txt:石川幸宏 構成:編集部
映画の都でふと思いを馳せる。その光と影
今年もCine Gear Expo視察のために訪れた6月のロサンゼルスは、いつも通りの乾いた空気と晴天に恵まれ、マジックタイムには強い西日が差し込む…といった、表面上はいつでも映画が撮れる「映画の都」としての様相を崩してはいなかったが、映画ビジネスとしての内情はこれまで以上に芳しいものでは無くなっている。最近もスピルバーグやルーカスといった映画監督/ヒットメーカーの代表者が、これからのハリウッドの先行きに大きな不安の色を示す発言をしているが、実際にそう感じているのは現場スタッフなどで、すでに身の回りの実直な問題として、向き合っていく必然性に駆られている人も多いのが現状だ。
毎年ここを訪れる中で感じたのは、それは単に作品を観てここ最近に指摘されて来た脚本の貧弱さやビッグスターの不在、そして映画自体のアイディアの脆弱さといったものだけでは無いということ。前述のサム・ニコルソン氏が語っていたように、全てにおいて世界市場を相手にしているという意識が低く、いまの世界のスタンダードとハリウッドのビジネスが次第に合わなくなって来たことが一番の要因なのかもしれない。それは、インターネットでのコミュニケーションを含む、デジタルテクノロジーと慣れ親しむといったリテラシーといった部分で特に顕著に言えることだろう。
Cine Gear Expoでもこれまでの映画産業に中心的な役割を担って来た大手のフィルムメーカーやカメラメーカーが陰を落とし、変わってデジタル技術の恩恵を受けた小さなファクトリー企業やレンタルショップ、そして撮影監督たちがこれまでの経験に基づいたアイディアを出して作った撮影機材などのベンチャー企業が目立つようになってきた。ここ2、3年はそのような状況が続いている。こうした変動に気づき、あたらな映画ビジネスを生み出そうとする力は、小さな衝動から起こるのが常だ。そこにビッグな映画産業で成り立っている街と言われてきたハリウッドも、いまそこからの変貌を余儀なくされている姿が見えてくる。
今回も多くの映画業界の関係者に、様々な形で話を聞くなかで強く感じたことは、いつの時代でも技術とクリエイティブはシンメトリックな関係ということだ。変革に際して重要なのは、クリエイティブを邪魔しない技術の進化とそのリテラシー(使いこなす能力)の習得。これはいつの時代にも普遍であると言える。
創造と狂気の狭間で 〜スタンリー・キューブリック展から
とはいえ、ハリウッド&LAの訪問は、いつでも魅力的な映画の世界を体感させてくれるイベントが待っている。今回のLA訪問で大きな楽しみだったのは、現在LACMA(Los Angeles County Museum of Art:ロサンゼルス州立美術館)で昨年末から開催されている企画展「スタンリー・キューブリック展」を訪れたことだ。開催はこの6月末までで、すでに終了間近の展覧会だが、いまだに会場に足を運ぶ人が耐えない。
スタンリー・キューブリック(Stanley Kubrick:1928-1999)と言えば、『2001年宇宙の旅』をはじめ、『博士の異常な愛情』『時計仕掛けのオレンジ』『シャイニング』などの名作を世に生み出した映画界の巨匠であり、映画界の誰もが知る奇才の映画監督だ。
そんな彼の映画人生の軌跡を忠実に綴ったスペシャル・エキシビジョンが開催されている。この企画展はそもそも開催場所であるLACMAのCEOマイケル・ゴヴァン氏が、ファッションブランド「GUCCI(グッチ)」グループの協賛のもとで、映画とアートを融合したLACMAの新しい企画展シリーズを立ち上げた、その第二弾として興行されたものだとのこと。第一弾として2011年にティム・バートン展が開催され、これが大成功を収めた事ことで今回の展示に至ったという。
今回の展覧会では、映画監督になる前の雑誌カメラマン時代の若きキューブリック青年が自らが撮影した写真の展示から、手がけてきた多くの名作映画の作品ごとに、例えば『時計仕掛けのオレンジ』や『バリーリンドン』の衣装や、『2001年宇宙の旅』『アイズ・ワイド・シャット』で使われた小道具の数々、『ロリータ』や『フルメタル・ジャケット』での台本(キューブリックの手書きで入念な手直しがされているもの)、そして『博士の異常な愛情』『スパルタカス』のセット解説やセットの模型などが所狭しと並べられている。全ての展示がキューブリック・ファンにはたまらない内容であるとともに、その制作過程におけるプロダクションノートや様々なエピソード、キューブリック自身の発言についての解説など、今まで語られる事の無かった事実が、入念に展示され詳細も記されている。
想像はしていたが改めて驚かされるのは、キューブリック本人の直筆メモや絵コンテのラフスケッチ、台本の書き直し跡や沢山のアイデアノートなども残っており、これらを実際に目にすると、当時の彼の映画制作に全霊を掛けた意気込みやその狂気じみた細かい指摘や指示の緻密さ、そしてその奥深さをまざまざと見せつけられる。まさに「創造の中の狂気」がそこかしこに示されていた。
「創造の中の狂気」が目の前に広がる時
またカメラマン出身であった彼が実際に使用していたカメラやその写真作品も数多く展示され、キューブリックらしい構図やショットが一面にちりばめられた中で、初期の頃の彼の感性に触れる事ができるのはまさに貴重な体験といっても過言ではない。
会場は最初に彼のカメラ機材やレンズの展示、そして全作品の広告用ポスターから始まり、公開年度順に設けられた各作品別のコーナーの展示となっているが、特に映像制作者として興味深かったのは、『シャイニング』(1980)の中でジャック(ジャック・ニコルソン)が使用したタイプライターや斧、双子の姉妹の衣装などが飾られた隅に、この撮影で庭園の迷路やホテルの通路の動き回るシーンで使われたことで、その存在が大きく映画業界に浸透した『ステディカム』について、開発者であるギャレット・ブラウン氏がステディカムをオペレートしているシーンの写真とともに、彼がキューブリックに対して、ステディカムの売り込みを掛けている書簡などが展示され、当時のリアルな雰囲気をそのまま伝えているのを見られることは、まさにキューブリックの映画創造の世界への探検といえる。
その他にも、『2001年宇宙の旅』で使われた宇宙船ディスカバリー号やHAL、そしてモノリスの模型(実物?)、キューブリック出世作『スパルタカス』でカーク・ダグラスが着用した衣装、『フルメタルジャケット』でマシュー・モディーンが被っていたヘルメット、『アイズ・ワイド・シャット』でトム・クルーズやニコール・キッドマンが着用したマスクなど、やはりLACMAという美術館において、アート・ファッションを意識した展示としても、一般の映画ファンとしてもかなり見応えのあるものになっていた。
実はLACMAでは今後、2015年を目指して同敷地内に、映画に特化した美術館が新たに建設されることが発表されている。これは先々実に楽しみなことで、実はハリウッド初となる映画専門美術館の誕生には地元関係者もかなりの期待があるようだ。
こうした展示を見た後で強く感じるのは、いつの時代にも創造には限界はないということ。そしていつの時代にも新たな創造の中で、時代を突き動かす狂気を支えていたのは新しい技術であったこと。これからもデジタルシネマの新しい道は、きっと誰かの「狂気」とどこかの「技術」によって切り開かれるだろう。
Image: Stanley Kubrick in the interior of the space ship “Discovery”, 2001: A Space Odyssey (2001: A Space Odyssey, GB/United States 1965-68) © Warner Bros. Entertainment. Exhibition:The Deutsches Filmmuseum, Frankfurt am Main, Christiane Kubrick and The Stanley Kubrick Archive at University of the Arts London, Warner Bros. Entertainment Inc., Sony-Columbia Pictures Industries Inc., Metro Goldwyn Mayer Studios Inc., Universal Studios Inc., and SK Film Archives LLC,Los Angeles County Museum of Art and the Academy of Motion Picture Arts and Sciences, Steve Tisch,Warner Bros. Entertainment, Violet Spitzer-Lucas and the Spitzer Family Foundation.