私的にも、日本国民としても、激動につぐ激動に見舞われた2011年上半期。日々の過ぎ行く速度は日増しに加速し、もう5月かと呆然とする反面、内容の濃い事件・事故の連発がたったの5ヶ月のうち起こった出来事とは到底思えず、時間と体感と情報の狭間で気のひとつも狂いそうになっている私がいます。

日本に元気を与えよう、みんなで一丸となってがんばろう、というダイレクトなポジティブ強要メッセージにも疲労困憊。ゆっくりと、落ち着いて、プリミティブな自分を取り戻したい。そんな時に見たい映像は、「公共性の皮を被った作為や私見」ではなく、音と映像のプリミティブな融和を優しく、純粋に提案してくれる表現につきる。

4月はこの映像に、感動し、癒され、また作者たちの労力に敬意を払い、音と映像の素晴らしいマリアージュに改めて酔いしれました。

「森の木琴」

この映像はNTTドコモから15000台限定で発売された機種「TOUCH WOOD SH-08C」のプロモーション映像です。発表より1ヶ月あまりで400万PV、海外でも話題になっているので、すでに多くの方々がこの映像の美しさを体験したことでしょう。

森に設置された巨大な木琴の上を木球が転がり、バッハを奏でる。草木と木の香りがモニターを見ているこちら側にも伝わって来る。脳内にマイナスイオンが漂います。この映像は、音を奏でる自然の装置と音を収録しただけでなく、装置を作る者、自然と共鳴し合う音を収録する者、その場の持つエネルギーそのものなど、見えない「空気感」が凝縮されています。自然と人間、テクノロジーの共存、と書いてしまえば陳腐この上ないのですが、作り手の純粋な興奮があって、見る者の笑顔があるというコミュニケーションが再生数に反映された好例であることは間違いありません。メイキングも必見。

次に紹介する作品も、理屈で語らず、音と画だけで状況を的確に視覚化したプリミティブな映像です。

Salyu ×Salyu「ただのともだち」TOY’S FACTORY

小山田圭吾氏がプロデュースしたこの楽曲は、Salyuの歌声を何層にも重ねてエディットした、非常に実験性の強い構造となっています。映像では、Googleの「Chrome Music Mixer 」を使用し、その構造をまるごと視覚化しています。

「Chrome Music Mixer 」には音を奏でる動画がいくつかアップロードされています。そこから4つ、好きな動画を選び、ユーザーが音をミックスする。その機能を活かし、まずは楽曲の歌のパートを4つに分け、歌唱シーンを収めた動画をYouTubeにアップロード。ユーザー自身が「Chrome Music Mixer 」上の4分割にその動画を収めると、MVが出来上がる。各素材もYouTubeにアップされています。これらの素材をブラウザ上に集約すると、こうなる。

salyu ×salyu 「ただのともだち」4分割ver.

シンプルかつ的確に、音楽を視覚化してみせる。その潔さに心酔する。監督は辻川幸一郎。私が世界で一番好きな映像作家です。辻川氏の素晴らしさを語るには8000万字くらい必要なので、次回以降、あるいは別途の機会を設け、存分に説明させて頂くとして。

最後に、この「音の構成」を「分割」して「視覚化」した「4分割画面」を見て、懐かしい作品を思い出したので、ご紹介しておきます。

クラムボン「バイタルサイン」

ヴォーカル、キーボード、ドラム、べースの各人が(ヴォーカルとキーボードは一緒)、それぞれのパートの音をパフォーマンスしています。エディットを重ねて1つの楽曲世界を作り上げる salyu ×salyu 「ただのともだち」とは違い、クラムボンはバンドですので、各人のエモーションが滲み出ています。故に、それぞれに視点が散り、どこを見ていいのか分からない。音も一体感を伴って聴こえて来ない。しかし、音のビジュアル化を試みたという点では、思い出さずにはいられない斬新なPV表現でもありました。

WRITER PROFILE

林永子

林永子

映像ライター、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。「スナック永子」やMV監督のストリーミングサイト等にて映像カルチャーを支援。