RED CODE RAW記録をするRED ONEが2007年に登場した時、ハイエンド制作ではなくても映像の色味を変更し、ルック作りが行えるようになったことに驚いた人も多いだろう。ソニーはS-Log、パナソニックはP-10Logを使い、予算のあるCMなどでフィルムのような映像再現を提案していたが、ポスプロでのハイエンド制作でなければ活用は難しかった。低価格な4KカメラRED ONEの登場で、ルック作りの敷居は大きく下がった。
あれから数年。大予算のCM制作においてビデオ収録するときにはLog収録することが一般化したものの、Log収録に対応したカメラ機材が限られていたこともあって、まだまだ誰もが活用できるほど普及してはこなかった。2011年11月、キヤノンが安価なデジタルシネマカメラCinema EOS C300を発表し、8bitのCanon-Logを採用したことで、一気にLog制作に対する関心は高まってきたようだ。この特集の最初に、Logについてまず整理しておこう。
Logについて考えよう
そもそもLogとは何なのか。Logとは「Logarithm」、すなわち「対数」を意味している。なぜ対数なのかは、光の物理特性によるところが大きい。物理で「光の明るさは、距離の2乗に反比例する」と習ったことを思い出して欲しい。電球から距離1mのところの明るさに比べ、距離が2倍の2mのところの明るさは1/4に、距離が3倍となる3mのところでは1/9になる。距離と明るさが対数の関係になっているわけだ。
これはレンズの絞りでも同じで、絞り径を半分にすると明るさは1/4に、さらに半分にすると1/16になる。光を感光材料に蓄積するフィルムで絞りを変えながら同じ明るさに写すには、絞り径を半分にしたら露光時間を4倍に、さらに半分にしたら16倍に延ばす必要があることになる。絞りの開口面積とフィルム面の明るさが指数関係にあることから、その結果、露光時間が対数関係になる。レンズの絞りはF1.0が人間の眼の明るさに相当するが、F2で1/4に、F4で1/16になる。F2とF4の間にはF2.8があるが、これは開口面積が半分になる位置であり、露光時間が2倍になる位置だ。2の階乗である、F2、F4、F8、F16、F32…の間にあるF1.4、F2.8、F5.6、F11、F22…といった中途半端な数字の絞りは、露光時間倍数を元にした対数なのだ。
このように見てくると、フィルムの濃度は、絞りと露光時間の組み合わせによる露光量と対数関係にあることが分かる。フィルムで撮影して来た映像業界にとっては、光をコントロールするためには、対数の概念は切っても切れないものだ。ところが、今やスチルカメラも含めてデジタルカメラ全盛時代。フィルムを扱ったことのない人にとっては、Logなんて何のことやら?ということも致し方ないのかもしれない。
ビデオガンマとLogガンマ
フィルムの代わりに光を受けるイメージセンサーは、光を電気的な信号に置き換える役目を担っている。つまり光の量、すなわちイメージセンサーの1素子に飛び込んで来た光子の数に比例した数値を出力していく。全く光子のない状態から、イメージセンサーの1素子で光を受け止め切れなくなるまでの階調を、どれだけ段階的に数値化したかを何ビットと表現している。8bitなら256階調、10bitなら1024階調、12bitなら4096階調という具合だ。これがビデオガンマだ。
一方、フィルムをテレシネしてデジタル化する際に、映画撮影に使用されるネガフィルムの特性に合わせた10bitのLogカーブを使用して記録する方法が考えられた。これが、コダックが考案した10bit Logガンマカーブを持つCineonフォーマットだ。最初のバージョンは1994年にANSI/SMPTE 268M-1994として標準化されている。最初はテレシネ用のファイルとして生み出されたファイルフォーマットだが、その後、Digital Negative標準フォーマットとして、電気信号を用いてリニアなビデオ階調と感光材料で対数的なフィルムの階調の両方を補間する標準ファイルとして活用。2003年にANSI/SMPTE 268M-2003として、DPXファイルが策定された。このファイルフォーマットは、コンポジット作業をする人であればすでにお馴染みのものであろう。中身は10bit Cineon Logで記録されているものなのである。
Logカーブのメリット
イメージセンサーのリニアな情報でラティチュード(露光範囲)を広くにするには、階調を上げてやるしかない。8bitから10bitになるだけで、8bitの1階調が10bitでは4階調※に扱える。反面、階調を増やした分だけ、データ量も増えてしまうことになる。そこで、Logカーブの登場となる。階調の対数をとることで、実際の階調に比べて少ないビット数で同等の階調を得られることが最も大きなメリットだ。さらに、少ないビット数で階調が得られるということは、同じビット数であれば、より広いダイナミックレンジが得られることに繋がっている。
※【お詫び】記事初出時、「8bitの1階調が10bitでは8階調に扱える」と記載しておりましたが、正しくは「8bitの1階調が10bitでは4階調に扱える」です。お詫びして訂正させていただきます。
Logを用いた撮影では、光のコントロールがしやすいことも特徴だ。Cineon Logがネガフィルムの特性から作られたことは既に述べた。ネガフィルムはその特性上、濃度2%が黒で、濃度90%が白となる。これは、フィルムグレインやフィルムベースの影響で、完全な透明や完全な不透明が得られないためだ。しかし、この濃度2%以下・90%以上の部分を除けば、濃度と露光量がほぼ比例するのがフィルムの特性だ。この間に入るように光をコントロールし、絞りを半分にしたら露光時間は4倍という関係を維持さえすれば絞りと露光時間の組み合わせを変えても同じ結果が得られることになる。
露光時間を決める18%グレー
ホワイトバランスや露光時間を決める時には18%グレーの標準反射板を使用する。しかし、なぜ標準が18%なのかと疑問に思ったことはないだろうか?実はこれもフィルムのLogガンマに由来している。ネガフィルムの濃度2%と濃度90%の対数をとった時に、その中間にあるのが濃度18%。つまり18%グレーで露光時間を決めておけば、上下に同じ階調幅を持つことができるというわけだ。
絞りや露光時間を変えるということは、濃度2%と濃度90%の間にある直線部分を上下左右に平行移動することに等しいということになり、これはハイライトと暗部の階調幅をコントロールしているということを意味している。
ラティチュードを広くとりたい撮影に向くLog
米ハリウッドでVFXテクニカルディレクターとして活動し、Cineonを中心としたデジタルシネマのワークフローの構築を担当した経験を持つ松永勉プロデューサーに、ビデオガンマとLogガンマの使い分けについて尋ねてみた。松永氏は、Cinema EOS C300の「Canon Log Guidebook」の監修も務め、2月に開催されたCP+に合わせてキヤノンマーケティングジャパンが開催した「DIGITAL MOVIE WORKSHOP」にも登壇。Logの活用について講演している。
「Logは、今までフィルム撮影されていたものをデジタル撮影に置き換える場合や、ビデオ作品でありながらフィルムトーンで表現したい場合に有効ですが、全ての映像作品に必要なものではありません。通常のビデオガンマでは再現できない広いダイナミックレンジを活かして、白トビや黒潰れのないラティチュードの広い映像表現を求めるかどうかだと思います。デジタルのLogは、フィルム時代のネガフィルムと同じような役割を果たすものであり、『リニアよりも多くの情報を記録できる』『現像(グレーディング)をして仕上げを行う』。この2点さえ、理解していただければ、Logの技術的な面をそれほど意識しなくても良いかと思います」
制作環境全体で品質を維持できるか
ファイルベース時代になって、シネマカメラもビデオカメラも同じ編集システムで映像データとして扱うことになったが、まずフィルムプロセスでLogガンマを使って制作するのか、ビデオワークフローでリニアなビデオガンマで制作するのかを切り分けることが重要になる。10bit/8bitと同じビット数であっても、ダイナミックレンジは全く異なるからだ。さらにLogを使用するなら、8bitであっても「内部処理は16bit以上で行うことが必要」と松永氏は言う。
「Logの段階で8bitであったとしても、リニアに変換すると10bitを超える情報量を保持しているため、グレーディング処理などリニアに変換する際には、16bit以上での演算処理が必要となります。この点については、After EffectsやDaVinciなど多くのソフトウェアで16bit以上の演算をサポートしているため、さほど問題にならないと思います。むしろ、入力が8bitなため、編集作業などは10bit素材に比べストレス無く行えるのが利点です。8bit Logの軽いデータで編集を行い、16bit以上の演算処理でグレーディングなどの仕上げを行う。こうすることで、素材のデータ量を抑えながら、ビット数以上のより高品位な映像制作が行えるようになります」
現実的には、Logガンマをあてた状態でなるべく高品質なコーデックで収録し、そのファイルのまま編集作業を行い、最終段階で8bit/10bitのビデオガンマに変換して出力するというワークフローだ。ここで気になるのは、Log素材段階での8bit/10bitという選択だ。
「8bitではダメで10bitでないといけないという声もありますが、まずそれが、リニアなのか、Logなのかで答えは変わります。前述しているように、8bit Logは10bitリニア以上の情報量を持っています。次に、制作環境です。自分の制作環境の中で、全て10bitで行える環境があるかを考えるべきです。今後、ファイルベースでの制作ワークフローが主流になっていきますが、撮影から完パケまで10bit素材をファイルベースで扱うには、それなりの制作環境が必要となってきます。『撮影は10bitで行ったものの、環境が整わず、途中処理で8bitに変換してしまった』とか、『10bitではあるものの高い圧縮をかけてしまった』とか、『8bitでは足りない』という声の一方で『10bitでは重い』という話も耳にします。そういう意味では、8bit Logは、既存の環境で快適に作業でき、高品位な映像制作も実現できる非常に有効なフォーマットだと思っています」
txt:秋山 謙一 構成:編集部