
LEDを使用したスタジオは設備投資が高額になりがちであることは、この特集の冒頭でも述べたとおりだ。しかし、2024年の高松における「G-WORKS」の登場を皮切りに、地方都市にもハイテクスタジオの流れが少しずつ広がりつつある。2025年1月11日にオープンした「CHUKYO P&G Studio」もその一例だ。
2023年に新設された岐阜県庁のすぐ近くに、株式会社CHUKYO P&Gは新社屋を構え、それに伴いLEDスタジオも新設された。首都圏ではLEDスタジオが徐々に増えているが、大阪や名古屋でさえ、その存在を知らない。そんな中、岐阜に新たなスタジオが誕生した。
グラフィック制作を専門としてきた同社にとって、動画制作の分野への参入は未知の領域だった。そんな同社がバーチャルスタジオを設立したのは、大きな挑戦と言える。

同スタジオは、ROE社製のLEDを採用し、メインの背景LEDには「Ruby 2.6」、床面LEDには「BM2」、両サイドには環境照明用の「CB3」を配置。

カメラトラッカーにはStype社の「RedSpy」を、メディアサーバーにはDisguiseの「VX2+」と「RXIII」を採用するなど、小規模ながらもハイエンドな設備を備えている。カメラはBlackMagicDesignの「PIXIS」にシグマのシネレンズ単焦点セットを常備しているとのこと。今回のイベント時にはFUJINON Premista19-45㎜を特別に用意した。

私自身も、1月11日に行われた社屋のお披露目とスタジオのオープニングイベントに携わり、背景CGアセットの制作や撮影を担当した。事前の素材撮影から準備、本番まで岐阜に滞在し、スタジオの可能性を実感することができた。その素材を基に制作したスタジオPR映像を見ていただくことで、より直感的に理解してもらえるだろう。
バーチャルプロダクションの主要技術を網羅
この映像を見れば分かるように、オープニングイベントではバーチャルプロダクションの主要な手法が網羅されていた。
- スクリーンプロセス:あらかじめ撮影した実景映像を背景に投影
- インカメラVFX:カメラトラッキング技術を活用し、3DCGの背景がカメラに連動して変化
- XR技術:背景LEDが5m×3mというサイズでも、背景を拡張し広々とした表現が可能
2カ月という短期間で、しかも施工中のスタジオでこれだけの要素を取り入れるのは大きな挑戦だったが、1月11日のオープニングに間に合わせることができた。
この成功の要因の一つは、設備を担当したヒビノビジュアルのスタッフの尽力だ。私自身、スクリーンプロセスやインカメラVFXの経験はあったが、XRは未経験の領域だった。


XR技術はリアルタイムでこそ真価を発揮するが、その分、レンダリング品質が犠牲になりやすい。そのため、CMやドラマなどの映像作品で使用されることは少ない。しかし、リアルタイムで展開されるインパクトは絶大であり、生放送やライブ配信、イベントなどでの効果は計り知れない。ポストプロダクションを必要としない点も、大きな利点だ。
今回は滝などの水の表現や岐阜特有の鵜飼をイメージしたかがり火などが背景としてあしらわれているが、こういった有機物が少なくなれば、よりリアルな表現も可能だろう。

また、床面LEDの存在も非常に効果的だった。背景の2.6mmピッチに近い2.8mmピッチを採用し、シームレスな映像表現を実現。さらに、耐衝撃用フィルターが介在することでモアレが軽減され、背景と異なりフォーカスが合いやすい接地面でも、問題なく撮影できた。これまで映像作品では敬遠されがちだった床面LEDだが、想像以上の効果に驚かされた。通常、XR技術を使用する際には足元を隠すためのフォアグラウンドCGオブジェクトが必要だが、今回のイベントでは床面LEDのおかげで、全身を堂々と映す表現が可能となった。

岐阜の魅力を生かした映像制作
スクリーンプロセスでは、岐阜の象徴である「岐阜城」を背景に投影。スクリーンプロセスではカメラトラッキングができないため、大胆なカメラワークは難しいが、XR技術を活用することで背景の空を拡張し、トラックインの演出を加えることができた。

また、岐阜城の外観撮影に加え、天守閣展望台からの360°画像も収録。インカメラVFXのパートでは、天守閣最上階の内部と屋根を3DCGで再現し、遠景には360°画像をバックドロップとして使用することで、短期間での制作を実現した。

さらに、織田信長の「南蛮胴」での撮影は、バーチャルプロダクションの可能性を示すうえで非常に大きな意味を持った。バーチャルプロダクションを牽引してきたコンテンツといえば、「マンダロリアン」が挙げられる。それを彷彿させる銀色に輝く甲冑は、グリーンバックでの撮影が極めて困難なため、LEDスタジオとの相性が抜群だ。南蛮胴ほどLEDスタジオの魅力を最大限に表現できる衣装は少なく、岐阜という舞台ならではの説得力あるコンテンツとなった。

映像文化の地方分散を目指して
私自身、地方でのロケ撮影を多く経験しているが、その場合はロケーションを活かした作品が中心となる。しかし、撮影機会が少ない地方では、特定用途に特化したスタジオの運営が難しく、東京や大阪以外では動画撮影向けのスタジオがほとんど存在しないのが現状だ。
しかし、今回のような汎用性の高いスタジオであれば、例えば今日はバックドロップとしてインタビュー撮影、来週はリビングのCGアセットを活用してインフォマーシャルを撮影する、といった多様な用途で運営が可能となる。
今まで環境が整っていないため、東京で撮影するという選択肢しかなかったハイエンドな撮影が、このような取り組みを通じて中央集中化が緩和され、地方にも広がっていくことを願っている。
小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、CM、映画、ドラマなどジャンルを超えて活躍。バーチャルプロダクションでは撮影はもとより背景CG アセット制作も手掛け、VFXアドバイザーとして企画から携わることも多い。建築×映像の会社Chapter9のCTO。
