txt:大塚勇樹(IMAGICA Lab.) 構成:編集部
CMのポストプロダクションとは
CMポストプロダクションの特徴としては、まず短納期であることが挙げられる。もちろんCM制作において企画から仕上げまで数か月を要する場合もあるが、ことポストプロダクションの期間に限ると、数週間から数日で仕上げる案件も少なくない。
また、一本のCMを制作するにあたり、関わる組織やスタッフも多様である。広告主(クライアント)から広告会社(広告代理店)に発注し、広告会社から制作会社(プロダクション)、制作会社から映像制作スタッフやポストプロダクションへ発注することが一般的だ。クライアント、広告会社、監督、カメラマン、タレント事務所など、様々な視点から作品への要望が寄せられる。そのためポストプロダクションの作業者は、監督やカメラマンの狙いを尊重しつつも、同時にクライアントや広告会社の要望・狙いなども意識した制作の姿勢が要求される。
日本ではクライアントをポストプロダクションの編集室に招き試写をする方法が一般的な慣習であり、修正があった場合の即時の対応力や、クライアントや広告会社との適切なコミュニケーションをとることも作業者に必要とされる。
また、制作会社がポストプロダクションを選ぶ基準のひとつとして、監督、カメラマンが特定のスタッフを指名するときは、そのスタッフが在籍するポストプロダクションを選ぶのが通例である。昨今では各工程でフリーランスのスタッフも増えており、自宅に編集環境を構築していることも珍しくない。
技術的な側面では、撮影時の商品撮りの技術のように、ポストプロダクションの各工程において商品や出演者を魅力的に見せるための様々なトーン&マナーが存在している。そうした表現方法や技術を駆使し高品質な映像を作ることこそ、ポストプロダクションに求められている仕事といえるだろう。
同時に、納品規定に合致した原版を仕上げるという、技術的な責任の担保も重要な仕事である。特にCMにおいては、日本民間放送連盟の定める明確な入稿規定が存在しており、その規定から外れた状態で納品した場合、放送局に受け入れられないこともありうる。リカバリーが出来ない場合、CM放送枠に穴をあけてしまうことになり、場合によってはクライアントにとっての広告機会損失という大きな損害を与えてしまう可能性があるなど、重大な責任を請け負っている。
CMポストプロダクションのワークフロー一例とは
さてCMのポストプロダクションのワークフローは、撮影の後にオフライン編集に入り、その後カラーグレーディング、CG制作やオンライン編集を行い、MAを行う流れが一般的である。以下、各工程に関して解説していく。
オフライン編集
CMのオフライン編集は、別名「仮編集」と呼ばれ、撮影素材を、企画段階で作成された画コンテを基準にしてCM尺(15秒や30秒等)に編集する作業であり、基本的には撮影の次の工程であることが多い。多くの場合、仕込み作業を1日~数日間作業し、クライアントと広告会社立ち合いの試写を1日行う。撮影の際、現場に機材を持ち込み編集することも少なくない。オフライン編集は扱うデータが比較的軽いこともあり、最近ではMacBook Pro等のモバイルPCを使い、編集室ではなく会議室等でも作業を完遂することが増えている。
CMのオフラインエディターは、カット編集の技術とセンスが要求されることはもちろん、後述するオンライン編集の技術が一部要求されることもある。監督のイメージ通り、もしくはそれ以上のクオリティのカット編集を行うことが第一義であるが、注釈やタイトル、ロゴやSE(効果音)、仮のナレーションなどを入れ、仮編集とはいえ最終形に近いイメージを作り上げることもオフラインエディターの重要な仕事である。その過程で簡易的な合成やモーショングラフィックスなど、オンライン編集の技術を駆使することもある。
オフライン編集後に書き出すEDLファイル※1やOMFファイル※2等の各種データは、その後のフローを円滑に進めるにあたり非常に重要なデータである。そうしたデータを書き出すための秩序だった編集プロジェクトの作成もオフラインエディターの重要な仕事だ。オフライン編集を行う際、プロジェクト構成用の各種データが整備されないままデータを書き出してしまうことで、後の工程においてオフライン編集結果が再現できず、大きくロス時間を与えてしまうケースもある。
※1.EDL(Edit Decision List)
編集されたタイムライン上の編集情報を、異なるアプリケーションで共有可能にするファイルフォーマットのひとつ。EDLは実際の動画ファイルを含まず、シーケンス上のタイムコード順列で、編集された情報だけを記録したテキストファイルである。拡張子は.「.edl」が使用される。EDLは、CM制作に現場においては、カラーグレーディングとオンライン編集で使用されることを想定して書き出される
※2.OMF(Open Media Framework Interchange)
Avid社が開発した異なるDAWシステムやビデオ編集システム間でオーディオ情報を共有するためのファイルフォーマット。拡張子は「.omf」が使用される。OMFはMAで使用することを想定して書き出される
アプリケーションに関してはAvid Media ComposerもしくはAdobe Premiere Proを使用するエディターが多い。最近では監督自らオフライン編集を行うケースも珍しくなく、制作部もPCにアプリケーションをインストールし、相応の知識を持ち合わせているスタッフも多い。
カラーグレーディング
CMのカラーグレーディングは、作品の企画意図、そして監督とカメラマンが撮影現場で作成した全体的なトーンを基に、専用のグレーディングルームにて詳細な色調整を行い作品の軸となるトーンを作り上げる作業である。これはオフラインの確定後、オンライン編集の前に行うことが多い。カメラマンとカラリストを中心に、照明部などの撮影スタッフと監督、制作部が立ち合いの上、半日から一日かけて行われることが一般的だ。オフラインやオンラインと異なり、クライアントや代理店が立ち会うことはあまりない。
カラリストは、商品のいわゆる"シズル感"や出演者の肌の質感など、扱うものによりトーン&マナーがあることも多い。これらの要素は、カラーグレーディングでベースを作り、必要に応じてオンライン編集にてフレーム単位の調整を行い最終形へ仕上げていく。
カラーグレーディングで使用されるアプリケーションはDaVinci Resolveが一般的である。DaVinci Resolveは比較的安価なアプリケーションであり、無償版も存在するなど、Adobe製品と並び、プロでなくとも使用できるアプリケーションである。
一方でプロのカラリストの持つ色彩感覚や、光学・色の専門的知識、センス、経験値を基にした、数値やデータを駆使したカラーマネジメント技術などの価値は、依然として高いものである。予算などの兼ね合いにより、カラリストによるグレーディングをせずに仕上げることもあるが、CMのように高いクオリティが求められる作品の場合、カラリストによるカラーグレーディングは必須と言っていいだろう。
現在はデータ撮影が主流ではあるものの、フィルムでの撮影が現在も一定数継続的に行われていることもCMの大きな特徴である。フィルム撮影後現像処理し、それをスキャニングしてデジタイズし、そのデータにカラーグレーディング作業を行うことが一般的だ。当社(IMAGICA Lab.)のスタッフは、フィルムがもつ豊かで独特のトーンを最大限引き出す知識と技術を身に付けている。
[Film Shooting Rhapsody]
オンライン編集
オンライン編集は作品を仕上げる画作りの最終工程であり、別名「本編集」と呼ばれる。通常はグレーディングの後、DaVinci Resolve等から書き出したDPXファイルに対して行う。多くの場合、数日間仕込み、一日試写をする工程で行われる。容量の大きいデータを扱うため、PCのスペックやサーバーなど、作業環境が整備されている必要がある。
CMは尺が短い一方で、ワンカットに対して要求するクオリティが高い。オンライン編集を行う作業者をコンポジターと呼ぶが、コンポジターの仕事は要求されたクオリティをフレーム単位で実現させることである。作業内容は多岐に渡るが、例えば、クロマキー合成などの各種合成作業、CG素材のコンポジット作業、出演者/商品のレタッチ作業、画面に必要のないものを消し込む消し作業などがある。作品によってはワンカットのレイヤー数が数十レイヤーになることもある。
また搬入基準(前述の「テレビCM素材搬入基準」)に合致した完成原版を作り上げることもコンポジターの重要な仕事である。素材をO.A.フォーマットに組み上げることや、タイトル安全の確認、また映像に不要なノイズ等が乗っていないかといったクオリティ管理も行う。
オンライン編集で使用されるアプリケーションはAutodesk Flameが一般的だ。前述の通り日本では編集室にクライアントを招き、指摘があればその場で修正する方法が主流だが、機能面でそのワークフローに適合しつつ高度なコンポジット作業が実現可能なソフトがFlameであると考えられている。一方最近では作品の内容によっては、Flameは使用せずAdobe After Effects/Premiere Proを使用してオンライン編集を完遂する場合もある。
CMは納期が短くスケジュールも変動しやすいが、納品日はしっかりと決まっている場合が多く、オンラインの内容に関わらず短期間で仕上げる場合が多い。またオンライン編集の内容も開始直前、もしくは開始後に確定することも多い。さらにオンライン編集までの工程で回収されていない懸案事項は全てオンライン編集時に回収せねばならない。
そういった複合的な要素から余裕を持ったスケジュールを立てられず作業が長時間化してしまうことも少なくない。オンラインエディターは長時間にも及ぶ作業を改善するために、制作部や監督と密接に連携し、早い段階でオンラインのワークフローを構築していく姿勢が求められていくであろう。
当社ではコスト・コントロールや上記作業の効率化のため、立ち合いの編集室の他に、バックヤードでオンライン編集をすることが可能な「BOX」という施設を備えている。短納期に対応するために複数マシンを同時稼働するケースも多い。
また、当社ではコンポジターとは別に、VFXテクニカル・プロデューサーが在籍している。そうしたスタッフが効率的なワークフローを構築し、オンライン編集を包括的に管理することで効率的かつスムーズなフロー提案を行っている。
CG
オンラインチームとCGチームがひとつのVFXチームとして参加する映画制作の現場と異なり、CMのCG制作は専門の独立したチーム、もしくはCG会社が単独でCG制作を担当することが主流である。CMのCGは現実には存在しない物の表現はもちろん、商品のCGでの再現、効能の演出、季節や天候の表現、タイトルアニメーションの作成、企業ロゴの作成など、様々な場面で活用される。商品のCGの場合、クライアントが商品開発に使用したCGデータ(CADデータなど)を借りられる場合があり、その場合は作業時間を短縮できる。
作成したCG素材は、監督やクライアントの承認が済んだ状態でオンラインに引き渡し作業を進めていくフローが一般的であるが、その際にオンラインチームとCGチームが適切なコミュニケーションを取ることもCG制作において重要な要素である。CGをどういった状態でオンラインチームに渡すのか、実写とのコンポジットに関して、どこまでをCGチームが作業し、どこまでをオンラインチームが作業するのかなど、制作全体の進行状況や、試写の環境を考慮し、相談し進めていく必要がある。
MA
CMのMA作業は、MAルームにて撮影現場での同時録音素材(セリフや環境音)、SE(効果音)、音楽、ナレーションなどの音素材を整音し、最終形の音(ミックス)へ仕上げていく工程だ。オンライン試写と同じ日に半日から一日かけて作業することが一般的である。
CMの場合、MAの作業者はミキサーと呼ばれ、撮影現場に帯同し同時録音を行うこともあれば、SEを自ら制作することもあるが、特にSEと音楽はそれぞれ異なる専門スタッフが作成する場合が一般的である。MA室で行うナレーション収録は、商品や企業を宣伝するコピーに直接的に関わることも多いため、CMにとって重要な要素であり、クライアントや広告会社立ち合いの上で収録することも多い。そういった環境下で監督の意図を汲み、ナレーターに適切な指示を出しディレクションすることも、ミキサーの重要な役割である。またオンライン編集同様、音の領域で納品規定に合致した原版として仕上げることもミキサーの重要な仕事である。
MAで使用されるアプリケーションはPro ToolsもしくはNuendoである。映画やテレビ番組ではPro Toolsが主流だが、CMの世界ではNuendoを使用するミキサーもいる。
納品
放送局への納品は従来のHDCAMによるテープ納品から、オンラインでのファイル納品(オンライン送稿)へと移行しており、今がまさにその移行の過渡期である。2021年3月には地上波の全ての放送局が従来のHDCAMの搬入受け入れを終了する予定であり、当社ではグループ会社のフォトロンと連携し「CM.HARBOR」というオンライン送稿システムを運用している。
他方で最近は、CM用に作成されたコンテンツを各種Webメディアへ出稿するケースも多く、映像ファイルの納品形態は多岐に渡る。メディア毎に納品形態が異なり、制作部が自らエンコード(変換)対応可能な場合もあれば、映像ファイルの専門的な知識や技術が必要とされる場合もある。当社ではエンコード専門のスタッフによる納品ファイルの作成を行っている。入稿規定書に則り、間違いのない納品ファイルを作成することもポストプロダクションに求められている役割である。
今後のCMポストプロダクションの役割
CMのポストプロダクションは、デジタル化に伴い、実際の映像制作からその後の映像資産の管理運用まで、多方面で変化しつつある。
今後、原版のメディアが従来のHDCAM-SRからファイルとなっていくことが想定されるが、ファイルでの原版/素材管理方法は課題の一つである。また過去のテープ原版を保管運用する場合、テープからファイルにデジタイズする必要があり、そのファイルも同様に管理していかなければならない。こうしたファイルを効率的に保管/運用していくためのシステム構築がポストプロダクションに求められている。当社ではコンテンツ管理システム「TASKEE」の開発を行うなど、各媒体に即したコンテンツ管理のシステム構築に取り組んでいる。
映像制作の現場ではコロナウイルスによる感染症拡大を契機に、リモートでの試写技術が取り入れられており、編集室での立ち合い試写という従来の方法も見直され始めている。
CMのポストプロダクションは、オフラインからグレーディング、オンラインと、編集室や各スタッフが独立したタスクとして作業進行する形態が一般的である。しかし、納品形態の多様化や編集アプリケーションの進化により、制作方法の選択肢が増え、多様なワークフローが生まれている。ポストプロダクションもそうした多様性に対応できる環境が必要である。
次世代ポストプロダクションのカタチを探る
IMAGICA Lab.では様々なワークフローに対応するために、銀座7丁目スタジオに、次世代型の編集室として「SEVEN」という部屋を設立した。この部屋ではオフラインからグレーディング、オンラインに至るまでワンストップで作業を行うことが可能である。Adobe Premiere ProやAfter Effects、DaVinci Resolve等、複数のアプリケーションを導入しており、一つに素材に対して複数のアプリケーションから編集作業を行うことが可能で、素材移動のロス時間がない。
各セクションのエディターやカラリストが入れ替わりに作業することも可能だが、場合によってはエディターとカラリストが同時に作業することもできる。修正などが多い作品の場合にもフレキシブルに対応する。また、全セクションを一名のスタッフが担当することもでき、そうしたワークフローに対応するための人材教育も進めている。
機材やマシンでポストプロダクションが選ばれていた時代は過去のことであるが、作業スタッフが最大限実力を発揮できるよう、これからの制作環境に合わせた設備の整備も進めていく必要があるだろう。
大塚勇樹
2015年早稲田大学文学部映像演劇専修卒。同年、株式会社IMAGICA(現:IMAGICA Lab.)へ入社し、CM部門に配属。営業として多くのCM制作のポストプロダクション業務に携わる。
txt:大塚勇樹(IMAGICA Lab.) 構成:編集部