txt:渡辺健一 / 編集部 構成:編集部

世界で他の追随を許さない、世界最先端の録音技術を搭載したZOOM F6およびF2の開発秘話と、その技術についてレポートする。

ZOOM社は、東京・御茶ノ水に本社を構える国産の音響メーカーである。元々音楽用の音響機器を開発販売しているが、現在は映像機器向けの製品で他を圧倒するユニークな製品を数多く作り出している。

今回は、音響テクニカルライターであり、現役の映画録音技師である渡辺健一がメーカー開発者に、開発コンセプトや最新技術、秘話などをインタビューした。開発者は、工藤俊介(リサーチ&デベロップメントヴィジョン バイスプレジデント)氏である。写真を見てすぐに思ったのは、いわゆるメーカー開発者の作業着姿とは全く違う、役者のようなイケメンであること。センスの良さが風貌に現れているような気さえする。

まず、昨年に突如登場したF6(6チャンネルのフィールドミキサー)の開発について聞いた。

F6の開発に秘められた次世代レコーディング

工藤俊介氏(リサーチ&デベロップメントヴィジョン バイスプレジデント)

渡辺氏:映画の現場ではF6の前に発売された24bitリニア録音のF8nを愛用しています。おそらく、映画の録音部で最もシェアが高いのがF8nだと思います。とにかく我々プロが使いたい機能が多く、サイズも小さい。しかも8チャンネルもある。このあたりからお聞きしましょう。

工藤氏:元々ZOOMは音楽用の製品を出してきたのですが、4チャンネル入力のハンディレコーダーH6が映像の人たちに使っていただけたあたりから映像へのアプローチが始まりました。

渡辺氏:H6のインパクトは凄かったですよ。あのサイズで4チャンネルもあって、しかもマイクカプセルでもう2チャンネル増やせる。しかも、S/N比が非常に良かったですね。

H6は2013年に登場した音楽向けのハンディーレコーダーである。外部増設用のマイクカプセル端子(独自仕様)があり、様々なマイクやXLR入力端子アダプターがある。本体のXLR端子はファンタム電源仕様だ。我々プロの録音技師が驚いたのは、とにかくノイズが少ないこと。

それまでの業務用アナログミキサーだと、マイクゲインを上げすぎるとホワイトノイズが上がってきて、小声などを録音するときの音質低下の原因になっていた。それがH6はほぼノイズレスで、しかも手のひらサイズの超軽量。地方や離島などのグラビア撮影や小規模のVシネなど、一人で録音をしなければならない現場で非常に重宝された。かくいう筆者は、H6を3台所有している。

工藤氏:ちょうどその頃に一眼レフカメラによる動画の世界も始まり、同業他社の参入も増えました。その頃に出したのがF8で、プロ用のフィールドレコーダーでした。

F8は、プロが使っていたアナログミキサーと同じサイズで、8チャンネル入力&マルチ録音ができるフィールドレコーダーであり、H6と同じく超低ノイズである。このF8からプロの録音技師が映画などにZOOM製品を本格的に使い始めたと思う。

タイムコード同期も搭載しており、テレビなどのマルチカメラ撮影にも対応している本格派だ。いわゆるデジタルレコーダーになるのだが、これまでのアナログミキサーは、使い続けるとボリュームが劣化してガリガリと音がでてしまう。特に埃が大敵で、アナログミキサーの宿命だった。ところがデジタルになり、ボリュームのガリもなくなった。これも評価される所以だと思う。

渡辺氏:さらに、4チャンネル仕様のF4が登場し、F8を改良したF8nも発売。中身は映画で使いたいシーン分けのファイル管理など、ハリウッド仕様というか、とにかくすごい。出てすぐに買いましたよ。

F8nは、今や映画などのプロの現場のスタンダードになっている。1本の映画でマルチチャンネルの録音を行うと、ファイル数が数千~一万本にもなる。それを効率よく管理する方法は、1つはタイムコードシンクロ。しかし、一眼レフカメラではそれが難しい。

もう1つの方法がファイル名をシーン・カット・テイク(トラック)で分けること。 F8nにはファイル名を簡単に操作する機能が搭載されている。例えばボタン操作1つでカット番号が進むなどである。我々プロの録音技師は、F8n(もしくはF8のファームウェアのアップグレード)で完璧ではないかと思ってしまったほどである。ところが、

工藤氏:F8nの後、弊社社長から「お前たち、本気を出してるのか?これだけか?」と言われまして、それならやってやろう!ということでF6の開発が始まりました。

隠れたフラグシップ機「32bitフロート録音F6」の開発は技術者魂の結集だった

フィールドレコーダー「F6」

筆者や仕事仲間の録音技師などは、F8nは録音業界では画期的な製品で、この先10年は変わらなくてもいいのではないかと思っていたのだが、元気のあるメーカーはすごい。自分たちのライバル機を作ろうというのだ。 工藤氏によると、F6は、開発者が自分たちで紙を切って小さなモックを作り、その中にこれまでにない録音性能を持ったフィールドレコーダーを入れることから始まったという。つまり、まず先にサイズを決めてから中身を作るということだ。

余談だが、Fシリーズは、フィールドミキサーのシリーズという意味だが、製品コンセプトを聞いて驚かされた。

工藤氏:「F」が付くシリーズは、地球上のあらゆる場所で使える仕様になっています。例えばエベレストなどでも使ってもらえるように、気温は-20℃~50℃、湿度は90%でもちゃんと動くように作っています。ただし、結露はご勘弁いただきたいです(笑)。ただ、気温が低すぎる場面ですと、Fシリーズは大丈夫なんですが、電池の方が先に動かなくなります。リチウム乾電池なら極寒でも動くようです。

F6はとにかく小さく、そして頑丈、電池が長持ち、さらにどんな場面でも失敗なく録音できることを目指しました。

なるほど、かつての日本のカメラ開発の意気込みを思い出させる。そういったチャレンジ魂が「本気」の中にあるメーカーがZOOM社というわけだ。そこで新たに開発したのが、デュアルADコンバーター&32bitフロート記録である。

画期的な録音技術、デュアルADコンバーター&32bitフロート録音とは?

32bitフロートは、ハイレゾ音楽では10年くらい前から使われている技術で、実はほとんどの映像編集アプリ、音楽編集アプリの内部は32bitフロートで動作している。この32bitフロート録音を簡単に解説してもらった。

工藤氏:32bitフロートというのは、24bitリニアに8bitの指数乗数を加えた記録方式です。簡単にいうと、これまでのリニア録音は、音の大きさを数値にして記録するだけでした。32bitフロートは、8bit部分で、結果的には大きさと変化の方向を示せる記録だと思っていただけるといいかもしれません。ちょうど、画像のビットマップが拡大すると荒れていきますが、これがリニアです。フロートはベクター画像のようなもので、拡大しても荒れないのです。

これまでのリニア録音だと、レベルを低く録ってしまった音や、囁くような小さな声のボリューム(ゲイン)を編集で上げると音質が劣化して、古いラジオのような音になってしまう。ところがフロートの場合、どれだけゲインを上げても劣化しない(限界はある)。

工藤氏:リニアの場合、小さな音には数bitの解像度しかありません。それを拡大すれば、当然の事ながら荒い音になります。ところが32bitフロートは、入力された音を256段階に分けて、その1つ1つに24bitリニアを割り当てられていると想像していただけると近いと思います。どんなに小さな音でも、そこには24bitの解像度があるので、ゲインを上げても実用上は音質劣化がないと言えるのです。

音の世界では、1bitあたり6dBの帯域を表現できるとされているが、リニアの場合、いくらbit数を上げて全体のダイナミックレンジを広くしても、小さな音の解像度は変わらない。仮に32bitリニアにしたところで、小さな音の問題は解決できないのだ。つまり、24bitリニア以上にしても実質的な音質は変わらないのだ。それゆえ、アナログの音響機器で再現する場合、24bitリニアのダイナミックレンジで十分だとされている。

ところが録音の場合、極端に小さな音はマイクゲインを上げてからデジタル化しないと、先ほどの解像度不足の問題から逃げられない(編集でゲインアップすると音質劣化するため)。マイクゲインを上げると信号レベルも大きくなるが、大きくなりすぎると今度はAD変換する際にデジタルで表現できる最大値を超えてしまうリスクが出てきてしまう。最大値を超えてしまった場合、波形が欠けて(=クリップ)しまうことでノイズになり、編集でも元に戻すことはできなくなる。

32bitフロートというのは、24bitの解像度を8bitで積み重ねて音の大きさを表現できる。非常に乱暴な言い方をすれば、入力された音を256段階のエリアに区切って、その中を24bitリニアの解像度でデジタル化することができるわけだ。小さな音はゲインを上げてデジタル化し、大きな音はクリップしないようにゲインを下げてデジタル化し、これらのデータを32bitフロートで処理できれば、解像度問題もゲインによるクリップ問題も解決できるのだ。

工藤氏:32bitフロートで非常に広いダイナミックレンジをデータにすることはできるのですが、これまでのADコンバーターは、32bitフロートに比べて実質的なダイナミックレンジが狭いので、弊社はADコンバーターを2段階にして、マイクが表現できるダイナミックレンジを大幅に超える入力ダイナミックレンジを確保しました。

ここでダイナミックレンジという言葉が多くでてきているので解説しておくと、ダイナミックレンジとは、表現できる最大の音圧からどこまで小さな音が表現できるかという幅のことだ。24bitリニアの場合は、6dB×24bit=144dBで、人間の耳で聞き分けられる幅を十分に確保しており、再生機では24bitで十分だとされる。

そのダイナミックレンジだが、レコーダーの場合、まずマイクのダイナミックレンジがあり、入力回路のダイナミックレンジ、デジタル記録のダイナミックレンジ、(アナログ)出力のダイナミックレンジと4段階ある。

レコーダーの性能を左右するダイナミックレンジは、入力電気回路とデジタル記録の2つのダイナミックレンジである。前述のように、通常は入力にマイクプリアンプ(電気回路)を置いて、デジタル記録に適した音の大きさにしてから記録するが、マイクゲインを上げれば上げるほど大きな音を入力することができなくなり、ダイナミックレンジが狭くなってしまう。

「F2-BT」

逆を言えば、小さな音に適切なマイクゲインと、大きな音に適切なマイクゲインの2系統の信号をデジタル変換できれば、音の大きさはデジタルで上げ下げできるから、アナログで音量を調整する必要がないということだ。そこでF6やF2では、大小それぞれの固定ゲインのマイクプリアンプと、それぞれ専用のADコンバーターを用意して小さな音での解像度を十分に確保している。

工藤氏:電気回路は大音量を含めた普通の音と小さな音のための2系統用意し、特に小さな音に関しては回路のノイズがほとんどないレベルに抑えています。これであらゆる大きな音を最適な状態にして、それぞれ別のADコンバーターでデジタル化します。F6にはマイクゲインとフェーダーがありますが、実は32bitフロートでは、この2つもデジタルデータとして記録しているだけで、元の音声データは変えていません。

つまり、どんなマイクゲイン値でもフェーダー値でも、元の音声情報には影響を与えずにデータになっているので、例えマイクゲインがゼロでも音は記録されているし(ただしトラックがオフでは録音されない)、ゲインやフェーダーを上げ過ぎてレベルオーバーに見えるような音声ファイルでも、元の音声はマイクからADコンバーターでデジタル化した音のままだから壊れないということだ。

ちなみに、F6やF2のデジタルデータのダイナミックレンジは数百dBもあるとのことで、どのようなゲイン値、フェーダー値であっても収まりきれないことはないし、編集で同じように数百dB上げてもデータが壊れることはない。

非常に画期的な技術だが、そのハイクオリティーを支えているのは、ゲインが固定された超低ノイズの2つのマイクプリアンプと、それをデジタル化するデルタシグマ方式の高解像度なADコンバーター、そして、2つに分離された大小それぞれの音圧を持ったデジタルデータを、1つの高音質な音声データに復元する技術である。

特に2つの音を張り合わせる技術の良し悪しが音のクオリティーを大きく左右するので、この辺りが長年にわたって音楽機器を作ってきたメーカーの底力だと言える。

32bitフロート録音の運用は、従来方式とハンドフリー収録の2つを併用可能

圧倒的なダイナミックレンジと解像度をもたらすデュアルADコンバーターと32bitフロート録音だが、実際に我々が録音する場合の運用ポイントを工藤氏にアドバイスしてもらった。

工藤氏(左)と渡辺健一氏(右)

工藤氏:F6は、基本的にマイクゲインを変える必要がありません。32bitフロートのデジタルデータは、ゲインを上げても上げなくても、同じ音質のデータを保持しています。ただ、F6は従来の録音方法のように、マイクゲインを調整して、フェーダーで出力をさらに整えるというやり方も搭載しています。これまでと同じように、現場で完成された録音レベルを作り出す操作方法で、従来のフィールドミキサーと同じやり方ができます。

渡辺氏:確かに、テレビでは録音素材がそのままオンエアできるようにする必要があるし、映画でも、編集マンが音に関しては素人ということもあるので、少なくとも波形データとして見えるレベル範囲に撮影時に整えたいですね。つまり、これまでと同じ録音方法でも、これまで以上に小さな音も大きな音も壊れることなく録音できるわけですね。ところで、LINE出力はどういう扱いでしょうか?

工藤氏:F6のLINE出力は、これまでの24bitリニアと同等ですので、0dB以上の音は割れてしまいます。ヘッドホンも同じです。LINEケーブル等でカメラなどに繋ぐ場合には24bitリニアの範囲内で録音するような調整が必要です。ただし、各チャンネルの記録を32bitフロートにしておくことで、MAで差し替えて高音質にすることが可能です。

F6は、各チャンネルを32bitフロートにしてミックスしたLRステレオファイルも32bitフロート記録が可能で、32bitフロート録音をしながら24bitリニアデータも同時に記録することができる。 テレビや映画向けに24bitリニアのLRステレオデータを保存しておけば、これまでと同じ編集作業になり、MAで32bitフロートに差し替えることで、高音質な納品のプロセスまで可能になるということになる。これは、非常に画期的だ。

32bitフロート編集は、従来のアプリをそのまま使える

工藤氏:32bitフロート記録が編集に使えるかどうか、我々もかなり心配でしたが、主要な編集アプリは、F6やF2のファイルをそのまま読み込んでお使いいただけます。

実際に編集をやってみると、これまでの24bitリニアと全く同じで普通に読み込めるしゲイン調整などの編集もできる。エフェクトも何の問題もない。ただし、アプリの音声レベルメーターや音声波形は24bit(もしくは16bit)リニアの表示だから、小さな音は波形に現れないし、大きな音は山が削れてしまって見える。

しかし、これはそう見えるだけで、最終納品の24bit(もしくは16bit)リニアに収まるように、ゲイン調整をすれば大丈夫だ。この辺りは、通常の整音作業と全く同じである。F2で収録した自然の音の波形データを掲載しておく。

補正前は音がないような波形だが、+48dBにゲインアップすると、波形が現れる。この状態でもホワイトノイズはなく、飛び出しているのは鳥の声で、下の方は工場地帯の雑踏である

F6とF2の登場で、録音の世界が変わる

F6とF2を映画の現場で使用しているが、これまでの録音と全く概念が異なり、レコーダーの設定値を変える必要がほぼない。録音ボタンを押すだけいいのだ。F2に関してはマイクゲインとフェーダーがないので、それを知った上で編集しないと、波形だけ見てレベルが低すぎると編集マンに怒られる可能性があるし、F6でも同じことがあり得る。しかし、実際には音量に関する配慮が必要ないことは、前述までのインタビューでご理解いただけたと思う。

今後の録音は、レベル調整から解放され、マイクワークに専念することが可能だ。これまでのような、音が割れてしまった、音が小さすぎるという失敗は考える必要がほぼなくなり、音質アップのためのマイクワークに専念することができる。これは、画期的である。このような録音機器を提供してくれたZOOM社および工藤氏には賞賛と感謝の言葉を送りたい。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。