小規模店舗でのサイネージ活用も始まる

昨年のデジタルサイネージの動向を振り返ってみると、イオンをはじめとして流通大手での導入が相次いだのが特徴的だった。これらは、売り場に近く、購買に直結するサイネージ利用として、試行錯誤を繰り返しながら2010年も継続して拡大していくことになるだろう。ただ誤解してはいけないことは、流通に限らず、デジタルサイネージ導入主体である企業にとって、デジタルサイネージの導入そのものが目的ではないという当たり前のことを忘れがちだと言うことだ。売り上げ増であったり、顧客とのコミュニケーションであったり、本来の導入目的が必ずあるはずなのである。

また、昨年のもう1つの傾向として、大手ではない一般のお店、パパママショップと呼ばれるような小規模もしくは単独の店舗での導入が、地味ではあるが、密かに進行していた。このデジタルサイネージの特徴は、決して大規模システムに頼ったものではなく、ネットブックでパワーポイント文書を表示したり、デジタルフォトフレームの機能を利用したりといった、お手軽なものだ。しかし小規模店舗では必要十分な機能を、店主自らが発見し、活用しているということに意味がある。こうした例は、オーナー自らがある程度の知識と、コンテンツ制作力があるケースに限定されてはいる。今後は、こういった取り組みをビジネス化していこうという動きが顕著になってくるに違いない。

では2010年のデジタルサイネージの傾向を順不同で大胆に予測していくことにしよう。

流通での利用はこのまま継続拡大

昨年来の流れを受けて、流通でのデジタルサイネージ活用は今後も順調に進むはずだ。流通分野での導入のポイントは、導入時の目標設定をきちんと設定することだ。あれもしたい、これもしたいと手を伸ばし過ぎないこと。まずはシンプルな目標設定をすることが第一歩だ。売り上げ増なのか、情報提供なのかなど設定がハッキリしていればその効果や実績も自ずと明確になり、いたずらに効果測定議論をする必要がなくなるはずだ。

コンテンツに関しても同様だ。どうしても、あれも入れたい、これも入れたいということになりがちだが、メディア作りに通じたプロの声に耳を傾け、情報過多にならないようにする必要がある。

デジタルフォトフレームの利用が具体化

上で述べたように、フォトフレームを活用しているお店がすごく増えてきている。問題は、ハードウェアは誰でもごくごく安価に手に入れることが出来るのだが、そこに表示するコンテンツは誰でもが簡単に作れるわけではないという点だ。フォトフレーム利用が一気に拡大するためには、無線LANなどでネットワークに繋がる機器の普及と、PCまたは携帯電話からテンプレートを選択して、動画、写真、テキストをアップロードするだけで、ブログを更新する要領でコンテンツが更新できるような仕組みを構築することが鍵となるだろう。

今年以降、東急ハンズあたりにデジタルサイネージコーナーが出来れば、ブレイクは本物だ。

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2010 International CESで、ソニーはWiFi搭載のパーソナルインターネットビューワー「dash」を発表した。


通信会社が動き出し、ネットコンテンツとの融合が加速

地上系、無線系、携帯電話系、電力系、ケーブルテレビ系など、通信会社が回線の利用拡大のためにシステム化やサービス化を進めてくるだろう。このデジタルサイネージ利用でもB2Bだけではなく、B2B2Cがターゲットとなるはずだ。

とは言っても、デジタルサイネージは必ず具体的な設置場所があり、1ディスプレイ当たりの視聴可能者数はマスメディアに比較すれば圧倒的に少ない。このことは、一拠点当たりに投下できるコンテンツ費用も小さくなることを意味する。デジタルサイネージ専用にコンテンツを制作できるような事例は全体的には必ずしも大きくはない。いかにローコストでコンテンツを確保するかが課題となる。

言葉は悪いが、既存のWebコンテンツやサービスを流用することが、デジタルサイネージコンテンツにとっては現実的となる。XMLベースで制作されたコンテンツをWebにもデジタルサイネージにも自動的に最適化して配信するようなことが効果的だ。またケータイとの連携は、おサイフ機能のICカードを使ったインタラクティブなものだけではなく、Twitterなどと組み合わせたデジタルサイネージも出現してくるだろう。

地味ながらもオフィス内利用がじわじわ進む

広告や販促での利用がクロースアップされがちだが、実はデジタルサイネージのオフィス内利用もかなり浸透している。オフィスビルのエレベータなどもそうだが、オフィスの事務機器や什器の一部として、ポスターやイントラネットとも違う社内の情報共有などで利用が進むだろう。

このオフィス利用は、これまであまり注目されてはいなかった利用例だが、オフィスデザインの現場などでは少なからざるニーズがあり、今後は具体例が増加していくはずだ。

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米フィラデルフィアのコムキャストセンター・メインエントランスにあるThe Comcast Experience HD Video Wall。正面の壁の上半分(歯車とその背景色部分)がデジタルサイネージだ。

この他のデジタルサイネージ動向予想としては次のようなものがある。

●空間デザインと連携したタウンマネジメント

全国各地に地域系デジタルサイネージの動きが非常に多くなっている。今後は、ローカル商店街の活性化などでのデジタルサイネージ利用も行われていくだろう。都市部においても、再開発事業などであらかじめディスプレイを空間デザインの中に組み込み、空間的な付加価値の向上を目指す取り組みが進められていきそうだ。

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米ラスベガスの旧市街にあるFremont Street Experience。ショッピングアーケード全体がデジタルサイネージになっている先駆け的存在だ。

●コンテンツ配信プラットフォーム

デジタルサイネージ利用の拡大によって、デジタルサイネージに特化したコンテンツアグリゲーターやコンテンツ配信プラットフォームが出現してくるだろう。これらは衛星放送やWebで行われてきたものと同じ動きになるが、ロケーションごとのコンテンツ表現の最適化や、コンテンツプロバイダとの料金配分設定がスムースに行われるかどうかがポイントとなる。

●フリーソフトウエア

現在はメーカー主導のデジタルサイネージシステムの販売が行われているが、今後はWebの世界と同様なオープン化の動きが加速していく。近い将来、LinuxやAndroid上で動作するフリーのデジタルサイネージソフトウエアでビジネス参入する企業が登場するのではないだろうか。この段階に入れば、モノ売り、システム売りからビジネス売りへとシフトしていくことになる。

●ホワイトスペース議論

2011年7月にアナログ放送が終了することになっているが、その電波帯域の跡地利用議論が盛んになってきている。新たな放送的サービスも当然行われるだろうが、広大な周波数帯域をデジタルサイネージで利用するというのは極めて現実的な話であると思う。


最後に、筆者が必要だろうと思うもの、あるいは登場してくることを期待しているものを挙げておこう。それは、「カリスマサイネージクリエイター」と「デジタルサイネージプロデューサー」だ。「すごいサイネージ」「かっこいいサイネージ」「面白いサイネージ」とか、効果があるとか、見られているとか見られていないとかといった議論を寄せ付けない、エモーショナルで絶対的な、強いデジタルサイネージの作り手が、今年あたりに出現して欲しい。

江口靖二(デジタルメディアコンサルタント、デジタルサイネージコンソーシアム常務理事)