txt:江夏由洋 構成:編集部
Sonyがシネマにかけた一台
Sonyがその技術力を終結して、シネマカメラの頂点に立つ一台を完成させた。VENICE-初めて愛称が名前となったカメラがInterBEE 2017で日本初の一般公開となり、連日Sonyブースは黒山の人だかりで大きな話題を呼んでいた。なんといっても「100%シネマのために」作られたというVENICEは、あらゆる角度からみても、いままでのSonyでは考えられないようなコンセプトのもと作られているのだ。実際に撮影をする機会を得たのでその映像をまずはご覧いただきたい。
VENICEで全編撮影した作品
フルサイズという選択肢
新たに開発されたフルサイズセンサー。全てはシネマ画質のためだけに作られた
一番の特徴はそのセンサーだ。VENICEのためだけに開発された新設計の36mm×24mmのフルサイズセンサーを搭載し、さまざまなクロップファクターでセンサーを使用できるようになっている。まさに35mmフィルムを扱うイメージで、自分のプロジェクトに合わせたサイズで撮影ができるという仕組みなのだ。
フルサイズセンサーを活かしたクロップファクターの一例。あらゆるアスペクト比で作品制作に挑むことができる
スーパー35mmサイズの4K/16:9や17:9、あるいはアナモフィックレンズにあわせて4K/4:3というように、自由なセンサーアスペクト比を利用できる。また出荷時にあわせて6K/3:2のフルサイズでの収録も可能で、ポストプロダクションにおける切り出しが様々なスタイルで行えるのだ。フルサイズのセンサーで解像度を最大限に活かしたスペックをワークフローに取り入れることができるのは本当に素晴らしいことだ。
マウントはPLマウントとEマウントのハイブリッド。レンズを選ばない設計に、その可能性は無限大だ
シネマの撮影でアナモフィックレンズの人気が更に加熱していく中、いろいろなレンズを選べるというのは本当に新しい設計だといえるだろう。しかも驚きなのは、PLマウントを外すとカメラの中にEマウントが出てくるのだ!このEマウントはFS7 IIで採用されているレバーロックタイプのもので、αシリーズなどで使用している様々なレンズ群をこのVENICEで使うことができる(ファームアップで対応)。こうなってくるとVENICEで使えるレンズの可能性は無限大だ。従来PLマウントという縛りのなかでハイエンドの撮影は行われていたのだが、いよいよ「レンズを選ばない」という次世代のデジタルシネマカメラが誕生したといえる。
作品からの切り抜き。フィルムではないかと錯覚してしまうような質感。これが4Kや6Kといったデジタルで手にできるとは、夢のようだ※画像をクリックすると拡大します
ハリウッドで進められた映画製作
壮大な撮影となった、ハリウッドでのVENICE
アナモフィックレンズをメインにシステムが組まれた
また今回のプロモーションに伴い、2017年8月にVENICEを使った大掛かりな撮影が行われた。製作スタッフはハリウッドの最前線で活躍するチームで、監督には「トロン:レガシー」のジョセフ・コシンスキーを迎え、撮影監督には「トゥモローランド」や「オブリビオン」でも有名なクラウディオ・ミランダ氏が抜擢された。アメリカ、L.Aを舞台にしたショートムービー「THE DIG」である。
撮影監督のクラウディオ・ミランダ。百戦錬磨の腕で現場の画を作り上げていく
右はDITのアレックス・カー、左は1stACのダン・ミン
現場で大好評のVENICE-トップクラスの美しい画質
撮影が進む中、クラウディオや、現場のDIT、アシスタントカメラマンにもVENICEの印象を聞いてみたのだが、その評価の高いことにまずは驚かされた。少しだけインタビューするつもりだったのだが、VENICEに対する期待値の高さのあまりか、全員が全員高揚した感じで話してくれた。
ハリウッドの精鋭スタッフのコメント(日本語訳あり)
特に評価が高かったのが「画質」だ。クラウディオは「とにかくVENICEのスキントーンが好きだ」といい、DITのアレックスは「ポストで様々な色づくりができる」と驚いていた。一番印象的だったのは1stACのダン・ミンの「従来のデジタルシネマカメラは、シネマトーンを意識しすぎてソフトな感じになりがちだけど、VENICEにはしっかりとした解像感がある」という言葉だ。アナモフィックを使った撮影は素晴らしい光とボケの質感を与えてくれる。
一方で、解像感を失いがちな点もある。しかしVENICEは最高のフィルムルックを作りながらも、最新技術を持って撮影を支えてくれているというところだ。また15ストップを超えるラチチュードも現場では好評で、長い歴史で培われたシネマの質感を、VENICEは見事にその高い技術力で新しい形に変えることに成功したといっていいだろう。
THE DIGからのワンシーン。スキントーンの立体感は素晴らしい※画像をクリックすると拡大します THE DIGからのワンシーン。ハイライトとシャドウが作り出す世界。人物への感情移入を容易にさせる。シャドウ部のノイズの少なさにも驚かされる
※画像をクリックすると拡大します THE DIGからのワンシーン。砂漠の砂の一粒一粒が見えるようだ。シネマでありながら、高い解像度を持っている
※画像をクリックすると拡大します
さらに現場での評価を得ていたのがNDフィルターだ。世界初の8ポジションによる光学NDフィルターの搭載はクラウディオも「素晴らしい」と称賛していた。2枚のターレットを使って実現される、1/256という8ストップの減光においても色転びが起きないというのが強み。あらゆるシーンにおいて、フルサイズやアナモフィックといった画質の中で、非常に細かく被写界深度のコントロールを行うことが可能になった。レンズ交換のみならず、NDフィルターをレンズの後ろでかけられるというのは、現場に携わるスタッフにとっては心から喜べることだ。時間とカット数に追われる中、8ポジションのNDフィルター内蔵という機能はいろいろなところで大きな支えとなるはずだ。
THE DIGからのワンシーン。フルサイズの力とアナモフィックの表現力。その被写界深度が作り出す世界観は美しすぎる※画像をクリックすると拡大します
機能的で美しいカメラデザインにも注目
もちろん「画質」だけがVENICEの特長ではない。その研ぎ澄まされたカメラデザインに込められた様々な高い技術力が随所にみられる。ハリウッドでの撮影は8月の猛暑、砂ぼこりが舞う砂漠で行われた。アシスタントのダンも「猛暑でも砂嵐でも、VENICEは全く動じなかった」と驚いていた。その防塵・防滴の合金マグネシウムボディは今までのカメラに見られないようなタフネスを持ち合わせている。それでいて、スイッチを入れたら5秒で立ち上がるという機動力は、ハリウッドでも新しいワークフローを生むのではとささやかれていた。余計なものをそぎ落とし、現場の使いやすさをデザインに落とし込んでいるところにも相当なこだわりが感じられる。
内側と外側に操作パネルを装備。超効率的な作業が現場で行える
メニューはとても直感的でシンプルに設計されていて、まるで何年も使っているカメラのように現場では扱えるし、特にメニューパネルが外側と内側の2つ搭載され、カメラマンとアシスタントが、一度にその設定を変更したり確認したりすることができるようになっていて、現場では相当重宝される機能になるだろう。
ヘリコプターを使った空撮。レンズはFUJINONのHK
実際にハリウッドでの撮影は、ヘリコプターを使った空撮や、クレーンなどの特機も駆使され、ドライブショットやナイトシーンなど様々な撮影手法が凝縮された内容となった。アナモフィックならではのボケ味と、しっかりと表現する15ストップ+のダイナミクスレンジ、そして4Kを超える解像度が生み出す次世代の規格が新しい世界を作り出すこととなった。
ナイトショットにおけるドライブシーン。てんこ盛りの撮影内容だ
ザッツハリウッドという言い方も陳腐ではあるが…フィルムではないかと思ってしまう質感と、最新技術が描く高解像度の世界こそがVENICEが作り出す次世代の映像だ。THE DIGは10分という短い時間の中であっというまに見るものを感情移入させてしまうだけの画力があると、誰もが感じることだろう。
Sonyが作り出すデジタルシネマの新しい世界
X-OCNで実現する16ビットシーンリニアの無限の可能性
VENICEとR7レコーダーはほぼ一体として使うことになる。X-OCNの実力が発揮されるところだ
そしてもう一つ忘れてはならないのが、VENICEの収録フォーマットだ。カメラ内部ではSxSによるXAVC記録が可能なのだか、F55から継承されるRAWレコーダーのR7をリアモジュールとして接続させることができる。そうすると16ビットシーンリニアであるRAWと同等のコーデック、X-OCNで記録が可能だ。ハリウッドのチームもTHE DIGを全てX-OCNで撮影し、グレーディングへと持ち込んだ。DITのアレックスも何度も口にしていたが、S-Gamut3.cine/S-Log3の画をX-OCNで捉えると、どんな色でも自由に編集できるというのがすごい点だ。ProRes 422HQコーデックよりも軽いビットレートでこの技術仕様を実現しているX-OCNはまさに次世代のフォーマットともいえるだろう。
RAW Viewerの画面。X-OCNの全てをコントロールして現像が可能※画像をクリックすると拡大します
実際にSonyが無料で配布しているRAW Viewerのβ版を使って、X-OCNの素材を見てみたい。森で撮影したワンカットだが、X-Yの色度図で色を確認するとその表現能力に驚かされる。スキントーン部分の情報がこぼれんばかりだ。色の情報が16ビットで手にできるということは、無限のカラーグレーディングの可能性につながる。これがVENICEのセンサーが捉える映像となると、胸が高まるばかりだ。
撮影からのワンカット。LUTをかけずにS-Gamut3.cine/S-Log3の画※画像をクリックすると拡大します
そのX-Y色度図。その情報量は素晴らしい
S709という新しいLUTも制作中
そして現在Sonyはこのβ版で新しい709LUTを作成している。それがS709というLUTだ。これは更にシネマの色味を意識して作られているLUTで、一発で「おおお!」と思えるような色を作り出してくれる。従来青みが強く、パっきりくっきりのSonyのビデオ画質という印象を強く持つ人も多いとは思うが、このS709のトーンはその真逆を行くシネマに振り切った色味で人々の共感を得ていくことになるだろう。
先ほどの画にS709を充てると※画像をクリックすると拡大します S709を充てる前と充てた後の画。空とススキの色味は、もはやフィルムとしか思えないような質感へと導いてくれる
※画像をクリックすると拡大します
DaVinci ResolveやAdobe Premiere Proでも扱えるX-OCNはいよいよその存在感を増してきている。16ビットシーンリニアという最高のスペックと驚くほど軽快に動かせる機動力は今まで類を見ないもので、これからのデジタルシネマを支えるのは「ポストにおける現実的でかつ豊富な選択肢」といえるだろう。なかなかの重労働を強いられるRAWのワークフローに比べ、X-OCNは場合によってはプロキシを作る必要もないほど動作が軽い。ハリウッドにおいても効率化というキーワードは共通のものだからこそ、このX-OCNに大きな注目が集まっているのだ。
総括
SonyはF65というスーパーハイエンドのカメラを作り、ハリウッドのカメラ市場を切り開いていこうとした。ところがあまりにもそのスペックが現場と乖離しすぎていて、なかなか受け入れられないといったことがあった。映画の配給や劇場のシアターシステムまでも持ち合わせるSonyにとって、これからのデジタルシネマカメラにおいてもその名前を築き上げたいという思いが強い。
一貫してSonyブランドを軸とした、シネマエンターテインメントが作られていくことになれば素晴らしいことだ。来春、発売になるVENICEにはそういった想いがぎっしりと詰まっている。劇場で、このカメラで撮影された大作を鑑賞できる日も、近いはずだ。
txt:江夏由洋 構成:編集部