インプットデバイスを見直してみる

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Macを使いはじめて何年も経過しているユーザーなら、これまでに使ったことのあるMacに付属していたキーボードやマウスの中で、最も自分の手にしっくり来るのがどれだったかがはっきりしていると思います。それとも、Mac本体にはこだわりがあっても、キーボードやマウスに関してはどれでも大差はないと考えているかもしれません。今回はMacで使えるインプットデバイスの話題です。

キーボードやマウスは毎回必ず使うものなので、私たちの生活の中での箸や茶わんのようなものです。無意識に使っているものの、他人のMacを使った時に違和感を感じる最大の理由は、このインプットデバイスが自分の使い慣れたものとどこか違うからです。同じタイプのマウスだったとしても、システム環境設定によってカーソルの反応具合を変更することもできます。マウスは消耗品なので経年劣化によってポインターの反応のスムーズさも、時と共に変化するものなのです。

コンピュータは今や文房具のように、文字を書いたり、はさみで紙を切ったり、糊やテープで貼り付けたりの行為を、ソフトウエアとハードウエアの組み合わせで実現しています。ソフトウエアは心臓部であるOSと、その小さな世界の中で活躍するアプリケーションやドライバソフト、ユーティリティなどで連携します。これに対して、ユーザーとソフトウエアをつなぎ合わせる仕事をしているのがインプットデバイスです。

歴代のキーボード、マウスを振り返る

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キーボードはタイプライタが起源であることは想像できますが、マウスはどのようにして生まれたのでしょうか。Wikipediaで調べると明確に書かれています。ダグラス・エンゲルバートが1961年に発明したとされています。しかし、特許を取得した時期が1970年だったため、彼はロイヤリティを受け取ったことがなかったという点が皮肉です。XとYの二つのホイールを直角に配置して、その中間に配置した球体で動きを読み取っていたそうです。昔のマウスはこの部分にホコリが付着して湿度のおかげで動きがぎくしゃくしたことが懐かしいです。

マウスがコンピュータに付属するようになった当初は、マウスのボタンはMacでは1つ、Windowsでは2つ、UNIXでは3つと、OSのタイプごとに作法が異なっていました。今ではスクロールが標準となりこれが3番目のボタンを兼用して、進化した3ボタンタイプが標準となっています。長い間Macは頑なに1ボタンを通していましたが、Mighty Mouseの登場でその歴史が変わりはじめました。今ではMagic Mouseへと進化し、Magic Trackpadへと発展しています。

キーボードに関しては、進化の激しいAppleでもあまり大きな変化は無かったと言っていいと思います。微妙な配置は変わりましたが、スペースバーがキーボード面の奥に移動されるようなドラスティックな仕様変更はされていません。これはやはりタイプライタという長い間に定着したものをベースにしているからだと思われます。

これらのキーボードやマウスを振り返ると、Apple製品に付属するものはなにかと辛口のMacユーザーからの評価は高くなかったのも事実です。初代iMacに付属した円形のマウスを憶えている方もいらっしゃるでしょうが、手に収めると小さ過ぎて長時間使っていると指を曲げ続けることになって、とても手首に負担がかかってしまうものでした。またキーボードに関しては、その打鍵感が初期のMac Plusに比べてしっかりとカチッとしたものではなかったことを指摘するユーザーも見かけました。

私の個人的な好みを少しだけ書かせていただくと、キーボードで外せない条件は配列です。必ず 自分で購入するMacではUS配列しか選びません。キーボードの表面に「あ」とか「い」とかが刻 印されているのが許せないのです。また、ターミナルで使うコマンドラインの時に文字以外の記 号の配置がJISだと全く違うのが致命的です。使っているキーボードはMacBook Proの時以外は、Apple製ではないものを使っています。マウスに関しては現在のメインMacがMacBook Proなのでかばんには外出先で使うためのマウスが入っています。しかしそれもApple製ではありません。とはいえMagic MouseやMagic Trackpadももちろん購入はして真っ先に試してはいるんです。Magic Trackpadはその中でも高い満足度でしたが、最近は活躍のチャンスが少なくて、ベンチを暖めていることが多くなっています。

キーボードやマウスに求めるもの

今回の話題は個人の好みによる部分が多い話題なので、どうしても嗜好の部分が多くなってしまうことをお許しください。今後みなさんがキーボードやマウスを選択する時のヒントになれば幸いです。

私はもともとビデオのエディターをしていました。ソニーのBVE-5000をはじめに使って、その後 BVE-9100に移行しました。その間、他の簡易的な編集機なども使ってきて、そこで共通していたのが専用のコントローラーでした。BVEシリーズではASCII形式のキーボードであり、BVE-900などのような専用のコントローラーだったこともあります。編集作業のときに最も触れることの多い機器がコントローラーでした。そんな育ち方をした背景があるので、キーボードに関しては今でも人並み以上のこだわりが離れません。

現在はそんな現役のエディターからは離れましたが、その反面それ以外の業務でキーボードに触れることはさらに増えています。そのため常に好みにあったキーボードが登場すると、安くはない価格にも関わらず手に取ってさらにしっくり来る製品を探し続けています。

キーボードマニアの中では有名なPFUのHHKBは、コマンドラインの操作ではピカイチだったり、東プレのRealforceシリーズの打鍵感に惚れ惚れしたり、FILCOのMajestouchなどなどいろいろ散財しています。そんな中で行き当たった理想のキーボードは、レガシーな101配列でキーを押した時の打鍵感がしっかりしていて、隣のキーを間違って押してしまいにくいものです。先に上げた製品はそんな希望には応えてくれています。

それではマウスはどうでしょうか。これがなかなか難しい条件があるのです。皆さんも経験があるように、異なる型番のマウスにつなぎ代えることで、カーソルの動きがかなり違ってくるので す。メーカーによってはカーソルの加速度などのパラメータを変更できるものもあるくらい、この 部分の数値次第で使用感覚が大きく左右されます。

私の想像では、Apple製のポインティングデバイスでは、このパラメータとハードウエアのチューニングのようなものをかなり精密に繰り返し てこれまでの歴史ある質の高い操作感覚を維持しているのだと思っています。マウスのポインティングに関しては、デフォルト設定ではApple純正の製品にはかないません。

ユーザーインターフェースのバイブル

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そんなあまりユーザーの目には触れることのないMac OS Xの奥底を垣間見れる方法があります。Appleがソフトウエア開発者向けに配布している「Apple Human Interface Guidelines」というドキュメントがあります。通称HIGと呼ばれるこの貴重な読み物は、正式には英語版しかリリースされていませんが、有志の方が日本語訳されていて翻訳版を読むことができます。ボリューム感があるのですべてに目を通すのは難しいですが、Appleのユーザーインターフェースに対する強烈な思いや明確な哲学が、このドキュメントから強く感じられます。

私がこのドキュメントを読んで興味を持ったのは、その冒頭部分に書かれている80%の潔さです。「Apply the 80 Percent Solution」の中で、ユーザーの80%を満足させることを念頭に置くように書かれています。決して100%ではないのです。そもそもすべてのユーザーを満足させることなど不毛のことで、重箱の隅を突くようなマニアックな層まではターゲットに含めないという考え方と読み取れました。

理想はすべてのユーザーの満足ではあるのですが、100%を目指す労力を次の製品の完成度を高めることに注いだ方が継続した満足度を高めることができます。仮に一発屋で100%満足度が実現できたとしても、それに続くものが提供できなければ結局はユーザーは立ち去ってしまうのです。

HIGの中にはこの他にも数多くのAppleの「こだわり」が溢れていて、だからこそユーザーの満足度を継続して高めていることが理解できます。

今年は夏以降にMac OS Xが10.7になり大きく進化します。これによりユーザーインターフェースと、ユーザーエクスペリエンスがさらに次の段階に進むことになるでしょう。その時に使っているマウスやキーボードはどんなものになっているのでしょうか。

WRITER PROFILE

山本久之

山本久之

テクニカルディレクター。ポストプロダクション技術を中心に、ワークフロー全体の映像技術をカバー。大学での授業など、若手への啓蒙に注力している。