用レンズを選択することが多かったが、今回はシネマレンズの質感と実用的なAFの両立を追求した。外部サーボに依存せずAF運用を成立させられる点については、現時点で極めて先進的なアプローチであるとの認識を示す。現場の制約の中で、最適な構図を維持するための自由度は大きく向上した。

実際の運用では、AFとマニュアルフォーカス(MF)を併用するモードを選択している。基本はAFに任せつつ、ピントが外れそうな局面でフォーカスリングを操作して介入するスタイルだ。AFが完全に信頼できるレベルに到達すれば、全編AFでの運用が理想であると語る。また、寄りの映像が求められるシーンでは、あえてスーパー35モードにクロップすることで、意図した画角を確保する柔軟な対応も行っている。

露出管理においても、内蔵の電子ND(VND)が重要な役割を果たしている。基本はISO 3200と絞りを固定し、露出の微調整はすべてVNDで行う。iPadのブラウザから遠隔操作できる機能は、照明が大きく変化する舞台環境において有効に機能した。絞りや感度を変更することなく露出のみを追従させられる利便性は、従来のミラーレス機とは一線を画す自由度を提供する。
基本的に感度と絞りは固定し、露出調整は都度VNDで行ったという。舞台照明では、暗転から明転へ切り替わりながらシーンが変化していく演出が多用される。
一般的な簡易舞台収録では露出オート設定を用いるケースも多いが、その場合、暗転時にカメラが暗闇に反応して露出を大きく持ち上げ、明転直後に露出オーバーとなり、その後ゆっくりと適正露出へ戻っていく挙動が発生しやすい。
しかし、太田黒氏はそうした不自然な露出変化を避けるため、照明転換のたびに暗転中、リモート操作でVNDを調整し、次のシーンに合わせて適正露出へ追い込んでいたという。
舞台作品を映像として鑑賞する際、シーン冒頭で発生する不要な露出変化は、観客にとって“雑味”となり、物語への没入を妨げる要素になりかねない。だからこそ今回、露出をオート任せにせず、人の感覚で繊細にコントロールする方法を選択したことは、大きなチャレンジだったと語る。
「あえてLogを捨てる」合理性が生むノスタルジックな空気感

本番収録ではあえてLogを使用せず、フィルムシミュレーション「CLASSIC Neg.」を映像に直接適用する手法を採用した。これはダブルキャストによる約4時間分の膨大な素材を効率よく処理するための、極めて実践的な判断である。あらかじめ意図したトーンで記録することで、編集工程での迷いを排除し、制作効率と映像品質を両立させた。
単にシミュレーションを適用するだけでなく、内部のトーンカーブ設定で「逆S字」を描き、ハイライトを抑えつつ暗部を持ち上げる緻密な調整を施している。これにより、撮って出しの状態でも奥行きのあるトーンが成立した。ノイズリダクションについてもデフォルトの「+4」を適用し、編集時の負荷軽減と自然な質感の両立を実現している。
CLASSIC Neg.を選択した理由は、作品の時代設定である昭和から平成初期のノスタルジックな質感を再現するためである。当時の「写ルンです」を想起させる描写を、事後処理なしで実現できる点は大きな利点だ。色再現においても、舞台特有の青色照明が飽和せず、滑らかなグラデーションとして描かれる点に確かな手応えを得ている。

太田黒氏のアプローチは、最新技術を積極的に取り入れながらも、最終的な判断を人間の感覚や記憶に基づいて下す点に特徴がある。将来的には、複数のカメラをユーザー設定一つで同期し、瞬時にルックを切り替えられる機能の実装に期待を寄せている。最小限の労力で最大の映像効果を引き出すという合理的な思想は、今後の映像制作において有効な指針となる。
現場の熱量をそのままに、かつ効率的に作品を仕上げるための最適解がここにある。GFX ETERNA 55が提示する新たな視覚体験は、今後の映像制作のスタンダードを更新していく可能性を秘めている。プロの現場で真に求められる機能を備えたこのシステムの進化には、大きな期待が寄せられる。