待ちに待ったMac Proが登場

この原稿を書き始めたのは7月の中旬で、ちょうど前回のコラムを書き終えた直後でした。次はみんなが首を長くして待っているMac Proについて書いてみたい、そう思って書き始めたのですが、ご存知の通りまだその頃には新型のMac Proがリリースされるという情報は確定していませんでした。その直後Appleから2010年モデルのMac Proの発表がありました。気の早いユーザーの手元には12コアの最新Macが届いているかもしれません。

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yamaq blogでも何回か書いたのですが、Mac Proの存在意義についてはっきりしないものを感じています。Mac Proの特徴を示す物差しは、今やハードウエアのスペックだけと言い切って良いと思います。CPUのコア数が何個で、クロック周波数が何GHzなど、Mac Proの洗練された部分や斬新さについて語られることはほとんどありません。私の推測では、そんなMac Proの現状を、AppleのCEOであるスティーブ・ジョブズこそが、最も気に入っていないのではないかと思っています。無駄なものを極端に嫌うがゆえに、Mac ProをMacintoshラインナップの中で不要なものと考えられはしないか?そんな心配を私は持っています。この一見突飛な考え方に異を唱えるのが、私たち映像業界のエンジニアです。マシンパワーを常に必要として、Macを使い続けたいユーザー層には、なくてはならない機種がMac Proだからです。

2009年3月にリリースされたEarly 2009(Mac Pro4.1)から1年以上が経過しても、新しい機種が出てくる気配がなかったのは、単に製品投入サイクルの谷間に当たっただけで、気にすることはないのでしょうか。ましてや今年のAppleは新製品ラッシュでしたから、限られたApple社内のエンジニアのリソースをiPadやiPhoneに向けていたということは十分考えられます。

もはや斬新ではなくなったハードスペック

Mac Proの立ち位置は、Mac最高のパフォーマンスを持っていることに加えて、PCI Expressバスを持つ唯一のデスクトップ型Macです。Xserveもこのバスを持ってはいますが、サーバ用途の製品なので同じ土俵では語れません。現在のコンピュータでは、ハードウエアを拡張するためにはPCI Expressバスに専用ボードを差し込むことが主流です。USBやIEEE1394、eSATAなどもありますが、これらは主にリムーバブル機器のためのインターフェースです。業務用の高いパフォーマンスを叩き出すためのハードウエアは、決まってこのPCI Expressバスに装着することになります。これはAppleでも例外ではなく、だからこそMac Proはフラッグシップにふさわしいポジションに座り続けていたといえます。

必然的に業務用途のシステム構成では、Mac ProをベースにしてPCI Expressボードを追加することになります。これらの業務用システムでは、CPUパワーは作業時間短縮に直結するため、コアの数やクロックの違いなどにも神経質になって機種選定をしているはずです。今やMac Proという製品の価値は、CPUや内部拡張バスのスペックに大きく依存しているわけで、本来の先進的なMacとは路線がはっきりと分かれていると言えます。

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MacProの持つ3つのPCI Expressバスは、一般的なシステム構成では十分な拡張性を持っていますが、高い性能を出すためのボードを複数インストールしたい場合には物足りなくなることもあります。2010年モデルもWebサイトのスペックを見る限りは、この点は刷新されていません。2つの16レーンバスのうちひとつは優先的にグラフィックスボードに占有されます。残るひとつの16レーンに高速なボードを入れますが、さらにもう一枚必要となったときには、残るは4レーンが2つしかありません。このMacProのスペックは、現実的な業務ユーザーの大半のニーズはカバーしていると思います。その点ではAppleは現実的で過大なスペックを持たせていないと言えます。無駄な拡張性は不要なユーザーにとってはなんの意味も持ちませんから、ユーザーがどのくらいの拡張性を望んでいるかをAppleは適切に把握しているとも言えます。

ワークステーションとパーソナルコンピュータ

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Mac OS X Snow Leopard

ワークステーションとは、専門の処理に特化した業務用の高性能なコンピュータです。こうやって業務用と個人用を分けていたのは一昔前で、今となってはそのスペックではワークステーションもパソコンもあまり大差がなくなってきました。運用面でワークステーション的な使い方、という位置づけは今でもありますが、ハードウエアではこの区別はあまり意味を持たなくなりつつあります。

Mac Proはワークステーションと呼べるのでしょうか。業務用途で使うことはあるのでその意味では当てはまります。しかし、高性能なという特徴は残念ながら満たしているとは言い切れません。例えば映像業界でもハイパフォーマンスなシステムで利用されることの多いHP社のZ800をネットでカスタマイズした場合、価格差は出るもののMac Proに比べてCPUのクロック数も高く設定でき、PCIバスの拡張性も高くできます。こうやって他社のハードウエアと比較すると、魅力が見えにくくなっていることは歴然です。唯一のアドバンテージは、Macintoshでしか使うことができないOSであるMac OS Xが使えることくらいになってしまいます。UNIXベースで堅牢なOSは、デビューから何年も経過してやっと一般にも認知されるようになりつつあります。

モバイルコンピュータのすすめ

ここまではハードウエアの面から見てきましたが、Mac Proにそんなハイスペックなパフォーマンスを求めるのは全Macintoshユーザーの中でも限られた層でしょう。ですから、Appleとしてもそこは無視できる比率なんだと思います。しかし、私が最も気にしている点は、デスクトップに設置して、その場所でしか使うことのできない制約なのです。iPhoneやiPadを使い始めると、場所は限らず思いついたらどこでも取り出して、コミュニケーションしたり、調べ物をしたりできます。場所を選ばぬデバイスこそが、今後ユーザーから求められる特徴のひとつです。

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Mac mini

そして、映像制作に関してもそれは同様だと思うのです。別に毎度同じ編集スタジオに行かなくても、気に入った場所で編集作業をしてもいいのではないでしょうか。自分のペースで自分の気に入った時間で編集できるのが、いいコンテンツにもつながると私は思います。もちろんiPhoneやiPadですぐにこれまでの映像制作ができるなどとは思いません。しかし、私たちの制作環境は徐々にでも変えていけるのではないかと思うのです。それを阻むのがMac Proのようなデスクトップでしか使えないMacintoshなのです。その意味では斬新だったiMacも例外ではありません。

個人的にはこの数年はMacbook Proをメインマシンとして使っています。もちろんMac Proも仕事でも使っていますが、それは撮影スタジオやポストプロでの限定的な環境で、ワークステーション的な使い方になっています。私の場合は重たい編集作業やコンポジットをすることがなくなったのでこんな使い分けができるのですが、しかし、重たい仕事をするユーザーでも積極的に移動して仕事をしてはいかがでしょうか。移動すればひととのかかわりも自ずと増えますので、面倒なこともあるものの利点も増えるはずです。人が多く行き交うところにこそ仕事の種は転がっているので、これを大きなチャンスと捉えてみてはと思うのです。

そんな放牧民的な映像制作をはじめると、ベースステーションにあるハイパフォーマンスなMacに求めるスペックが、これまでとは違った特徴が必要になることが見えてきます。筐体に関しては大きくなり過ぎるとメンテナンス面で問題が増えるので、Mac miniのようなブロック型の形状で、複数を有機的に連結できるような仕組みがあれば、スケーラブルに拡張できるのではないかと思います。またPCI Expressバスは独立したボックスがあれば、わざわざMacに内蔵することもありません。まさにレゴのように使うユーザーが自由に構成して組み立てられるようなMacがあれば、現状のパフォーマンスで頭打ちになっている状況を打破できるのではないかと思います。そんなMacこそが、みんなが望む斬新で洗練されたAppleブランドらしい製品だと思うのです。

WRITER PROFILE

山本久之

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。