4Kというと、これまではシネマのようにハイエンドの映像産業のモノというイメージが強かった。日本では今年から4K放送が始まるとはいえ、まだまだ4Kで収録するコンテンツは限られているし、手探りの状態である。放送でもこのような状況の中で、業務用映像マーケットと4Kというのはあまりにもかけ離れているように思えるが、ひょっとしたら意外にも4Kが普及するのはこの業務用マーケットかもしれない。その根拠は、このマーケットこそHDを超える高精細の映像が求められる可能性があるからだ。そして、それを可能にするのが、4Kテレビを含め機材のコストダウンが急激に進んでいることにある。
ここでいう業務用マーケットというのは、放送用ではなく、プロモーションビデオやイベントビデオ、あるいは、ブライダルやハイエンドコンシューマー、そして学生などが制作する自主制作映画などのコンテンツを制作するマーケットのことであるが、この業務用マーケットにおける4Kの可能性を考えてみたい。
業務用分野で具現化してきた4K
「4Kなんて、まだまだ先の話」という声が聞こえる一方、YouTubeには既に多くの4K映像がアップされている。4Kテレビでは、これらのコンテンツを簡単に4K解像度で見ることができる。
そして、昨年末の調査では、その4Kテレビは50インチ以上のテレビを購入した実に1割弱の人が購入している実態もある。1月にラスベガスで行われたInternational CESでは、日本メーカーはもちろん、韓国、中国のメーカーも4Kプロダクツをメインイシューに取り上げていた。恐らく、この先3Dのように急降下しないだろうし、もはや4Kへの流れは止まらないだろう。まだ多いとは言えないまでも、4Kテレビは着々と家庭に入り始めているのである。
アマチュアがプロフェッショナルよりも先を行くという現象はHDの時にも起こっていた。まだSDベータカムを使っている放送局も存在した時期、電気店に並ぶビデオカメラは既にHDが主流であった。また、現在でもSD放送が行われている新興国に行っても、電気店ではHDビデオカメラが主流である。少し前まで、ブライダルビデオの現場では、披露宴会場でビデオ制作を請け負った会社のビデオがSDのベータカムなのに、出席者の持つビデオカメラはすべてHDだったという逆転現象も見られた。
数年前、筆者がシンガポールや香港などで見たのは、個人レベルのカメラマンがDSLRで結婚式を撮影する姿であった。彼らは発売されたばかりのEOS 5D Mark IIを使い、結婚式をショートムービー風に仕上げていたのである。彼らは、自分のWebサイトで作品を紹介し、新たな顧客を開拓していた。検索すると、既にそのようなHPは多く存在していたのである。ブライダルビデオのこの流れは、シンガポールや香港に限ったことではなく、欧米でも同じであったが、なぜか日本では、まだアナログベータカムで“結婚式記録ビデオ”が撮影されていたのである。
これらの話を引き合いに出したのは、フリーランサーやハイエンドアマチュアのほうが、大きな組織レベルの制作者より先に進む場合があるという例を示すためである。彼らは組織に縛られることなく投資できるのだ。大きな組織では、どうしても投資対効果が考えられ、普通の判断では4Kがペイできるという結果にはならない。この判断は、経営面からみると、もちろん正しいのだ。しかし、個人レベルでビデオカメラを買うときは、純ビジネス的判断ではなく、趣味性や興味からの判断が大きい。カメラと言う機材がVTRなどとは違って、単なる機材ではなく、自分を表現する趣味性の高いギアであることも大きく起因している。
FDR-AX100
一方、機材側を見てみると、つい数年ほど前はプロの世界でしか語られていなかった4Kだが、ついに20万円を切るパームタイプの4Kハンディカムが3月に発売された。ソニーのFDR-AX100である。このカメラは、ソニーの今後のラインアップの方向性を示唆している。即ち、ハイエンドアマチュアをターゲットに発売された最初の4KビデオカメラFDR-AX1に続き、第二弾として一般コンシューマーをターゲットにしたこのFDR-AX100が投入された。これは、初のHDビデオカメラのHDR-FX1に続いてパームタイプのHDR-HC1が発売されたのと同じ展開であり、その後、民生用HDカメラは小型化、低価格化の道を突き進むのである。この変遷は、恐らくHDの時以上に早いであろう。
そして、もう一つ、忘れてはならないカメラがある。キヤノンのEOS 5D Mark IIとEOS-1D Cだ。言うまでもなく、5D Mark IIは初めて“使える”HD動画撮影機能を搭載したDSLRであり、1D Cは初めて4K動画撮影機能を搭載したDSLRである。これも同様に、将来民生用のDSLRが4K動画を搭載する可能性を示唆しており、実際に4月にはパナソニックから4K動画撮影に対応したミラーレス一眼、DMC-GH4が登場する。ビデオからではなく、スチルカメラからの4Kアプローチは、ビデオユーザーにもすでに大きな影響を与えている。
4Kで広がるユーザー層
小型で低価格の4KビデオカメラやDSLRが一般的になれば、イベントビデオ、プロモーションビデオ、そしてブライダルビデオも、そしてハイエンドコンシューマーも4Kに移行すると考えられる。少なくとも移行し易い状況は整った。展示会やショーで行うプロモーションビデオは、もちろん大画面で高画質が良いに決まっているので、イベントビデオは4Kを導入する可能性の高いマーケットの一つである。商品などのプロモーションビデオも、店頭や街頭で流すのであれば、大きく高画質である必要もあるし、デジタルサイネージでの映像も4Kのような高画質であれば大きなサイズでより効果が期待出来る。ブライダルビデオは、ショートムービー風が主流となり、自宅の4Kテレビで観るという顧客が多くなれば、HDの時と同じように、ブライダル業界は4Kへの対応を迫られるだろう。そしてハイエンドコンシューマーは、多分真っ先に飛びつく顧客層である。大画面になった4Kテレビは動画だけではなく静止画もテレビで観るというスタイルを提案している。
スチル画像に比べれば解像度が足りないので今まで動画には見向きもしなかったスチルカメラマンも、4K動画ならばDSLRでいま以上に動画を撮りだすかもしれない。言うまでもなく、写真のハイエンドアマチュアカメラマンの数はビデオカメラマンの比ではない。プリントアウトして額に飾っておくのも良いかもしれないが、高精細で映し出される4Kテレビの大画面は、写真を観ても圧巻である。一時期、テレビのレポーターが街頭で「4Kテレビは欲しいですか?」と聞き、多くの人は「HDで十分」と答え、評論家が4Kは普及しないと決めつけていた場面をよく見たが、ニュースやバラエティーをこれ(HD)以上の高画質で見たい人は、まず居ないだろう。しかし、一度4K画像を目にして体験した人が増えてきた中で、もし「よくできた映画や、美しい風景紀行番組や、宇宙や深海を扱ったドキュメンタリーを大画面の4Kで見たいですか?」と聞いたら、恐らく多くの人が「YES」と答えるだろう。あるいは、「子供や孫をかわいく綺麗に撮りたいですか?」と聞いたら、当然多くの人が「YES」と答えるだろう。今やお母さんが一眼レフで子供を撮る時代である。動きや音声も記録できるビデオで、一眼レフ並みの高画質で撮りたいと思っても、何の不思議もない。しかも、ビデオなら音声も記録できる。
4K普及への解決すべき障壁
さて、そうは言っても、ハイエンドコンシューマーや業務用ユーザーが4Kでコンテンツを作るにあたって、まだまだ解決すべきことは残されている。その一つは、大きな4Kファイルの取り扱いである。編集するにしても、アーカイブするにしても、なかなかHDのようにはいかない。もっとも、HDの出始めの時も同じようなことを言っていた。編集するには、高性能のパソコンとNLEが必要である。
フルサイズの4K/60pファイルをまともにプレイバックするためには、現状だと100万円近いパソコンが必要になるだろう。グラフィックカードだけでも数十万円というレベルだ。HDの時と同様、最初は高価なパソコンを導入する必要がある。ただ、REDRAWやソニーのRAWファイルのように、プレイバック時は解像度を落として軽くするという芸当ができるものもある。またソフトウエアでもAdobe Premiere Pro CCでは、プレイバック時は解像度を落とし、ストップすると即座にフル解像度になる機能が用意されている。カット割りなどでは、それほど解像度は必要ないし、カラーグレーディング時は画を止めて行うのでフル解像度で行うことができる。完成後に、通しでフル解像度でプレイバックすることができないのが問題だが、個人で編集している場合は、これでもなんとかなる。あるいは30pで収録するという手もある。30pや24pなら、60pの半分以下のデータ量である。当然パソコンも低価格に抑えられる。
FMP-X1
もう一つの問題点はディストリビューションだ。HDの時のようなブルーレイやDVDなどのメディアが、4Kでは未だ設定されていない。ネットが発達した現在では、記録媒体メディアよりもネット配信のほうが有力である。ソニーは昨年秋から米国でFMP-X1というメディアプレーヤーを発売している。これは、ソニーが配信する映画などのコンテンツをダウンロードして、家庭の4Kテレビで視聴できるものだ。日本では未だ発表されていないが、似たようなサービスはそのうち発表されるのだろう。しかし、このような配信方法ではある程度の高速ネット環境が必須である。今の時代、ネット環境は当たり前ではあるが、全ての視聴者が対応できるわけではない。やはり、何かパッケージメディアを介した配信方法と、そのメディアに記録する基本的なフォーマットの策定が必要なのではないだろうか。
REDRAY
その中で、REDRAYという商品がREDから発売されている。これは、USBメモリーなどに記録した4K映像データを内蔵のハードディスクにコピーし、HDMIから4K映像を出力できるプレーヤーだ。映像ファイルは、REDCINE-X PROという無償配布のグレーディングソフトウェアから書き出すことができる。ファイルは“.red”という拡張子が付く専用のファイルで、最高画質でも36Mbps(24p)という低レートである。REDRAY本体は20万円ちょっとで購入できるので、ブルーレイレコーダーの高級機よりも安価だ。これがあれば、例えば、イベント映像を4Kで制作して会場で上映することも簡単になる。イベント会場が常にネット環境が充実しているとは限らないし、ダウンロードする時間や手間も省ける。実際にInternational CESでも4K展示ではこのREDRAYからの出力で4Kコンテンツが上映されていたようだ。REDRAYはこのようなビジネスを可能にする商品として、大変意義深い。将来ネットからのダウンロードにも対応するそうなので、ネット環境があればそれも可能である。
さらに、今更と思われるかもしれないが、やはり光ディスクのような、安価で大量にコピーできるメディアが必要だろう。例えば、子供の演劇の発表会があり、この撮影を請け負った映像会社が、希望者に販売するとしよう。出来上がった4Kコンテンツを販売するには、どうしたら良いだろうか。DVDやBDなら簡単である。パッケージにして販売すればよい。しかし、課金してダウンロードするという仕掛けは、できないことはないにしても、新たな投資とビジネスフローが必要である。パッケージと言うモノに対する付加価値も、付けることができない。USBメモリーやSDカードにデータを入れて販売するにしても、フォーマットが決まっていなければ、受け取った方はどうやって再生すればよいのか分からない。即ち、今まで普通に行われていたビジネスができなくなってしまうのである。ブルーレイは、世界的に見れば、思ったほど普及せず、もう次世代は光ディスクでは無い、という風潮があるのかもしれないが、ネットに頼らない安価なディストリビューションメディアは、やはり必要であると考える。
テレビも、いまや放送のためだけのディスプレイではない。ネット上のコンテンツやパーソナルなコンテンツを普通に見ることができる環境になったとき、4Kはむしろ個人レベルの制作者や小規模の制作者、あるいはハイエンドアマチュアから入っていく可能性が高いと考えられる。しかし、今のところ、4Kはどうも放送中心で進められている気がしてならない。HDは放送用コンテンツもパッケージコンテンツも100%SDに置き換わる前提で進んできたし、ほぼそうなりつつあるが、4KはHDを100%置き換えるとは思えない。多くのコンテンツはHDクオリティで十分で、4Kで観る必要性が無いからである。しかし、本当に高精細で美しい映像で見たいと思う、あるいは見せたいと思うコンテンツもまた存在する。高額な制作費で作られたコンテンツだけではない。先のイベントビデオや子供の演劇のビデオも同様で、このようなコンテンツこそ、4Kで制作、配信すべきである。4Kを、HDの時と同じ進め方で進めていくのは本当に正しいのか、よく考えながら進めていく必要があるだろう。
txt:井上清 構成:編集部