待ちに待ったMac Proが登場

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8月に映像業界でも待望の新型Mac Proが発売開始されました。前モデルから1年以上も待たされ、しびれを切らしていた方も多かったと思います。Apple界隈の映像関係者でもうひとつのしびれを切らしている製品が、Final Cut Pro(以下:FCP)ではないでしょうか。いまやFCPは映像業界では知らない人がいないほどにメジャーになったアプリケーションです。画像処理のPhotoshopと並んで動画編集のFCPという著名なアプリケーションになっていると感じています。その証拠に、映像業界の主にディレクターやフリーランサーでMacbook Proを所有している方がここ数年で劇的に増えたと感じるのは、このFCP浸透の効果が大きかったでしょう。

Final Cut Proが担った役割

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少し前の話になりますが、AppleがまだiPodやiPhone、iPadで、活気づいている以前の頃を思い返してみましょう。Mac OS Xは2000年9月13日にPublic Betaとして、安定版以前のテスト版としてデビューしました。今年でちょうど10年を迎えますが、枯れた部分は全く感じさせない先進性を振りまいています。AppleはMac OS9からOS Xに移行するときに、いかにして既存ユーザーへの切り替えを円滑に行うかという点と、さらなる新規ユーザーをどうやって獲得するかにアイディアを巡らせていました。そのマーケティング戦略のひとつとして、プロフェッショナルが率先して使ってくれるMac OS X、というイメージ戦略をとりました。その流れで利用されたのがFCPを中心とするFinal Cut Studioでした。

FCPバージョン4.5で、リアルタイムHDがプレイバックできる映像編集をNABの会場で見たときには私も圧倒されましたし、来場者の大半も驚いたことでしょう。このときからFCPはMacだけで動く先進的で使いやすいプロにも認められたアプリケーションであるというイメージが植え付けられていきます。この結果Macintoshの出荷台数も着実に増え、それと同時にMac OS Xの知名度も確実に地に足着くようになりました。UNIXをベースにしているという信頼感や、Windowsに比べて安定して動くという実績もこれを後押ししていたでしょう。そして気がつくと今や映像関係者の大半が、ノート型のMacを所有しているというある意味業界標準に至っています。動画をやるにはMacが必要、というイメージが明らかに定着していると感じます。

Appleはこうやって新しいOSへの移行を定着させて、その間に実はとても大きな改革であるMacが採用しているCPUをIntelに切り替えるという難事業も軽々とクリアしたかのようにユーザーの目には映りました。OSのシェアだけで見ればまだまだWindows陣営に大きく離されていますが、Apple製品購入者たちの満足度はメーカーの中でも群を抜いて高いことを実感しています。

いまやAppleはMacintoshをベースにしていた企業から、それ以外の製品に主力選手が変わろうとしています。すでに力んでMac OS Xの良さや先進性をアピールする必要もなくなり、認知度も上がったので、マーケティング戦略ではFCPを利用する必要もなくなってきたわけです。

そんなAppleの事情と最近のFCPの成長停止が、ぴったりとリンクしていると私は感じています。今の開発陣をyamaq視点で推測すれば、このままFCPに社内リソースを注いでiMovieなどの製品とインテグレーションしていくか、それともFCPを中心にしたプロビデオの身売りまでも視野に入れた収束、という撤退もあり得るのではないか、と注目しています。iPhoneやiPadの成功がそんな事情を加速させることはないのか、と心配の種は増えるのです。Appleは現在そんな岐路に立たされているのではないでしょうか。

FCPがいまだ抱える古い資産

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Final Cut Studioの3つ目のバージョンは、去年の9月にリリースされました。この時期から見れば、次期製品の登場はまだ先でも遅くは感じないサイクルです。しかし、今年のNABで発表されたAvid Media Composer 5では、FCPに先立ってRED ONEの4k素材を直接編集できる機能が搭載されました。また4k解像度のままでもレンダリングして出力可能です。ソフトウエアは日進月歩ですから、一時的に遅れた状況になることもあるかもしれません。しかし、一時的に出遅れているだけなのでしょうか。

私がFCPに不満を感じている別のポイントがあります。それはソフトウエア内部の老朽化です。Macのアプリケーションは大きく分けて、OS9時代から受け継がれたCarbonと、新しくOS Xから登場したCocoaがあります。これらは開発時の環境に大きくかかわる部分で、ユーザーからはそれほど大きな違いには映らないかもしれません。しかし、MacのOSも日々進化していきます。それにいち早く対応するためには新しい開発環境であるCocoaへの対応が望まれるのです。いまだにFCPの内部では古いCarbonの血が流れています。FCPを使っていて時折垣間見る白黒の時計のカーソルを見るたびに、私はFCPにもCocoaへの移行を期待してしまうのです。

単純にFCSの製品ラインナップを収束できない事情が、Appleにもあると私は見ています。Final Cut Proとは、QuickTimeファイルを編集するためのソフトウエアです。QuickTime自身も膨大な機能を内部に持っています。単なるメディアのためのファイル形式と考えてしまうと、その大きな恩恵を使いこなすことができません。QuickTimeを開発して行くためには、フィードバック情報も重要です。ソフトウエアは作ってリリースするだけの循環ではなく、使っていて発生する未知の問題を解決したり、ソフトウエアとして成長することも必要です。そのためには、エキスパートたちによるフィールドテストが欠かせません。FCSからの撤退はそれを失うことになり、大きな痛手になるはずです。Appleはその選択肢を選ぶのでしょうか?

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AppleがもしもFCSから撤退するのなら、同時にProResコーデックを公開するでしょう。これにより、QuickTimeのコンポーネントのひとつとして、AnimationやJPEGなどと同じように普通に使えるコーデックとなるでしょう。現状では無理なWindows環境でもreadに加えてwriteもできるようになるかもしれません。もしもそうなったとすれば、それはそれで喜ぶユーザーも少なくないでしょうが。

Appleはハードとソフトのバランスを重視する

ネットの噂ではありますが、Appleが4k解像度をサポートした新しいコーデックに着手しているという情報が流れたことがありました。決して無い話ではなく、可能性は十分にあると思います。Appleがこれまで4k解像度をネイティブでサポートしなかった最大の理由は、もっともパフォーマンスの高いMac Proをもってしても、4k解像度は小気味よく編集で使えないからだ、と私は見ています。CPUの能力やストレージの転送レートが向上すれば可能にはなるでしょうが、映像業界のニーズからはそれを待つだけの時間はありません。Appleとしては、自社の主力製品で動きもしないメディアファイルを対応するなどあり得ないので、こんな不十分なかたちでユーザーに提供してしまうと混乱の元になるだけです。

過去にHD非圧縮解像度を編集するためには、XserveRAIDがなければ仕事にならなかった時期がありました。XserveRAIDが出た当時としては、RAID機器の価格は何千万円もするのが普通のことで、150万円で発売されただけでも業界を震わせました。しかし、その後ProResコーデックの登場で、HD非圧縮並の品質を維持しながらも、データ容量を小さく抑えたことで、XserveRAIDが必須ではなくなりました。自社の革新的な製品をさらに革新的なソフトウエアが駆逐したという興味深い事例でした。

Appleの設計思想には、ハードウエアとソフトウエアのバランスのいいコラボレーションが前提にあると思います。そのときのハードの限界を上回るソフトウエアテクノロジーは馴染まないのです。製品化することはできてもユーザーの立場では歓迎できません。4k対応はまさに今この状況に来ていると思います。Mac Proは劇的な性能アップもできず、4k解像度を少ないリソースで編集できるテクノロジーも登場できない。それがFCSが停滞している最大の原因ではないでしょうか。

近い将来、新しいFinal Cut Studioが登場して4k解像度をサポートするのなら、必ずその時の最良のMac ProやMacBook Proとの組み合わせで、快適に編集作業ができるようになっているでしょう。その開発がどのあたりまで進んでいるのかどうかは、Appleユーザーは憶測しかできませんが、必ずまたあっと驚かせてくれる日が来ることを期待しています。

WRITER PROFILE

山本久之

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。