中国における外資としての日本企業 その1:教育からゲーム制作へ
日本の2009年1~3月期の実質GDPは、マイナス15.2%というとんでもない数字を叩き出した。それにしたいして中国は、プラス6.1%の成長を保っている。現状、日中のGDPは同等に迫りつつあるといわれるため、現在ほぼ同等規模と仮定しても25%前後の成長率差があると予想され、中国が日本を追い越すのも間近だということが言える。このコラムでも、ここからしばらくの間は、熱い中国にスポットを当てて行こうと考えている。
以前の連載(Vol.02)では、ソラン株式会社の日本側窓口をご紹介した。これを、現地側視点で見ていくと、なかなか面白い。
先日、このソラン株式会社の中国子会社、天津索浪数字軟件技術有限公司(以下、天津索浪数字)へと筆者が直接訪ねたので、その話を絡めてこの中国制作事情をご案内したい。
学校を建ててから制作スタッフを育成
天津索浪数字は日本人及び中国人スタッフの混成チーム。左から順に、河内龍董事兼副総経理、秦Yixin経営企画部・教育部部長、CG部千年敬正氏 |
Vol.02でも述べたが、天津索浪数字のもっとも変わったところは、この会社が南開大学・デジタルハリウッドとの提携による人材教育ビジネスから始まったところにある。現在ではそうした他校との提携が発展解消して独自路線の教育機関となっているが、現在においても天津索浪数字のメインビジネスの一つは同社内のスクールによる人材育成にある。
つまり、先に学校を建て、その卒業生を活用して制作部隊を作ったわけで、これは非常に面白いビジネスモデルといえるだろう。
当初は卒業生の自社就職を目指して日本のカリキュラムを導入して始まった天津索浪数字の教育事業部であるが、こちらも現在は、中国人部長 秦Yixin女史の指揮の元、主に中国スタッフの手によって中国市場に合う独自のカリキュラムによる運営が行われている。これにより、単に天津索浪数字CG部を含めた日系企業への就職というだけでなく、中国市場に適合した中国企業への就職も考えた人材育成が可能になり、また、教育カリキュラムなどの提供によるフランチャイズ展開も実現した。
また、こうした天津索浪数字による教育ビジネス展開は、制作現場への人材供給というだけでなく、天津という地域の地域活性化にもつながっているという。
天津索浪数字の教育部門の設備は、日本の教育機関でも滅多にない最新のものだ |
秦部長によれば、「最近は天津にもCGや映像という名のついた大学の学部が急増し、大学新卒者も(CG映像業界に)出てきております。しかし、天津の大学に限ったことではないのですが、残念ながら教育カリキュラムや講師の質はまだ成熟してなく、結果として企業の求める人材像とのギャップは非常に大きなものがあります。大学と企業とを繋ぐ教育を実現してきた当社は、この環境を追い風として捉え、ギャップを埋める教育をさらに発展させたいのです」という。天津は北京にも近い距離にあり、そのため、北京にある大手企業に先に人材を採られやすいという問題点がある。しかし、そうした大卒者向けの再教育を天津で行うことが出来れば、より多くの人材を地元の天津に残すことが出来るだろう。
天津は、市の重点ビジネスとして、CGを含めたアニメーション制作を掲げている。そのアニメ重視政策実現に向けた多くの問題が、天津での美大卒者向き再教育機関である天津索浪数字の教育事業部によって改善されることが期待できるというのである。こうした、大卒者向け再教育ビジネスへの注目は高く、天津索浪数字によれば「実際、大学からの提携のラブコールも非常に多いのです」という。
日系企業が、外国の主要都市でそこまで期待されているというのは、なんとも楽しみだと言えるのではないだろうか。
ゲームの下請から、オリジナルアニメの制作を目指して
天津索浪数字のもう一つのビジネスの柱が、教育事業部の卒業生も多数在籍するCG部である。
CG部の制作風景は日本のそれと変わらない。右端にいるのが葉海忠CG部部長。葉氏は、日本の有名ゲーム企業のディレクター出身だ |
元々、天津索浪数字のCG制作チームは、日本の大手ゲーム企業出身の中国人部長、葉海忠氏を中心に作り上げられた。この生い立ちもあって、天津索浪数字の制作内容は、ゲームやパチンコCGの制作、中でも日本企業からのキャラクターモデリング受注が多いという。
日本の制作会社に比べるとまだまだ平均的に技術力が高いとは言えない中国制作事情ではあるが、実はモデリングに関してだけはすでに日本にかなり追いついていると言える。これは、中国のスタッフの大多数が美大を出て、その後にCGソフトウェアを天津索浪数字などの教育機関で学んでいるため、元々の美術的素養が極めて高いという事情による。そのため、中国の制作においては美術的素養の大きく出るモデリングにおいては優れているのだが、天津索浪数字が、ゲームという枠組みを使ってここに注目した制作を行っている点は注目に値する。
クリエイターの机の上も……日本と変わらない。オタクはオタク。その心意気は万国共通である |
葉氏を初めとするCG部の中核スタッフは日本企業での経験が豊富であるため、言葉だけではなく、微妙なニュアンスや日本独自の文化についても理解が深く、日本国内企業に発注をするのと同等の制作受注が可能である、という。
また、元々親会社のソラン株式会社自体が東証一部上場のシステム開発企業であるだけに、使用ソフトウェアのライセンスや守秘義務などの安心感もあり、この点も日本企業と同等であることを目指しているという。これはつまり、中国の人海戦術の制作力に日本企業の安心感を加えるということだ。
天津索浪数字の作品の一部。ゲームキャラクターモデリングが主だが、アニメーション制作を目指していることが伝わる |
一般的な中国ビジネスにはどうしても不安定感があるため、こうした中国ならではの不安定要素の多くを気にせずに済むのは大きな魅力であり、大きな受注動機となりうるであろう。
天津索浪数字は、現在同社が主に行っているゲームの下請け制作というだけでなく、最終的にはオリジナルのトータルアニメーションの制作を目指している。
これについて、CG部の千年氏は、CG映像制作の技術レベルを高める事も考えて今後も日本からの下請けも行うが、目指すべきは中国国内市場だと語った。「中国国内向け映像は中国スタッフで作った方が良い部分も多いわけです。中国の一般家庭で、みんなでうちの映像を見て、それで面白いって一緒になって言ってくれる、そういう制作を目指したいですね」
天津索浪数字では、ここを目指し、まだまだ中国ではレベルの低いモーション付け作業に関して、現在、積極的に技術指導をしている最中だという。
いずれ、日中経済の規模逆転が確実に来ることを考えれば、日本向けのせまい市場だけを目指していても仕方がないし、いつまでも中国の人件費が日本よりも安価であるはずもない。それを考えれば、中国市場を目指すというこの姿勢は、企業の方向性としてきわめて健全な発想であると言える。しかも、この方向性は、単に市場規模を考えた金儲け目当てのものというだけではない。コンテンツクリエイターとしての思いがあるのだ。
河内副総経理はこの思いについて熱く語る。
「私たちはもちろん日系企業なんですが、単によそからやってきた外資と言うんじゃなく、中国に根ざした中国企業でもありたいと願っています。日系企業のクオリティで中国オリジナルのコンテンツを生み出せたら、これは素晴らしいことなのではないでしょうか」
では、今現在の中国進出日本企業のアニメーション制作は、どのような現状なのであろうか。これについては、私が天津索浪数字を訪れたとき、たまたま同時に面白い会社が訪問してきていたのである。次号に続く。