日本よりもかなり昔から、ハリウッドではフィルムの時代より4K以上の大型映像制作が行われて来た。とはいえハリウッドでさえも、いまだに2Kでの作品仕上げがほとんどで、実際に4K以上の映像制作に従事した人は数少ない。

一昨年、キヤノンEOS C500の日本発売にあわせて、EOS C500のCinema RAW収録によるフル4Kワークフローで制作されたデモ映像「Galaxy’s Skirt」が制作された。この作品では、まだ4K / Cinema RAW収録によるフル4K制作のワークフローが国内のポスプロでもまだ完全に確立出来ていなかった時期でもあり、制作スタッフにはこれまで4K制作経験のある、4Kワークフローに明るい人材が起用された。この作品で監督を務めたBEN MATSUNAGA氏は、過去にIMAGICAに在籍中、ロサンゼルスに駐在し、当時テクニカル・ディレクターとして、IMAXなどの4Kを超える大型映像制作に数多く携わってきた、日本でも数少ない経歴を持つ人物だ。ハリウッド4Kの黎明期、そしていまのデジタル4K事情について、お話を聞いてみた。

4K映像には大画面チェックが不可欠

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現在の収録にはキヤノンEOS C500そして4K収録にはcodexのOnboard Sレコーダーを使用

――15年くらい前から4Kのお仕事をされていたとお聞きしますが、そんな昔に4Kのカメラはあったのですか?

松永氏:1997年頃から4Kの仕事はやっていました。ちょうどその頃、ロサンゼルスにある大型映像のヴィジュアル・エフェクトを専門に行う会社に出向していました。そこでは主に65mmフィルムで撮影されるテーマパークの映像やIMAXの劇場作品など、いわゆる「大型映像(Large Format)」と呼ばれる作品のタイトルや合成、エフェクトなどをメインに手がけていました。

当時、ハリウッドでは通常の35mmの劇場作品ではすでにデジタル化が始まっていましたが、大型映像の世界はまだまだ昔ながらのオプチカル合成(フィルムで合成する手法)がメインでした。そこで、自社で65mmのネガフィルムをデジタイズできる特殊なフィルムスキャナーを開発し、世界ではじめて、フィルムの入出力から合成・エフェクトまでデジタルで一貫して行える大型映像専門のラボを作ったのです。

――その時代に4Kというとかなり大変だったと思いますが。

松永氏:たしかにレンダリングにはものすごい時間がかかるし、今になって思えば、よくやれていたなと思いますが、その当時はそれが当たり前だと思っていたので、それほどストレスはなかったです。システムとしては、当時発売されたばかりの光ファイバーのRAIDのディスクアレイなども導入していましたが、メモリもディスクも今に比べれば圧倒的に少なかったので、プロキシを活用したり、一部の切り出し画像で確認したり、コマンドラインベースのソフトウェアでパイプラインを組んで中間ファイルを出来るだけ少なくなるようにするとか、とにかく無駄がないように作業を進めていました。

最近のソフトウェアは、ガツっと4Kデータを読み込んで、インターフェース上で、なんでも自由に作業が出来るのはいいのですが、操作性を重視するあまり、必要以上にメモリを使われて、余計な負荷が多いなと感じることもあります。昔はマシンスペックが限られていた分、効率性を重視したソフトウェアも多かったので、ストレスを感じなかった理由はそういうところにあるのかもしれません。

――その時の記録フォーマットは何でしたか?

松永氏:今で言う、4K 10bit LogのDPXです。ハリウッドの標準でもありましたし、当時は、今のような高性能な圧縮技術がまだありませんでした。一度だけ、一緒にやっていた会社の都合で、JPEGに変換して作業をすることがありましたが、JPEGの圧縮をどれくらいまでかけられるかは結構何度もテストを行い、最終的には最大ビットレートに落ち着いた記憶があります。高解像度になればなるほど、圧縮の必要性は高まるのですが、高解像度になればなるほど、今度は細かな圧縮ノイズもわりと目立つようになってきます。それと、圧縮のエンコード&デコードには、それなりのマシンパワーが必要になります。データ量は圧縮できても、非力なマシンでは、むしろ作業効率が悪くなります。

最近のHD解像度でも、ちょっと圧縮コーデックがサポートされていないだけで、いきなり読み込みやエンコードのスピードが落ちますよね。データを圧縮することはとても大切な技術だと思いますが、コーデックにはそれぞれ向き不向きがあります。そういう意味でも、これからの4K時代には、撮影用、編集・加工用、配信用、それぞれにどういう圧縮がベストなのか、単に圧縮効率だけではなく、操作性、運用性を踏まえた適切な圧縮コーデックの選択が重要になってくるのではないでしょうか。

――当時は、4Kディスプレイはないと思いますが、どうやってチェックしていましたか?

松永氏:その部分に関しては、今よりも恵まれていました。デジタルで作業はしていますが、あくまでフィルム作品なので、仕上がったショットは、毎日、フィルムにレコーディングして、スクリーン上でチェックしていました。4Kともなると小さい画面では気づかない部分が出てくるので、スクリーン上でのチェックはとても役に立ちました。それと、解像度が高くなるということは、それだけ大画面に出力する作品も多くなります。

画面が大きくなることで、全体のフレーミングやアニメーションの動きなどは、実際のサイズで見ないと分らない部分も多いので、大きな画面でチェックできる環境を持つことはとても重要だと思います。今はフィルム時代よりももっと便利なデジタルプロジェクターがありますから、高性能かつリーズナブルな4Kプロジェクターの登場が待ち遠しいですね。

デジタル4Kの恩恵と副作用

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――2012年に、キヤノンEOS C500を使って、久しぶりに4Kで作品作りをされたそうですが、フィルムの時代と比べてどうでしたか?

松永氏:先ほど、15年前でもそんなにストレスを感じなかったと言いましたが、あれは嘘ですね(笑)。いや、あの時はあの時で、そういうものだと思っていたし、VFXが中心だったので、短いショットが多かったということもあります。あの時の感覚が残ったまま最近のマシンで4K素材を触ると、あまりに快適でやはり驚きます。4Kデモ映像としてEmi Meyerさんの「Galaxy’s Skirt」というPVを作ったのですが、EOS C500のデモということもあり、4K RAW収録したものを、あえて16bit DPXに変換して制作しました。

10bit DPXもはるかに大きなデータなのに、IMAGICAの4Kグレーディングルームでリアルタイムに動いていたのは驚きでした。画質についても、フィルム時代のような粒子のノイズもないので、同じ4Kでも、よりクリアな印象は受けました。ただ、ワークフローについては、ずいぶん複雑になっているように感じました。

これは、EOS C500に限ったことではありませんが、現状カメラの性能を最大限に活かそうと思うと、RAW収録になる訳ですが、RAWはディベイヤーの仕方で画質もずいぶん変わり、多くの中間ファイルを生む事にもなります。

RAWによってグレーディングの幅が広がるメリットはありますが、逆にいえば、RAWで撮影されたものをいかに料理するかで、仕上がりの品質が変わってしまいます。昔は、DPがフィルムを選択し、撮影現場のライティングをコントロールすることで、ルックを決めていましたが、今ではその要素をかなりポスプロに依存するようになってしまいました。表現の自由が広がる一方で、クオリティコントロールという面では、フィルム以上に難しくなっているな、という印象があります。

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――4K普及に向けた今後の課題は何だと思いますか?

松永氏:こういうことを言うと身も蓋もないかもしれませんが、実は僕はあまり4K推進派ではないのです(笑)。フィルムの時代からそうですが、超高画質な写真や映像というのは、特殊なフォーマットであっていいと思っています。それは、芸術的なアートワークであってもいいし、みんながこれまで体験したことないようなイベント映像やアトラクション映像でもいい。どちらにしても高解像度を使った映像表現は、作り手の演出の1つとして使われない以上、意味がないと思っています。

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松永氏:それと4Kへ進むことも大事ですが、まずはHD/2Kのクオリティをあげることも重要だと思っています。現行の多くの4Kカメラは、4Kのベイヤーセンサーを搭載していますが、それぞれが2K分の情報を持ったR/G/G/Bという4つのレイヤーで構成されているので、そういう意味では本来の4Kの解像度は出ていません。

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松永氏:また、4Kテレビの普及は少しずつ進んで行くと思いますが、映画会社はもちろん、キー局からローカル局まで、国内の制作環境が4Kに対応するには、まだ少し時間がかかると思います。その中で、HD/2Kのクオリティをあげていくことが、とても重要だと思っています。残念なことに、現行の4Kセンサーを搭載したカメラの多くは、HD収録した場合、かなりクオリティが低下しています。

そのため、制作側は4K作品でなくても、4K収録しダウンコンバートすることで、良質な2K映像を作りだしています。常々思うのは、4Kからダウンコンバートしたものと同じクオリティで収録できる「4Kセンサー for TRUE 2K」を出力できるカメラを作ることは出来ないのか?ということです。良質なHD/2Kは、制作者の負担を減らすだけでなく、4Kテレビで見た時に、より高精細な映像を再現できると思っています。

少なくとも今劇場で公開されている映画と同じクオリティは出せるわけです。先にも言いましたが、4Kという解像度にこだわり、色情報を削り、かなりの圧縮をかけることが結果として良い映像を生むかどうかは疑問です。それよりも、階調や色情報がしっかりとあり、ビットレートの高い良質なHD/2Kを使った方が作業効率もあがり、結果としていい映像が出来ることもあると思います。

4Kセンサーの性能をフルに活かしながら、表向きの解像度にとらわれずに、階調やダイナミックレンジ、すべてをトータルして判断していくことが大事なのではないでしょうか。

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2012年秋、キヤノンEOS C500撮影による国内初のフル4K制作のデモ映像作品となったミュージックビデオ「Galaxy’s Skirt/Emi Meyer」。4K収録にはcodexのOnboard Sレコーダーを使用。4K/10bit/RAWのバイナリーデータをCinema RAWに変換、さらにDPXファイルにディベイヤー変換して、カラーグレーディングはFilmlight / Baselightを使用して行われた。Autodesk Flameでフィニッシングオンライン処理を経て、最終的に4KのDCPデータとして完成、撮影から上映まで完全な4Kワークフローで仕上げた作品として、InterBEE2012のキヤノンブースに設置された4Kシアターで上映された。



txt:石川幸宏 構成:編集部


Vol.01 [TRUE 4K] Vol.03