今まで3回続けて中国の映像産業の現状をご紹介してきた。しかし、本来この連載は中国だけに特化したものではなく、あくまでもアジア全体のオタク産業をご紹介するコラムである。それがなぜ、中国ばかり取り扱うことになってしまっているのかというと、これは偏にこの未曾有の不況の中、中国だけが元気にあふれているから、ということに尽きる。
そこで今回は視点を変えて、敢えて、不況にあえぐ韓国のオタク市場を見てみよう。
廃れ行くPC房
オタクの街龍山の風景。遠景でも、以前のけばけばしい広告の数々が大きく減っているのが見て取れる |
日本でのイメージと異なり、徴兵制度にはオタクもスポーツマンも関係ない。徴兵されたオタクたちは、2年以上の徴兵期間の間、わずかな休暇を利用してPC房やこうした街角の公衆PC端末でネットゲームやチャットに勤しむ |
韓国は、経済危機への懸念から歴史上稀に見るウォン安が続き、以前のIMF介入時を超えると言われる猛烈な不況に陥っている。また、北朝鮮の一連の暴走によって戦争懸念も高まり、海外資本の引き上げ傾向もその不況に拍車をかけていると言われている。そんな状況下だけあり、韓国のオタク産業も大変なダメージを受けているようだ。
我々オタクが現在の韓国に行ってもっとも衝撃を受けるのが、かの「PC房」の衰退であろう。
「PC房」とは、無数のPCが並ぶ娯楽店舗で、韓国でのネットゲームブレークの主役を担った一大産業だ。日本で言うところのマンガ喫茶からマンガを取り、代わりにゲームセンター色を強くしたものだと思うとイメージしやすいだろう。アーケード機ではなくPCでのゲームセンターだというところが異国情緒を誘い、日本から遊びに行くオタクを惹き付けてやまなかったのだ。
しかし、この韓国名物のPC房が減少し、残る店舗もなかなか好調とは言えない状態となってしまっているようだ。筆者が韓国入りしたのは4月中旬の土曜日だったのだが(韓国は、企業学校の多くが土曜日は午前中業務だけの半ドンとなる)、週末の夜にもかかわらず明洞のPC房はがら空きの状態であった。以前であれば、午前中の仕事や学業を終え、オタク仲間同士で連れ立ってPC房へわいわいと賑やかに遊びに来るオタクたちの姿が見られたものであったのだが…。
これは、単に不況と言うだけでなく、各家庭に高速ネット回線とPC環境が整いつつあることや、不況で戦争の実感が高まり、若者たちの遊び方が変わってしまったことも影響しているのではないかとPC房の店員は話していた。PC房は元々半ば水商売のような形態の商売だけに正確な数字や統計などは出しにくいが、店舗側の体感的にはかなり深刻な状況のようだ。
もちろん韓国には徴兵制があり、またソウルへの1都市集中もすさまじい。そのため、徴兵された兵士たちや田舎から上京した若者たちが街に繰り出して楽しむ一時の楽しみとしてのPC房の需要が完全に無くなることはないだろうとは思う。
しかし、PC房を中心とする韓国ネットゲーム文化に大きな変化が訪れはじめているのは間違いがないところのようだ。
オタクの街、龍山(ヨンサン)
韓国にも秋葉原のような場所がある。オタクの街、龍山(ヨンサン)がそれだ。
オタクの街とは言っても、すっかりオタク向け風俗街と化した今の秋葉原とは異なり、韓国の龍山はパーツ屋や電化製品が並び、ラインナップは健全そのものだ。萌えブーム以前の懐かしい秋葉原の風景がそのままに温存されていると言える。その規模はさすがに大陸だけあって秋葉原よりも大きく、韓国全土からだけでなく、中国や台湾からも買い付けの人々が訪れる街となっている。
龍山では、映像関連機器ショップも立ち並ぶ。しかしその多くが照明を落とし休業していた。しかし、どの店舗も倒産したわけではないらしい。週のうち何日かだけ営業をするスタイルで経費を削減してこの不況を乗り切ろうと言うことのようだ。大陸商人のたくましさを感じる |
数少ない、開店中の店舗で見かけたDVカメラ。サムソンの3CCD-DVカメラは、日本では見かけないカメラの代表と言えるだろう。DVテープのカメラが未だ店頭の一角を占めているあたりに不況を感じる |
龍山にはいわゆる萌え商品は少なく、主に電子部品や小型電子製品の店が多い。また、この街には昔の秋葉原同様、値札は存在しない。口八丁手八丁で店を渡り歩きながら相場を探り、欲しい商品をいかに安く手に入れるかを楽しむ買い方になる。土曜日の午後ともなれば、腕に多少の覚えのある韓国のオタクたちはこの龍山に好みのパーツやソフトを買い出しに走り、その後、PC房で友人とだべりながら週末を過ごすというのが定番であった。
だが、現在の龍山は、残念ながら土曜の午後でも人通りが少なく、閉じたシャッターの多い街並みとなってしまっている。筆者はここでmbook-M1という韓国製の世界最軽量新型UMPCを買い求めたのだが、4軒の店を回り、その間他の客がいた店は皆無であった。
店員によれば、平日は業者買い付けでもう少しにぎわい、日曜には少しは観光客も来ると言うことではあったが、それでも以前に比べてほとんど人がいない状況は否定しなかった。
かつて龍山名物だった龍山電子街案内所も閉鎖され、寂しい様子であった。
海外に活路を見いだす韓国コンテンツ制作企業
この、猛烈な不況の中、韓国のオタク向けコンテンツ制作企業も生き残りに必死になっている。
元々、韓国は大変な格差社会で、大手企業以外は全て下請けか零細企業という状況であったため、新興コンテンツ制作企業は海外進出傾向が強い傾向にあった。何しろ、大手企業に就職の決まった学生は徴兵を免除されたり、軽減されることもあるというから、その格差には驚くばかりだったのである。
それらの新興コンテンツ制作企業の多くは、昨年秋のリセッションまでの間数年続いたウォン高を利用して海外進出を果たしたのだが、米サブプライムローンに起因するリセッションと世界経済崩壊、そしてそれに伴う急激なウォン安によって、方針変更を余儀なくされている。平たく言えば、今までは強いウォンで中国やインドなどの労働力を買い叩き、それで安価に作った制作物を韓国国内に売って生計を立てていたわけなのだが、国外労働力がウォンの暴落で買いにくくなり、さらには韓国国内の不況もあって、韓国市場以外の市場へも目を向けざるを得なくなっているのだ。
たとえば、中国に進出した韓国系ネットワークゲーム制作企業のいくつかなどは、母国韓国向けではなく、未だ9%以上の成長を続ける中国へと視点を移し、中国向けゲームや中国向けCG制作などをしている。ウォン安で相対的に中国人民元の価値が上がったこともあって、思い切って中国市場へと乗り出した企業が現れ始めているのである。このあたり、韓国と同じく未曾有の不況に苦しむ日本企業も、中国市場へと目を向けるべき時期に来ているのではないだろうか、などと思わざるを得ない。
このあたりの中国国内の韓国資本企業の活躍については、夏ぐらいまでにお届けする予定だ。