txt:岡英史 構成:編集部

ミドルレンジのためのスイッチャー登場

一昔前に比べるとマルチカメラでスイッチャーを入れることが非常に簡単になり、今までだと、こんな案件でスイッチャーなんか入れられるわけないだろ!という現場でも意外と簡単に入っていたりする。Blackmagic DesignのATEMが口火を切ったソフトウェアベーススイッチャーで価格が破壊的に安くなったこともあるが、何よりもそのセッティングがかなりイージーになった※1ということだろう。アナログ時代はSyscなどスイッチャー本体と同じく補記類のセッティングにも知識が豊富でないと厳しい感じであった。

※1 もちろん技術的に簡略されたという意味ではない

大きさはA4サイズよりチョット大きい位。一般的な15inchノートPCサイズ

光ケーブルで組まない限り、実質的にカメラとスイッチャーの距離が延びると画質も劣化してしまい、3カメスイッチャーのうち、距離が遠い1台はENGで独立して動かしていた方も多いと思う。それらの顕著な例としてUstream等の配信が流行り始めた時、どうやってマルチカメラを入れるのか?が課題でもあり、筆者が運営していたHDusersは、その辺りが他のITベースの方々と違い、映像ノウハウの違いで確実に次元の違う配信クオリティを提供できていた。

しかしその後、急速にアナログからデジタル接続に変わってくると今まで微調整をしなければならない部分が綺麗に整合でき、安価なスイッチャーの登場も相まってスイッチャーによるマルチカム運用はミドルレンジを中心に広まって行ったのは周知の事実だ。

ソフトウェアかハードウェアか?

Ustreamが流行ったのと同時に、スイッチャーも一般的にマルチカムで使われるようになったのは、やはりBlackmagic DesignのATEMシリーズの登場が大きい。もう一つの理由として、PCをベースとしたソフトウェアースイッチャーということもある。ビデオスイッチャーはわからなくてもPCベースのガジェットだと理解できる方は多く、それがITからの以降組にピタリとはまり、スイッチャーを入れてのマルチカム運用は一つのデフォルトとなっていった。とはいえソフトウェアスイッチャーは、どうしてもPCを介さないと困ることが多い。

さらに、PCのハングアップも本番中に起こらないという保証はない。アナログ時代からスイッチャーに触ってきたベテランほど、ハード的に信号を変えるスイッチャーの方が安心感はある。そんな中、ローランドが出した答えは小型軽量のハードウェアスイッチャーV-1SDIだ。とにかく大きさを切り詰め、ライブスイッチャーとして最低限の機能を残したコンパクトスイッチャーは、現場を選ばず、どんな小さい現場でも入り込める優位性があったが、このコンパクトさは良いのだが音声関係はどうにもこうにも厳しい。

ミドルレンジクラスのスイッチャー(以下:SW)業務はやはり人数が少なくコンパクトに行っているためにSW切りながら音声も同時に何とかしたいもの。そしてその声を聞いたのか、V-60HDには音声関係もしっかり充実している。

マルチチャンネル

一番上の段は音声部分、アナログミキサーのダイヤルがマスター含めて5つ並ぶ

V-60HDの一番の特色は、実は音声関係かもしれない。ライブSW収録で音の部分は気になるところ。現状の低価格SWは全て音声をエンベットできるが出力は2ch分しかない。SDIやHDMI経由で8ch入力も可能だが出力はそこから2MIXのみというのがデフォルトだった。

これは一見OKなように見えるが、舞台もののようにオーディエンスの盛り上がりや、舞台からの役者の叫び等でMIXされてしまうと、どうにもならない。そこまで行かなくてもエアノイズLR・PAからのラインLR貰いのバランスだけでも、できれば収録に4ch欲しい。このため音声キャプチャ的に同社のR-88で音だけ別録りし、編集で付けるパターンか、もしくはPROTECHのF-1で4ch分をエンベットし、そのままATOMOS SHOGUN等の外部収録機を使う必要があった。

せっかくSW機材でコストと設置場所を圧縮してもこれでは無意味だ。V-60HDはこの現状をリサーチし、SW機能に音声ミキサー機能をしっかりと組み込んできた。もちろん音屋のローランドが作るものなので、コンプ/イコライザー等基本的な機能は全て搭載している。入力経路はデジタル入力6ch+アナログ入力6chの合計12ch分の入力が可能※2

※2 デジタル6chは各々ST入力が可能。したがって、デジタル12ch+アナログ6chで合計18ch入力

そして出力は、キヤノン4ch+RCA2chの計6ch分のアナログはそのままパラでエンベットされ、デジタル分はアサインで出力を選べる。さらに全体の中から2MIXを別にエンベットして出力が可能。本番での調整で何も問題なければ、このまま2MIXでパケを作ることもできるし、2MIXに各chのエッセンスを加えたり、全ての音声を後から仕切り直しても良い。これらは全てエンベットされて出力しているので、NLE状でのズレもなく結果的に納品が早くなる。またエンベットではなく、音声だけ別に2ch分のアナログ出力も可能となっているので、いろいろな収録にも使えるだろう。

スイッチャーとしてはどうか?

叩きやすいスイッチ類。これだけでも気持ちよくセレクトできる

全てのボタンやTバーは同社の上のクラスのものをそのまま使用したため、小刻みなスイッチングの叩きも気持ちよくできる。Tバーはやはりこのタイプでないと感性的な部分で同期ができない。サードパーティーであるようなスライドバーでは全く話にならないのは、経験者なら説明も要らないだろう。

入力は全て後ろ側からアクセス。2番目のHDMIはD-SUBと排他使用可能

入力はSDIが4ch、HDMIが2chあり、HDMI※3には同社のスケーラー(スキャンコンバーター)が入っているため、どんな信号を入れても特に気にすることなく取り込める。

※3 HDMIの一つはRGBとの排他使用が可能

スケーラーを通して入ってきたものは、ドットバイドットや、その大きさ等の調整が可能

セーフティ的には入力信号がないスイッチを押しても、そこがセレクトされないのは現場的には保険の一つに感じられる。後の機能として、V-60HDから新規に載った機能はない。なので同社のスイッチャーを一度でも使ったことがあればオペレートとして迷うことはないはずだ。

今回のファーストバージョンに搭載はなかったが、次期ファームウェアアップデートでなんとスマートタリー機能が搭載される。これはSWに信号をWi-Fiに載せてスマホ等に送るだけで、赤と緑が表示される予定だ。とはいえWi-Fi帯なので、現場によっては使えない場所もあるはず。特にWi-Fiに対してジャミングを出しているホールは確実にあるのでそこでは有線LANでの運用方法がいいだろう。

総評

PinPは一般的なものばかりだが、ハート型が一つ入っているのはご愛敬だ

今回はファーストインプレッションとして数時間実機を叩いてみた。最終β機なので未完成な部分も残っていることを考えても、このサイズで、よくこれだけの機能を満載したとしかいいようがない。

一応β実験としてのスマートタリーも体験したが、やはり赤と緑のタリーが返ってくるのは非常に気持ちが良い。これによってインカムの指示にも余裕が出てくるはずだ。また音声に関してアナログ部分は本体にダイヤルがあるのでそこから直接アクセスできるが、デジタル部分は?というと、これも別途DLできるソフトをPCに入れてUSB接続することで、デジタルオーディオへのアクセスも含めていろいろな設定ができる。ダイヤルは、キヤノン4個、RCA1個、マスター1個の計6個。

もちろんタッチパネル対応のWindows PCがあれば、感覚的にスライド調整も可能。さらにアナログ&デジタル共にスライダーで直接音声の調整も可能だ。今回はミドルレンジ的に欲しいものをほぼ搭載したスイッチャーとなった。ようやくローランドが本気になって重い腰を上げてくれたV-60HD。これでまた一つ日本製の機材が頑張ってくれることを期待したい。

WRITER PROFILE

岡英史

岡英史

モータースポーツを経てビデオグラファーへと転身。ミドルレンジをキーワードに舞台撮影及びVP製作、最近ではLIVE収録やフォトグラファーの顔も持つ。