日本科学未来館(東京都江東区、Tel.03-3570-9151)の企画展示ゾーンで上映された『かぐやの夢 ~月と日本人・二つの「かぐや」の物語~』は、科学映像作品としては世界で初めて製作された4Kデジタルシネマだ。2008年5月からテスト撮影などをおこない、2008年9月の中秋の名月に合わせて公開された。さらに、2009年1月末から2月中旬にかけて同所で再上映された。

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月周回衛星「かぐや」は、月の起源と進化を解明するための科学的データを取得することと、衛星の月周回軌道への投入や軌道姿勢制御技術の実証を行うために、2007年9月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が打ち上げたアポロ計画以後最大の月周回衛星だ。月面高度100kmの極・円軌道を周回する衛星と、より高い楕円軌道を周回する2機の子衛星で構成。現在も主衛星による月面観測が行われている。『かぐやの夢』は、月周回衛星「かぐや」の打ち上げ1周年を記念して、日本科学未来館と立教大学が、JAXAの特別協力を得て、共同で製作した。「かぐや」をキーワードにして、かぐやのハイビジョンカメラが捉えた月面や地球、地形カメラによる超高画質立体視映像といった最新の月の科学研究に、江戸時代に描かれた『竹取物語絵巻』をはじめとする古典文学「竹取物語」の研究による最新の世界観を交えて表現した。

日本科学未来館 科学コミュニケーション推進室で科学コミュニケーターを務める白井暁彦氏は、制作のきっかけを次のように話した。

「日本科学未来館として、最先端科学を浮き彫りにしたコンテンツを4K解像度で作ってみたいという考えはありました。コンテンツ内容を検討していくなかで、立教大学の佐藤一彦さん(現代心理学部 映像身体学科 教授)から、『竹取物語絵巻』を題材にしたものはどうだろうかと提案がありました。立教大学は、佐藤さんを中心に4Kでのコンテンツ表現に取り組んでおり、300インチの上映環境もあります。今回は、ドラマやドキュメンタリーを中心に活動してきた佐藤さんの指向する芸術的なコンテンツに、いかにして科学的な内容を盛り込むのかという部分にもずいぶん時間を費やしました」

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(上下とも)『~月と日本人・二つの「かぐや」の物語~』((C)2008 日本科学未来館/立教大学)の1シーン。
(下)月周回衛星「かぐや」搭載の地形カメラによる月面画像 (C)JAXA/SELENE

4K/2K素材を非圧縮TIFF連番ファイルで原盤に

今回の映像収録に使用したカメラは、各社から機材協力を得た。満月、竹取物語絵巻、竹林や海辺の風景、JAXA臼田宇宙空間観測所の直径64mパラボラアンテナ、JAXA「かぐや」サイエンス・マネージャーの加藤學氏へのインタビューといったメインの4K映像素材の収録には、ナックイメージテクノロジー(東京都千代田区)とオリンパスの協力でオリンパス製4KデジタルシネマカメラOctavisionを使用した。2/3インチHDマウント(B4)を採用しているので、既存のHDレンズが使用できるということから選択したという。このOctavisionの光出力を光ケーブル/HD-SDI変換コンバータを通じてHD-SDI 4本の信号に変換。計測技術研究所製4ch HD/SD対応非圧縮ディスクレコーダUDR-10Sに入力して、3840×2160/29.97psfのYCbCr 4:2:2 10bit素材として記録した。

今回の素材映像では、デジタル一眼レフカメラで撮影した連続静止画を使用した動画素材も含まれている。

「Octavisionでは、光量のある満月は撮れたが、夜景を撮ることは光量が足りず難しかったんです。そこで、4K以上の解像度を持つデジタル一眼レフカメラを使用しました。デジタル一眼レフでは、露光も自由に設定できますし。豊富な交換レンズも使用できます。フィルターワークもしやすいです。今後の映像制作において、フルHD収録機能を持つデジタル一眼カメラによる映像収録の可能性は充分にあるでしょうね」(白井氏)

これらの4K素材に加え、サブカットとなる映像はソニー製HDW-F900を使用して収録。HD-SDI出力を計測技術研究所製ポータブルタイプ非圧縮ディスクレコーダUDR-5Sに入力して、1920×1080/59.94iのYCrCb 4:2:2 10bitの2K素材にしている。ここでは、クサフグ、月下美人開花コマ撮り、満月、逆光時の64mパラボラ、ダンスといった映像が撮られている。さらに、満月のカットは、ARRI製ARRIFLEX D20も活用して収録している。

月周回衛星「かぐや」のハイビジョンカメラ(HDTV)と地形カメラによる月面の映像素材は、JAXAとNHKの協力で提供を受けた。これらの「かぐや」映像は、HDCAMテープで提供されており、HDCAMデッキのHD-SDI出力を使用して、UDR-5Sに入力して非圧縮2K素材へと変換。色調を他の撮影素材と統一している。

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素材映像は全て非圧縮のTIFF連番ファイルに変換して編集素材の原盤としている。

「今回の制作では、4K映像に2K映像を組み合わせながら、最終的に4K映像として仕上げました。ディスクレコーディングの制約から、2TBのディスクを使用しても20分しか収録できません。音声素材と押さえの映像素材として、F900でも収録をしました。インタビューでは、言葉に詰まってしまったり、質問が長かったりして再収録するようなケースもありましたが、ディスクの残り容量やディスク交換時期にはかなり気を遣いましたね。撮って来た素材を転送してTIFFに変換するのも、2TBで1日かかってしまうような状況でした。4K素材だけでは、今回の作品は制作できなかったと感じています」(白井氏)

白井氏は、ピクセルが認識できない4Kコンテンツは、高精細、大画面よりも、デジタルならではの高コントラストの方へ進んで行くと見ている。「今後は、暗いシーンのなかにある黒い部分をどれだけ再現できるか、明るい部分をどう飛ばさずに表現するかといった部分が重要になってくるのでは」と話した。

Final Cutでオフライン、Shakeでフィニッシング

編集作業においては、1枚47MBもある非圧縮TIFFファイルを使用して行うのでは非効率的であるため、原盤素材からSDサイズのQuickTime素材を作成し、アップルのFinal Cut Proでオフライン編集を行った。ここで作成したオフラインデータに従って、アップルのShakeを使用して、オンライン編集・フィニッシングを行っている。ビジュアル・エフェクト制作やコンポジット処理を行うソフトウェアであるShakeを、長尺の編集制作用にも使用するというのは珍しいケースだと言える。

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Shakeでは、2K素材の4Kへのリサイズ、8bit素材の16bit素材への変更、エフェクト/トランジション、カラーコレクション、Photoshopデータによる字幕スーパー追加といった複数の処理を行っている。最終的に、Shakeから完成原盤としてTIFF連番ファイルを書き出している。この完成原盤をJPEG2000ソフトウェアエンコーダで変換。NTT未来ねっと研究所で開発した技術を使用した4K映像のJPEG2000デコーダと、ソニー製4KプロジェクターSXRDを使用して、企画展示ゾーンの横幅18mのスクリーンに投影した。

「TIFFからJPEG2000にするとファイルサイズが約1/60になりますが、エンコード時間は実時間の60倍以上かかります。1秒の映像に対するエンコード時間が1分以上という目安です。結果的に、30分強の本編映像のエンコードに4日かかりました。中秋の名月に合わせて日本科学未来館が行うイベント『中秋の名月 未来館でお月見!2008』に間に合わせるために、逆算してスケジュールを組んだのですが、それでもギリギリで間に合ったという感じでした」(白井氏)

立教大学の上映環境は300インチで、日本科学未来館のスクリーンは幅18m。同じ4K映像であっても、インパクトや印象が大きく異なるという。

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上映会場入口にはアストロデザインの56型4K液晶ディスプレイを配置。このディスプレイでは本編の名場面や上映時間のサインを4K解像度で実験的に上映した。

「18mという投影サイズは、日本最大級のデジタルスクリーン。テスト上映を何度も行う余裕はなかったので、インタビューのアップや字幕スーパーのサイズ調整で苦労しました。特に字幕については、4Kディスプレイ用なのか、大型映像用なのか、スクリーンのサイズに合わせる必要があると実感しました。今回はShakeを使用したフィニッシング段階で字幕を埋め込んでしまっているので、字幕を自由に変更することはできないんです。海外版やダイジェスト版などの複数のバージョンを作るようなケースでは、今回のワークフローでは難しいですね。デジタルシネマ規格のDCIフォーマットなどでは、各国語の字幕を上映時に付加することもできるので、今後は字幕に関しては問題が解消されていくと思います」(白井氏)

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日本科学未来館は、企画展示ゾーンの企画スケジュールが詰まっているために、『かぐやの夢 ~月と日本人・二つの「かぐや」の物語~』の再上映はまだ予定していないという。「4K映像コンテンツの上映を検討している施設があれば、配給も検討したいですね。せっかくの4Kコンテンツですし、4K映像を体感してもらえる機会が増やせればと思っています」(白井氏)