私がデジタルデザイン会社を起こしてから、10年の月日が流れた。この間に、業界にはさまざまな変化が訪れた。日本国内の業界事情は、ITバブル、CGバブル、”萌え”バブルと、キャピタルゲインを目的としたバブルばかりが印象に残り、実成長はどうだったのかと思い返すことがある。それに引き替え、取引で出会う世界各国の同業者たちは格段の成長を遂げてきている。このコラムでは、そうした、世界のアニメ事情、特に日本国内事情や、日本に近いアジアのアニメ事情などを、クリエイター視点からの切り口で紹介できればと思っている。初回の今回は、中国のデジタル産業の現状を採り上げたい。

進化、発展する中国デジタル映像産業

日本国内の制作事情は、先般、公共取引委員会が「アニメーション産業に関する実態調査報告書」(概要報告書関係法令抜粋)で明らかにした通りだ。ようやく実態の一部が公になったという状況でもあり、やはりそうだったかとうかがい知れるほど酷い状況である。

これに対し、中国のデジタル産業は、この世界同時不況にあって、勢いこそ多少落ちたもののまだまだ十分に元気で活気にあふれているというのが実感だ。なかでも、沿岸部では、新進気鋭の中小デジタル企業が増えていて、各地にできた美術系大学を卒業した優秀な人材が集まってきてスタジオを形成している。

内陸部では、安価な物価を背景に、地元大学出身者を集めて大型スタジオを作り上げる傾向がある。こうした地方都市のスタジオでは、沿岸部で受注した大規模作品を下請けとして制作するというビジネスモデルが出来つつある。

日本の美術界ではどうしてもファインアートが重視される傾向で、デザイン系業務、特にデジタル映像分野は美術界的には反主流派の人々が多いが、そうした日本国内事情と中国の様子は全く異なっている。中国では、優秀な人ほど金になるデジタル映像の世界に入り、金にならないファインアートは大学でもあまり人気がないのだ。このため、まだまだ未発達な上級スタッフはさておき、最若手のスタッフの平均レベルは、明らかに中国の方が日本よりも上であり、この点には非常に大きなアドバンテージを取られてしまっている。

 01.jpg 02.jpg 光ワークスのスタジオ内。光ワークスは、上海に拠点を置く新進気鋭のスタジオだ。建築パースなどの受注の他、中国国内放送のデジタルエフェクト制作なども手がけている。趙社長は日本の神戸大学大学院への留学経験もあり、日本語も堪能。そのため日本からの受注にも積極的で、日本事務所を持っている。
写真協力:夢光(上海)数字科技有限公司/株式会社 光ワークス(問い合わせ先=endongzhao@hikariworks.com(日本語可))


中国上海のスタジオ内写真を紹介するが、ご覧の通り、日本の中小のスタジオと全く変わらない環境であることが分かるだろう。使用しているPCのスペックも、Core2Duoクラスの最新マシンであり、ソフトウェアも最新バージョンを導入している。少なくとも、今の中国では、ひと昔前のイメージのように、先進国の型落ちPCを使ったような制作環境は見ることがなくなった。設備面では、ほぼ日本と遜色のない環境を持っているのである。中国で大問題となっていたトイレ環境も、多くの企業で完全水洗化を果たし、非常に近代的な制作環境を構築するまでになった。

業務内容としては、日本やその他先進国からの国外受注が多くを占める。しかし、徐々に中国国内向け制作も増えてきている。さらに、中国発の国際展開を視野に入れたオリジナルコンテンツの開発も着実に進歩をしてきている。ますます、存在感を増しているというのが中国制作市場の状況なのだ。

オリジナルコンテンツ制作が市場発展に寄与

 

中国発オリジナルコンテンツの中でも、金庸氏原作の一連のテレビ武侠ドラマは、どれも50話近い大作で、中国国内で知らぬ者はいないほどの絶大な人気を誇る。日本で言えば、NHK大河ドラマでCGエフェクトがてんこ盛りの「里見八犬伝」や安倍晴明の話をやっているようなものだ。外国人である我々の目にはなかなか奇異に映るが、これが中国デジタル映像産業の発展に非常に大きく役立っている。

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「鹿鼎記」(C)BEIJING CATHAY MEDIA, All Rights Reserved.
日本のSFドラマよりも明らかに高額予算の映像が、日本のクリエイターとしては羨ましい。日本でも毎週金曜日23時からチャンネルNECOで、絶賛放送中。4月3日から順次、日本国内でもDVDレンタルを開始、5月29日からDVD-BOX(販売元:マクザム)も発売される。


実は、私の会社でも、この武侠ドラマを日本で販促するための仕事をいくつか受けたことがある。先方から送られてくる映像クオリティの高さには舌を巻くことも多いのである。しかし、映像の勢いを重視する傾向もまだまだ残っており、唐突にブルーバックがモロ見えだったり、あからさまに違和感のある合成が少なからず混じっていたりと、制作の粗さが目立つのも中国ならではであるのだが……。

発展はしたが未解決の諸問題が足を引っ張る

13億人という膨大な視聴者人口とその潜在購買力を背景にして、急速に発展しているのが中国のデジタル映像の現状と言える。とはいえ、中国デジタル映像業界では、問題がまだまだ山積みでもある。

クリエイターとしてはどうしても気になる著作権・ソフトウェアライセンス意識の問題も、まだまだ解決していない。中国の某大学で講義をした際に、著作権を守らないことでいかに中国全体が損をしているかという話をしたのだが、柔軟な若い学生諸君にすら「でも個人同士で広めるならコピーは問題無いんですよね」「ソフトウェアを買うなんて馬鹿馬鹿しい」と、まだまだ著作権の理解が進んでいない。

日本を含め諸外国からの受発注の場合では、ネット情報の国家検閲、いわゆるグレートウォールの問題や、付随する通信環境の問題も大きい。日本のデジタル映像産業では、ネット経由でのデータ納品も当たり前のように行われている状況だが、中国ではまだまだそうも行かない。共産国である中国では、デジタル映像の生産にも政府が当然に関与しているため、基本的にやりとりはグレートウォール経由となる。現地スタッフや役所の許認可を通じて、基本的に制作内容が把握されている可能性があると思った方が良い。

中国共産圏同士であればともかく、外国あるいは香港・マカオなどの中国国内資本主義エリアとの通信は、グレートウォールがある政府系の時代遅れのシステムを経由するため、データのやりとりが絶望的なほど遅くなる。昨年、沿岸部の光ファイバー上位回線で、日本-中国間でデータ転送をしてみたところ、毎秒10kbpsも出ずに愕然としたことすらあった。機密面も、制作内容が把握されている可能性があるとはいえ、さすがに企画を猿まねする様な事態はないだろうが、通信の秘密が守られることが当然の日本人にとっては、やりにくいことこの上ない。かといって、映像データを航空機で運搬するには、産業コスト的に難しく、また時間的にも難しい。こうした背景もあって、日本から中国への発注は、ハイビジョン放送などよりも、新聞折り込み広告や静止画などのデータ量の少ない制作を依頼するケースが多くなっている。

また、制作現場レベルでは、制作者の意識の高さもまだまだという感じがすることも確かだ。クリエイターは、老板(社長)や上司の言うことだから黙って聞いてはいるが、腹の底では実は制作方針に全く反対をしている事も多い。共産圏だけに、上司にそうした批判を口にするのは危険と思っているようなのだが、本人の意識やクリエイティブ性を求められる制作において、クオリティ面で厳しくなってしまうのが痛い。

こうした諸問題はあるが、中国の制作現場の実情は、単なる低レベル映像の受注請けだけではなく、独自コンテンツの制作も可能な環境ができ上がりつつあるのは間違いない。日本のデジタル映像制作会社にとっても、13億人の視聴者がいる大市場を見逃す手はなく、多くの企業が中国進出を果たしている。日本企業の活躍については、後日書く機会があればと考えている。

手塚一佳(アイラ・ラボラトリ

WRITER PROFILE

手塚一佳

手塚一佳

デジタル映像集団アイラ・ラボラトリ代表取締役社長。CGや映像合成と、何故か鍛造刃物、釣具、漆工芸が専門。芸術博士課程。