3D画像再生の条件と視聴環境
江夏由洋氏の3D映像制作ワークフローセミナーにおいて、『3つの破綻』以外の3D制作における重要なポイントがあった。それが破綻領域を決定するズレ幅と視聴環境の問題である。
撮影時の破綻領域が狭いことだけが3D表現において良いわけではない。『3D表現可能領域』が広ければ、それだけ2D映像に近い状態に見えるので、いわゆる『カキワリ効果』と言われる平面のレイヤー映像にしか見えないような、模造的な3D映像になる。もちろん映像作品の表現としても乏しいものになってしまう。逆にある程度のステレオベースの幅があって、コンバージェンスまでのクロスポイントが短く『3D表現可能領域』が狭い状態では、破綻領域までの奥行きは狭いので被写体設定が難しくなるが、その中でキッチリと映像が収まっていれば、モノの輪郭等がクッキリと描かれ、非常に表現力豊かな3D映像を作る事ができる。
さらにこの『目標物の立体感』をどこまで表現するか?という部分でポイントなるのが視聴環境による問題だ。3Dの撮影時において『3D表現可能領域』を決めたとしても、最終的には表示するディスプレイもしくはスクリーンの大きさとそこまでの視聴者との距離によってズレ幅が変わってくるという問題がある。
©江夏由洋
通常コンバージェンス上にあるものは画面の上にあるように見える。コンバージェンスよりも前のものは飛び出し映像になり、コンバージェンスよりも奥にあるものは奥に引っ込んで見える。このとき手前の破綻臨界線となるズレ幅と、奥側の破綻臨界線となるズレ幅は、見ているスクリーンサイズとスクリーンまでの距離によって変わってくるため、さらに複雑な関係を生み出す。最終的に表示するディスプレイ、もしくはスクリーンの大きさによって、3Dの破綻領域の臨界点であるズレ幅位置までの距離が決定されるからだ。
現在、3D映像が最も問題とされる部分がこの視聴環境による差異であり、大きなディスプレイで見ている人と、小さな画面で見ている人では3Dの見え方が大きく変わってくる。特に劇場サイズとTVサイズ、そして最近流行って来た裸眼によるゲーム機やモバイル端末などの小型ディスプレイでは、同じコンテンツを映し出した際に、そのズレ幅が大きく変わって来てしまう。
江夏氏曰くHDサイズの映像を制作する場合「約60インチサイズ程度の大型TVパネルを最大値として制作すれば、大きいもので制作すればそれ以下の小さいディスプレイでは必ず3Dに見えるのでほとんど問題はない」という。
ズレ幅の規定と視聴環境の関係
『前方発散』を回避する際に、3Dコンソーシアムで決められているズレ幅の許容範囲は、視聴するディスプレイの横幅の約3%未満に抑えることが望ましいとされている。1920×1080のフルHD画像の場合、1920の3%が57.6であるから、約55ピクセルまでというのがその許容範囲だと言える。
この55ピクセルが実際どの程度のモノなのかは、やはりこれも経験値による感覚でしか習得できないが、Adobe After Effectsでは編集時にこのピクセル数を簡単に表示させる機能があるので、この辺りも3D制作がノンリニアでの編集作業と密接に関わってくる部分でもある。
またこの3%のズレ幅の認知に関しても、視聴条件としてディスプレイの高さの3倍の距離までを想定しているものなので、それ以上の近距離から視聴する場合はさらにパーセンテージを抑える必要があるという。江夏氏の言葉を借りると以下の様になる。
最終的にフルHDサイズの3Dを作る際には、こうした至近距離での視聴も考慮してズレ幅を3%以下に抑えている。
この視聴環境と表示条件に関する関係は、今後のステレオスコピック3D普及の大きなカギであり、また3DTVなどがなかなか普及できない隠れた要因とも言える。単純な話、3Dで劇場公開された映画作品がTV用の3Dとしてなかなか出てこないのはなぜか?これは3D版ブルーレイなどを制作する際に、このズレ幅を全てTVサイズに再編集しなければならないという手間が発生するためで、再編集にはそれ相応の費用や時間がかかってしまうからである。