
Netflixは6月、日本の映像制作者を対象に「バーチャルプロダクションセミナー」を開催した。今回のセミナーは第2回目となり、より実践的な理解と体験を目的としたワークショップ形式で実施された。本稿では、このセミナーの内容とその模様を紹介する。
東宝スタジオ9stに設置された、幅27m×高さ6mのLEDディスプレイ。半円形に配置され、天井には環境光用のLEDが張り巡らされたその空間は、入場する参加者を圧倒する迫力を放っていた。
今回のセミナーは、2D ICVFX(In-Camera VFX)に特化した内容。
バーチャルプロダクションには、3DCGを用いたICVFXと、あらかじめ撮影された映像を投影するスクリーンプロセスがあるが、2D ICVFXはその中間的な立ち位置にある。複数のカメラで撮影した実写映像をスティッチング(合成)して360°の全天周映像を作成し、撮影カメラの動きに合わせて投影する手法や、あらかじめ撮影した素材をカメラのパースに合わせて補正しつつ、映像に映らない範囲は360°カメラで撮影した環境映像でライティングを再現する手法などが用いられる。
Netflix Koreaによる基調講演
セミナー冒頭では、Netflix Koreaのバーチャルプロダクション・マネージャー、Jin Kim氏が登壇。バーチャルプロダクションとは何か、従来のロケやスタジオ撮影との違い、そして予算配分の変化について分かりやすく解説した。
続いて、2D ICVFXの具体的な手法を以下の3つに分類し、それぞれの特徴と使い分けについて説明があった。
- スティッチングによる360°全天周映像を使用
- 簡易的な張り合わせによる多視点映像を使用
- 主要な構図のみ高精細映像を使用し、残りは360°カメラで環境光を補完

コスト、活用用途、そしてそれぞれの利点・課題についても詳しく述べられた。
セミナー専用LEDボリュームの紹介
続いて、Netflix Koreaのエコシステムプログラム開発マネージャーであるStephen Hwang氏 が、今回のセミナーのためだけに組まれたLEDボリュームについて紹介。
構成は、ROE Ruby 2.6F(幅27m×高さ6m)のLEDを半円状に設置し、天井部はROE CB3(8.4m×6.6m)で覆うという豪華な仕様。さらに、天井LEDは上下に可動する構造で、メディアサーバーにはDisguise VX4+ ×2台、プロセッサーにはBrompton SX40を使用。全体で横9.5K×縦2Kの解像度を誇る。
今回のシステムは「新幹線大爆破」同様にヒビノが担当している。
イベント用というより、ハリウッド基準を満たす本格的な構成で、日本国内の常設スタジオを凌駕するスケール感に驚かされた。

「新幹線大爆破」での実例紹介
次に、Netflix配信作品「新幹線大爆破」でのLED活用事例が紹介された。
登壇したのは、プロデューサーの石塚氏、准監督の尾上氏、ポスプロスーパーバイザーの上田氏、LEDテクニカルディレクターの瀧田氏(HIBINO)、そしてNetflixエグゼクティブプロデューサーの佐藤氏の5名。

LED導入に至るまでには、プロジェクションやグリーンバックといった複数の選択肢を検討した経緯があったという。今回は、ロケによる実際の新幹線走行シーンの撮影素材があり、それがLEDステージでの撮影を大いに助けたとのこと。外光との明暗バランス調整も、目指す映像のリアリズムが明確だったため、対応しやすかったという。
ちなみに「新幹線大爆破」でも、今回のセミナーと同じRuby 2.6が使用されており、最大輝度である2500nitを駆使して外の風景を再現した。プロジェクターではこの明るさは再現できなかっただろうと述べられた。
筆者も過去に「素敵な選TAXI(2014年、カンテレ)」でメインカメラマンを務め、走行シーンにプロジェクターによるスクリーンプロセスを提案し、殆どの走行シーンはプロジェクションで撮影した。ナイトシーンはともかく、デイシーンの再現は難しく、最終的にはコメディのトーンに助けられたが、もしLEDボリュームが使えたなら選択肢は変わっていただろう。
午後のワークショップ
午後は、実際にタクシー車両をLEDボリューム内に入れ、2D ICVFXのワークショップが行われた。
まず、VPスーパーバイザー石川氏(ソニーPCL)が、2D ICVFXの技術的な特性について説明。一見スクリーンプロセスと同様に見えるが、2D ICVFXではカメラの角度が変わっても、パース補正により自然な映像が得られる。今回は半円状のLEDと天井LEDにより、車体への映り込みまでリアルに再現されていた。

セッティングは、午前中にJin氏が紹介した3番目のハイブリッドスタイルで、複数カメラによる高精細背景と360°環境光映像を組み合わせたもの。首都高の昼間、繁華街の夜といったシーンを再現し、演者を交えての撮影が行われた。
DOPの南氏(ソニーPCL)のカメラアングルに応じ、石川氏が映像の位置やパース、LEDの輝度を微調整していく作業は極めてクリエイティブで、リアルな映像表現を突き詰める姿勢が印象的だった。
ハイテクなシステムでありながら、最終的な決め手となるのはアナログな「目」と「経験」。Unreal Engine 5での事前シミュレーションも活用しながら、現場での微調整によって完成度を高めていく。その場で最終に近い映像を全員で確認できる点が、InCameraVFXの大きな利点だ。
体験によって広がる可能性
最後に、事前申込制で3名のDOPが実際にLEDステージを使用し、それぞれの撮影スタイルでバーチャルプロダクションを体験。彼らのアグレッシブなトライからは、「この技術で何ができるのか?」という強い好奇心と熱意が感じられ、場内は大いに刺激を受けた。

今回のような大規模なシステムは、通常のドラマ撮影ではなかなか実現できないかもしれない。しかし、常設スタジオを活用すれば、天候など不確定要素によるリスクを軽減できるという現実的な利点もある。
とはいえ、現時点では多くのプロダクションにとってバーチャルプロダクションはまだ"未知"の領域だ。
今回のように実際に体験できる機会が増えることで、そのメリットや準備工程を具体的に理解することができ、バーチャルプロダクションという手法が、日本の映像制作現場により深く根付いていくことを願ってやまない。
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