txt:石川幸宏 構成:編集部

ARRI祭で行われたトークショーやワークショップでは、普段あまりお目に掛かれない撮影監督自らの作品解説や機材操作を間近で見られる絶好の機会となった。

今回のメインゲストの一人である河津太郎氏は、「キングダム」「今際の国のアリス」といった最近のメジャー作品でARRIのカメラを使用している。

特に「今際の国のアリス」は、ALEXA LF/Mini LFで撮影されており、これをモチーフにARRIラージセンサーカメラの撮影の実感などがトークショーでも紹介された。今回のARRI祭に関しての感想、ARRIのカメラへの思いなどを、イベント最終日に河津太郎氏に伺ってみた。

河津太郎(かわづたろう):撮影監督
1969年生まれ、東京都出身。武蔵野美術大学在学中より、映画監督の佐藤信介氏とともにAngle Picturesを設立。2001年の「LOVE SONG」以降、佐藤信介監督作品を中心に、独自の撮影監督スタイルで映画撮影に挑む。代表作は「隣人13号」(2005、井上靖雄監督)「日本沈没」(2006、樋口真嗣監督)ほか、佐藤信介監督作品の「GANTZ」(2011)「図書館戦争」(2013)「アイアムアヒーロー」(2016)「去年の冬、きみと別れ」(2018、瀧本智行監督)など多数。2019年公開の「キングダム」では、第43回日本アカデミー賞最優秀撮影賞を受賞。2020年12月公開のNetflix作品「今際の国のアリス」は、2021年1月時点で、世界の世帯視聴者数1800万人を超え、日本作品としては大ヒット作となっている。

ARRI祭の感想

本当に関係者のみなさん3日間お疲れ様でしたと言いたいです。初日はどうなることかと思いましたが、開けてみれば盛況で、無事に終わってよかったです。こういう経験は初めてでしたし、私はこれまでこの世界でずっと一匹狼的にやってきたので、他の映画関係者や撮影監督、カメラマンの方との横の交流はほとんどありませんでした。

私はJSC(日本映画撮影監督協会)にも加入していませんし、今までの現場で付いていただいた助手さんがその後メジャーになって、そういう方を通じての数少ない交流しかありませんでした。でもJSCにいらっしゃるような、日本を代表する、尊敬する諸先輩方のことはもちろん作品を通じてよく存じ上げていました。

今回、特に浜田毅さん(現JSC理事長)が会場にいらっしゃて、実際お会いできてお話もできて光栄でした。浜田さんは現在の日本の映画撮影界の頂点にいらっしゃるような方ですし、過去の作品の撮影のことを色々お聞きしたり、来場された他の著名なカメラマンの方ともお会いできたりして、本当にいい機会をいただきました。こういうイベントはこれまで私の記憶にもないですね。

2日目のトークショーでは日本の独特な撮影方法を、浮世絵などの版画製作になぞらえて表現

結局どういうやり方で撮影しようとも到達したいところはみんな一緒だと思うのですが、私もなぜ日本の撮影方法が海外と違うのかな?というのをずっと考えていました。日本には(表現の技法として)古来から独特の「輪郭文化」というのがあったと思います。それは欧米と光の捉え方が違うことに由来すると思うのですが、欧米が陰影で捉えるのに対して日本は輪郭から入っているのかなと思ったことがありました。

だから漫画やアニメーションの表現能力が信じられないくらいにものすごく伸びた気がします。浮世絵とかは私も好きで色々と調べていくと、その制作を構成する原画を描く絵師がいて、版の型を抜く彫師がいて、そこに色をのせていく摺師がいる。各部署にそれぞれの匠がいて、それをバトンタッチしていくというプロセスがあるんです。

そこでさらに、絵師が摺師にここは何色で行こうなど、作品完成までの事前のすり合わせがあるんですよね。私は江戸時代のその光景を、実際に見てみたかった。そして海外の人は、そこにオリエンタルの神秘を見たと思うんですよね。

海外ではおそらく一人の独裁的なアーティストに対して日本は複数の職人がつくというやり方なのかと思います。それに対し撮影=絵師、照明=彫師、ポスト(カラーグレーディング)=摺師、というように日本の撮影現場の作り方はこうした伝統芸能に近いやり方で育まれてきたのかなと思いました。私はどちらかというと欧米的というか一人の思考で陰影を作り出すというやり方をしていますが、日本の匠たちが生み出してきた作品は興味が深いことばかりです。

ARRIが現場の人向けのイベントをやることについて

最初にお話を聞いたときに、なぜ京都なんですか?と言ったのですが、本当に京都でよかったなと思います。ARRIのスタッフから最初は京都で始めるべきだという意見を聞いたときに、別に東京でもいいんじゃないかと思いましたが、そこにあったのはやはり映画の文化・伝統ということですよね。

最初に映画用カメラを作ったアウグスト・アーノルトとロベルト・リヒターがリフレックス機構を開発し、映画撮影の文化をこれまで牽引してきた。そのARRIがARRI Japanとして、まず京都にくるというのが、とても腑に落ちる部分があったんです。東京には残念ながら映画の文化や伝統をいまだに感じさせる撮影所というか、そういう原点になるような拠点がだいぶ失われてしまいましたし、保守的ではあっても昔ながらに稼働することはほとんどないですから。

照明を入れたワークショップでは、私はライティングデザインには参加しませんでしたが、最新のOrbiterやSkyPanelもある中で、アークライト(カーボンライト)も久々に見て、おお!って思いました。それをさらっと仕込む杉本(崇)さんも凄かったし、今回参加してくれたよくお願いするDITとかも杉本さん凄いですって感動していましたよ。そうした伝統芸能とも言える京都の撮影技術と、ARRIの最新技術のコラボレーションを京撮(京都撮影所)でやるということが本当に興味深く思いました。

※アークライト/カーボンライト:通称、カミナリ。カーボンの電極に電流を流して、アーク放電により発光させる照明装置。高輝度の点光源で、演色性も優れていることから映画では雷のシーンでよく使用された。しかしアーク放電を生じる場所が空気中であり、煙や音が発生することから、取扱いや環境を選ぶため、近年では、それらの問題のないキセノンランプが使われて来た。最近はARRI SKYPANELなどのコンピュータ制御の高性能LEDランプで実現できる

ARRIやALEXAなどの製品についての印象

初めて日本でALEXAをお披露目した時や、ALEXA 65が日本にきたときの発表会にも参加しましたが、ARRIのイベントでいつも思うのはユーザーに対する姿勢ですね。最初の頃、ARRIの当時の会長さんのビデオメッセージで「何をやりたいか教えてくれ、あなた方がそれを望むなら、我々はそれを全力で作り、そしてサポートします」という言葉を聞いて、とても感動しました。今回のイベントを通じて、それをまた再確認したという感じです。

ALEXAは、ちょっと他のデジタルシネマカメラから間を置いて後発で登場したと記憶しています。その前に本当に初期のREDも使ったことがありますが、最初に色々トラブルもあってあまりいい思い出がなく…(笑)。カメラに罪はないのですけどね。その後バージョンアップを繰り返してすごく良いカメラになっているなと思います。でも、ALEXAを最初に使った時に、やはり映画屋の作ったカメラだなと思いました。

それまでarriflexを映画人と切磋琢磨して作ってきた末の、デジタルってこういうことか!という。そこに積まれているノウハウが全然違いますよね。だからみんな他のメーカーも追従するんだと思いますが、そのノウハウの蓄積っていうのは、一石一丁には行かないものですし、その部分でARRIは絶対的なリードはあります。

他メーカーがいくら最新技術を盛り込んだシネマカメラを出してきても、どこか一線を画しているような気がしてます。我々映画人が欲しているものとは、数字やスペックではない。世界の映画作品とともに蓄積して表現方法なわけで、決して数字だけでは実現できない部分です。今回もそうですが、そこも含めてユーザーに向けて凄くサポートしているARRIの姿勢がすごく好きです。

ARRI祭で得たもの

照明のこととかも少し話してくれと言われて、当初、私なんかが話してもいいのかな?と思いましたが、今回は撮影の山田康介さん(「シン・ゴジラ」等の撮影監督)が一緒に登壇していただけることになり、ワークショップもトークショーも凄く助けてもらいました。山田康介さんとは以前から少し面識はありましたが、そこまで親しくお話ししたこともなかったので、今回のイベントで関係が凄く深まりました。

また先述の浜田毅さんにお会いできたりと、こういう映画の現場の方との交流関係が築けたのが私にとっては今回1番の収穫でした。照明の杉本崇さんはもちろん多くの作品でお名前は知っていましたが、面識もなく、今回の打ち合わせで一度リモートでお話ししただけでした。

でもちょうどこの数週間前に日本アカデミー賞が開催され、杉本さんが「Fukushima 50」で撮影の江原祥二さんとともに、最優秀照明賞を受賞されたんです。その時、私がちょうどプレゼンターで直接、杉本さんにトロフィーをお渡しできる機会があり、そこで実際にお会いすることができました。実はその壇上で表彰の時に杉本さんに「京都でお待ちしてます!」と言われまして。それが凄く嬉しかったです。

そのほかにも、今回TRINITYオペレータで参加された木村太郎さんとも色々お話しできましたし、来場された会田正裕さんも、以前から色々な記事などで存じ上げていて、私と同じ撮影監督方式で似たような感覚で撮っていらっしゃる方だなと思い、ずっとお会いしたかったんです。その会田さんとも初めてお話ができたこともとてもいい機会になりました。

更に照明の中須岳士さん、一度お話をお聞きしたかった同じく照明の宗賢次郎さんにもお会いすることができました。撮影、照明の皆さんが一堂に会するというのも素晴らしい機会だったと思います。本来私はその垣根を取ってしまいたいと考えている方なので。

浜田毅さんが「コロナ禍でみんなに実際に会えなくなったけど、人との繋がりをみんな望んでいたよね」とおっしゃっていました。私はずっと一匹狼で特異なやり方でやってきて、今までそんなもんだろうと思っていましたが、コロナ禍でやはり実際の人との交流がすごく大事なんだ、ということを思い知りました。

昨年の緊急事態宣言以降、みんなそうだと思いますが、やっぱり実際に人に会えると「ああ、やっぱりこうだよね!」と感じたと思うんですよね。ARRI Japanのスタッフもこの時期に人を集めるというのは、とても勇気がいったと思いますが、色々とリスクがあり、感染対策などの制限があってでも、こうやって人が実際に一堂に介するというのは本当に意義のあることで、よくこういう企画を実現してくれたとに感謝しています。私にとってもものすごい収穫でした。

こういうイベントをまた開催できたら良いと思いますし、これはお世辞ではなく、これをARRIがやっているというのがまた良くて、あの時のARRIの会長のメッセージ通り、そのマインドは変わらないんですよね。

txt:石川幸宏 構成:編集部


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