txt:加藤薫(博報堂DYメディアパートナーズ) 構成:編集部
モバイル向けストリーミングサービス「Quibi」とは?
生活を変えるテクノロジーのショーケースとして世界中から注目を集めるCES。今年は会場のあちこちで、「NEXT DECADE=次の10年」という言葉が繰り返し語られ、2020年代ならではの大きな潮流を生み出すべく、様々な領域において新しいコンセプトやサービスの発表が次々となされた。
エンターテインメントの領域でも、現地の来場者の中で大きく話題を集めたサービスがある。「Quibi」というモバイル向けのストリーミングサービスだ。2020年4月のローンチに向け、昨年後半から徐々に情報開示されてきたが、今回のCESでは、創業者のJeffrey Katzenberg氏とCEOのMeg Whitman氏の両氏が登壇した基調講演が行われ、これまで謎めいていたサービスの内容が明らかになった。
モバイル向けの動画配信サービスと聞くと、米国では「GO90」という先行サービスが思い出される。ベライゾンが2015年に鳴り物入りではじめたOTTサービスで、ティーンがスマートフォンを90°回転させ、横向きで動画を専念視聴することを期待したネーミングと、プレミアムコンテンツ獲得のための多額の調達費用が話題となったが、ユーザーに視聴習慣が根付かず、残念ながら2018年にサービス終了となった。このときに多数のコンテンツを「GO90」向けに提供していたAwesomenessTVのトップを務めていたのが、Jeffrey Katzenberg氏だ。
Katzenberg氏にとって、今回の「Quibi」は、モバイル向けストリーミングサービスの二度目の挑戦ともいえる。長らくハリウッドを中心に、コンテンツ制作に取り組んできたKatzenberg氏が、「Quibi」でタッグを組んだのが、Meg Whitman氏。eBayやHewlett-Packardの経営者として知られる。トップの2人の経歴から、「ハリウッドとシリコンバレーがタッグを組んだ」と言われる「Quibi」のサービスとは、いったいどのようなものなのだろうか。
彼らは「Quibi」を、「まったく新しいモバイル専用のストリーミングサービス」として位置付けている。過去のメディアの歴史において、ラジオの次にテレビがうまれる流れになった際、はじめはラジオのフォーマットを踏襲していたが、のちにテレビならではのコンテンツフォーマットが確立したことを引き合いに出し、従来の動画ストリーミングサービスは、テレビのフォーマットの延長線上に過ぎなかった。いまこそモバイルならではのフォーマットを生み出すべきで、その答えが「Quibi」なのだ、と語っている。
ちなみにQuibiとは、Quick Bites(軽食)の略であり、スマホ用のショートコンテンツの意である。提供されるコンテツは、当然短い尺になる。
「Quibi」のユニークな点は、「ターンスタイル」と呼ばれる、スマートフォンの縦と横の画角を自由に切り替えてコンテンツを楽しむことができる映像フォーマットにある。縦型を「ポートレートビデオ」、横型を「ランドスケープビデオ」とし、すべてのコンテンツが「ターンスタイル」に対応している。撮影用に、スマートフォンを3台コネクトさせた独自の機材を開発し、制作者が見せたい映像を縦でも横でも成立するように提供することができる。
同じ内容の映像を縦でも横でも見れる、というのは、実はそれだけでは大した差別化ポイントにはならない。筆者が面白さを感じたのは、基調講演中のデモで、縦型にした際に「デバイスが電話/スマートフォンであること」を意識した映像演出が行われていた点だ。登場人物がFaceTimeで話している通話画面が、自分のスマートフォンで再生されていたら、まるで自分自身が話をしているかのような錯覚に陥るだろう。また、映像内で、登場人物がSNSをチェックする際は、アプリ画面がスマートフォンいっぱいに表示され、これまた自分のアカウントのように感じられるはずだ。
スマートフォンが単なる映像再生デバイスというだけでなく、様々なアプリケーションを内包しているからこそ、その機能をストーリーテリングにからめることによって、映像のもつリアリティが増し、オーディエンスはより一層、物語に没入することだろう。あたかも、自分のデバイスで起こっている事件かのように。そういう意味において、「Quibi」は、短尺の高クオリティの映像視聴のみならず、スマートフォンという装置をフルに活かしたエンタテインメント体験の提供を目指しているといえるだろう。
ゲームの世界では、10年ほど前に“Alternate Reality Game“という代替現実ゲームの概念が注目されたことがあった。ゲームの中に表示された電話番号に、現実世界で実際にかけると繋がり通話ができてしまう、などといった、オンライン/オフラインの世界にまたがってちりばめられたヒントがストーリーの進行につながる仕掛けが当時のユーザーの熱狂を集めた。「Quibi」をスマートフォンという装置を舞台にしたエンターテインメント体験と考えると、ミステリー、サスペンスと言ったジャンルのゲームのストーリーテリングの発想とは、非常に相性が良さそうだ。
「Quibi」は作り込んだドラマ以外にも、ドキュメンタリー、ファッション、トラベル、スポーツ、ニュースなど、様々なコンテンツを用意しており、現時点で175タイトル、8500エピソードが用意されているという。グローバルでのローンチについては明らかにしていないが、日本の映像制作者たちもすでに「Quibi」でどんな企画がありえそうか、検討に入っているという話も聞こえてきている。2020年代ならではのエンターテインメント・プラットフォームとして育っていくかどうか、今春からの動きを注目していきたい。
txt:加藤薫(博報堂DYメディアパートナーズ) 構成:編集部