txt:石田記理(IMAGICA Lab.) 構成:編集部
ポストプロダクション(映画編)
今回ポストプロダクション(映画編)の映像基礎講座として、寄稿させていただきます。
「映画編」としましたが、「ドラマを作る」という広い意味では映画、TV、VODは近しい関係にあり、ポストプロダクションでもほぼ同じ工程を流れていきます。「出力媒体の仕様によって、違いはある」のですが、本稿では細かく区別することなく進めていきます。
作品を川の流れに喩えていいますと、企画(プリプロダクション)が源泉、プロダションが上流、ポストプダクションが下流となり、その広がりのように多種多様な仕上げ方法があります。自宅で行うのも、スタジオで行うのも「仕上げ」に変わりがありませんが、今回はスタジオを使用することを前提に話を進めさていただきます。一般的なポストプロダクション業務について触れていきますが、どこかで私が所属する「IMAGICA Lab.の場合」となり得ること、予めご容赦下さい。
そもそもポスプロスタジオって?
ポストプロダクションとは、同特集で紹介した通り、作品の「仕上げ」工程となります。
画を繋ぐ編集、色彩を調整するグレーディング、音を最終MIXするダビング、それらを行うための専用の部屋が必要で、その環境が整っているのが「ポスプロスタジオ」です。また、「ポスプロスタジオ」は、それら全ての作業工程を合わせて最終的なマスターチェックを行う場でもあり、「その作業及びチェックができる環境を提供する」という責務を負っています。
■特別な部屋とは
ここまで書くと、ポスプロスタジオというものは、さぞかし特殊な機材で環境を作り出していると思われがちですが、そうではありません。実際に使用している機材や部屋の環境作りには高価なものも使用されますが、それらは「国際規格」を再現し、安定したサービスを提供するためには欠かせない要件なのです。映写、モニター、音響、それぞれの国際規格を守ることは「特別」ではなく、「標準・基準」の環境を整えている、ことになります。
■主観と客観
前段では機材・規格について話をしましたが、作品を作るのはクリエイターであり、最終判断は「人の感覚」つまり「主観」と言えます。ただ、この主観も作業環境が安定していないと環境が悪いのか?主観がぶれているのか?わからなくなり、判断力が鈍ってきてしまいます。このクリエイターの主観を支えるためにも、規格を遵守し、機材を定期的に計測し、数値化した客観データを維持することで「同じものが、いつきても同じに見える、同じに聞こえる」という環境を提供できる。それこそが、ポスプロスタジオにとってクリエイターに寄り添う絶対条件と考えます。
ポストプロダクションの始まりはどこなのか
ポストプロダクションは映像制作において仕上げ工程になりますが、そのスタートはどこでしょうか?本当に仕上げ工程から参加するのでしょうか?いいえ違います。
ポスプロ作業の内容は、映画・TVドラマ・VODなど、その作品の出力媒体によって仕様・納品物が変わります。その仕様はプロダクション中の機材やデータの管理方法にも及び、結果として全体の予算にも関係します。それ故に、ポストプロダクションのスタートは、「作品の出力先が決まる、プリプロダクションから」とも言えるのです。
■ポストプロダクションスーパーバイザー
作品の出力先や納品仕様の多様化、映像制作機材の多様化は、そのままポストプロダクションの作業の多様化に繋がります。これらを全てまとめ、必要なスタッフィングから、納品までの工程・進捗管理を行うスタッフを「ポストプロダクションスーパーバイザー」といい、海外ではすでに専門職としてプリプロダクションの段階から作品づくりに参加しています。現在、日本ではプロダクションのラインプロデューサーと、ポスプロスタジオのコーディネーターが協力してこの役割を担っていますが、「ポストプロダクションスーパーバイザー」を専門職としたスタッフがこれから多く出でくるのではないでしょうか。
■実際のポスプロ作業
プロダクションのスタートに合わせて最初に行うことは、「ワークフローとルールの作成」になります。撮影から仕上げまでを1人で行う作品では不要かもしれませんが、多くのプロスタッフが関わる作品づくりではそうはいきません。台本やイメージボードが作品にかかわる全スタッフの共有手段とするならば、撮影から完パケマスターまでに、それぞれのパートでどういう作業を行い、どのように次工程に受け渡すのか?それを可視化したものが「ワークフロー」であり、各パートをまたいでデータを受け渡すための「ルール」が必要になります。
主に、ワークフローでは、作業の流れに沿って以下のことを確認し、決めていきます。これらをクランクイン前に行うことで、スムーズに作業を行うことができます。
- 撮影機材の情報、解像度・フレームレート・RAWデータ等 収録データに関する事項
- DIT/データマネージャの情報、データバックアップ、オフラインメディアに関する事項
- 録音データの受け渡し
- オフライン編集機材、データの受け渡し
- VFXの有無、素材出し
- データコンフォーム/オンライン編集
- グレーディングについて
- ダビング/MIX
- それぞれのパートから受け渡すデータの形式、命名に関するルール
ここからは、ワークフローに沿って撮影後の工程を説明していきます。全ての工程が、それだけでひとつの記事になりえる内容ですが、基本編として簡潔に触れていきます。
01.データオフロード(バックアップ)
DIT(デジタルイメージングテクニシャン)と呼ばれる、撮影データのハンドリングのスペシャリストや、データマネージャー・データローダーとよばれるスタッフが、撮影部より撮影データの入った記録メディアを受け取ります。この記録メディアから、HDDなど最低2つバックアップメディアにデータオフロード(バックアップ)を行います。その際、必ずオフロード用のソフトを使用してMD5などのチェックサムをとり、記録メディアとバックアップメディアの整合性を確認します。
02.オフラインメディアの作成
バックアップされたデータから、編集用の軽いデータを作成します。例えば、Avid Media Composerを使用するのであればDNxHD 80、Adoobe Premiere ProではProRes 422 LTなどにコーデック変換するのが一般的です。オフラインメディア作成の際は、ワークフローの打ち合わせにて決めたルールにあわせメタデータを管理し、撮影部から指示されたLUTをあててルックをつくり、撮影部の意図した色調に補正して編集部に渡します。
03.QC(クオリティコントロール)
オフラインメディアを目視でチェックします。データに破損、ノイズはないか?撮影時に意図していない写りもの(バレ物)がないか?何かトラブルがあれば、撮影部の方にフィードバックすることで、早めに対策をとることができます。
04.オフライン編集
映像をつないで物語を作る、それがオフライン編集です。監督をはじめ、スタッフの思いのこもった画を1カット1カット吟味し組み上げていく、「物語を繋ぐ」という作品全体の最も大きな部分の一つの作業になり、編集工程の始まりになります。
撮影データは大きく、PCへの負荷が大きいため、オフライン編集では複製した軽いデータを使用します。物語を繋ぐことは短時間ではできず、プロダクション業務と同時にオフライン編集もスタートします。撮影あがりの画を編集し続け、監督の立会いにより本格的に作業を追い込んでいきます。このオフライン編集は、監督や作品にかかわるスタッフが何度も何度も時間をかけて画の繋がりをみることになります。
作品や仕上げの色調イメージが、このオフライン編集で作られることにもなるので、前工程のオフラインメディアをしっかり作ることが、撮影の意図をより正確に反映させることにもなります。また、編集部のモニター環境も整えるなど、クリエイターを支える環境というのはここでも大事になります。
05.VFX(視覚効果)
現在、VFXのない作品はほとんどないです。存在しないクリーチャーから、ちょっとした消し物まで、その処理範囲は広く、効果は絶大です。撮影中に、VFX作業に必要な素材の確認や、作業の実現度(やる?やらない?)について話し合います。仮の合成カットを編集部に渡し、カット尺、イメージを確定させつつ本作業を行います。
06.データコンフォーム
オフライン編集で繋いだ画を、複製の軽いデータから撮影データに置き換え、本データでオフライン編集の再現すること、これをデータコンフォームといい、次工程のオンライン編集の一部にもあたります。オーバーラップ(OL)や可変フレームなど、同じデータでも再現が異なるため注意が必要で、コンフォーム後のデータは編集部と一緒に画の繋ぎを確認します。
07.オンライン編集
オンライン編集とは、本番データを使用してオフライン編集を再現し、作品の効果を上げるためのエフェクトやタイトルワークなどを通じ、監督やスタッフ皆さんのイメージを具現化するクリエイティブワークで、画のマスターデータを作る最終作業になります。
オンライン編集は、本データを使用してCG作成以外のVFX作業も可能なため、VFXパートを立てずオンライン編集のみで終了する作品もあるぐらい多彩な処理が可能です。放送用のマスター作成の際は、ハーディングという輝度明滅を計測し、放送基準に適合するよう調整も行います。
08.グレーディング(カラーコレクション)
グレーディングとは、作品の色、明るさ、コントラストを調整する作業です。読者の皆様も、スマホで撮影した写真、動画をスマホ内で調整したことがあるのではないでしょうか?代表的なソフトとしてDaVinci Resolveが挙げられ、無償版は入手しやすく学生や個人的な趣味として使用される方も多くなってきました。世界中のポストプロダクションスタジオでも、DaVinci Resolveなどが使用されており、このグレーディング作業は、出力される媒体の環境に合わせて作業を行っていきます。
映画であれば劇場と同じプロジェクターを使用してスクリーンに投影し、TVであればTVの規格に合わせたマスターモニターで作業を行います。やはり「同じ環境で見る」のはとても大事なことで、視聴者の皆さんに近い形(とはいっても規格を守っているのですが)にて作業をすることで、監督やスタッフの皆さんが届けたい画を作り上げていくことができます。TVドラマや、Blu-ray、DVDなどのパッケージディスク用グレーディングでは、作業する部屋の明るさにも気をつけ、マスターモニターの他に、民生機のTVを標準設定にして見ることで、家庭での見え方の参考にします。
作業の時間は、完成尺2時間程の映画で30~40時間くらい、完成尺1時間程のTVドラマであれば5~6時間くらいの時間をかけて作業することが多いです。
09.納品物の作成
マスターデータが出来上がると、それから納品物を作成し、劇場などに届けていきます。映画の場合はDCP(デジタルシネマパッケージ)を作成し、試写室でチェック!これが「初号」と呼ばれるもので、作品にかかわる全てのパートの集大成で、最も緊張する瞬間です。
無事OKとなったDCPデータは暗号化された上でHDDにコピーされ、全国の劇場に運ばれます。TVやVODも指定の納品メディアに入れて納品し、放送・配信されていきます。上映・放送・配信の他に、保存用としての納品物もあり、それらを作成し無事納品を迎えてポストプロダクションの作業は完了となります。
ポストプロダクション全工程にかかる時間は、作品規模や内容にもよりますが、TVドラマなどでも数ヶ月、映画やVODですとプロダクション(クランクイン)から1年以上に渡る作品もあります。プリプロダクションからの参加であれば、いかに長く関わっているかお分かりいただけるかと思います。
以上、ポストプロダクション「映画編」について書かせていただきました。
作品の数、出力先の数に応じて様々なやり方がありますし、各作業に関しても伝えたいことの半分も伝えられていません。徐々に作品が完成していくポストプロダクションの作業は広く、深く、とても魅力的です。読んでいただいた皆さんにも、少しでも伝わり、興味を持ってもらえれば幸いです。
最後に
IMAGICA Lab.では、新たなサービスとして、オンライン試写サービス「Framboise(フランボワーズ)」を開発し、2020年7月より映画宣伝用マスコミ試写向けに運用を開始しました。Framboiseは、新型コロナウイルスの影響により今後上映される作品の劇場での試写会等、映画宣伝活動に多くの制約の発生が予想される中、オンライン上で安全かつ最適な環境で視聴いただけるサービスです。すでに多くの映画宣伝用マスコミ試写向けサービスとして利用されており、さらに幅広いメディアの方よりお問い合わせをいただいています。
IMAGICA Lab.では今後も、ポストプロダクションの立場から、クリエイターの皆様の映像制作をサポートし続け、新たな映像表現を追及していきたいと思います。
石田記理
1995年:株式会社IMAGICA(現:IMAGICA Lab.)入社。フィルムの色彩調整部門「タイミング」に所属し、映画を中心に多くの作品の仕上げに携わる。
2008年:総合品質保証に所属し、フィルムに関連する事業の工程管理、マニュアル化、新規現像機の立ち上げを担当し、製品品質の維持向上に努める。
2011年:デジタルシネマカメラの隆盛等、ポスプロ作業の多様化に伴い、作品のWF作成とポスプロ内作業の品質管理を行う「テクニカルディレクター」として活動開始。映画、ドラマ、アニメ、VOD、展示映像など、ジャンルを問わず多くの映像作品に参加、現在に至る。
txt:石田記理(IMAGICA Lab.) 構成:編集部