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ノンフィクションライター、インベカヲリ★さんを迎えて

「訊かせてよ。」第十九回!

世界がコロナ禍に見舞われて以来、本屋では「メンタル本」が大量に並ぶような世の中になった。さらに戦争も始まるし、今もなお世界は圧倒的に病んでいる、と私は思う。なんやかんやで希死念慮に近いものを抱えている人は多いと思うし、それって結構普通のことではないだろうか。ま、憂いていると何もできなくなるから、目の前の課題をコツコツやるしかないなというのがいつも辿り着く結論なのだが、どうにも心の靄は晴れないし、ふとした拍子に気分はズンと重くなる。それが自分のデフォルトなんだと諦めてもいるが。

そんな風に誰かと話して発散することもできないことをつらつらと考えている時期に出会った本が、インベカヲリ★さんの著書「家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像」だった。この本はインベさんの3年にも渡る丹念な取材のもと書かれたノンフィクション作品だ。

2018年6月9日、走行中の東海道新幹線の車内で男女3人が襲われ、2名が重軽傷、男性が死亡した「新幹線無差別殺傷事件」。犯人・小島一朗の理解不能な動機、思考を浮き彫りにしたこの本の紹介文には「誰も踏み込まなかったその内面に、異端の写真家が迫る。全真相解明、驚愕の事件ルポ!」とある。確かに、リアルな重苦しさ1000%の読後感、ものすごい本だった。2022年「第53回 大宅壮一ノンフィクション賞」にノミネートされ、さらに「第44回 講談社 本田靖春ノンフィクション賞」にもノミネートされたという。さらにインベさんは2022年5月「私の顔は誰も知らない」「死刑になりたくて、他人を殺しました」と、2冊も上梓。

ノンフィクションライターとして知られるインベさんだが、世の中に知られることとなったのは写真作品の方が先だった。モデルを募集し、応募してきた女性の話を聞き、そこからアイデアを出しシチュエーションを作り、写真を撮るという作風で、写真集「やっぱ月帰るわ、私。」が「第39回 木村伊兵衛賞」にノミネートされたのは2013年のこと。すごい。

こんな作品を書いたり撮ったりする女性は、さぞかしツンとして攻撃的な「女SWAT」みたいな人なんだろうと勝手に妄想していたが、あるインタビュー記事に添えられたインベさんの写真を見てビックリ!昔どこかで会ったような、ふんわりとした柔らかい空気を纏った人だった。それで俄然ファンになって会いたくなって、今回勇気を出してアプローチして「訊かせてよ。」にご出演いただきました。

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インベさんの写真や本を眺めていたら「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉が思い浮かんだ。不思議なことにインベさんの本に出会ってから、私の希死念慮は薄まっている。読んだ直後はそれが何故なのかわからなかったけれど、今回インベさんと直にお話しをしてみたら、なんとなくその理由がわかったような気がした。今もなおインベさんは「言葉」と「写真」の両刀使いで世界の深淵に留まりこちらをじっと見つめている。

そんなわけで。きっと誰かの心に届く「訊かせてよ。」です。ぜひぜひご覧ください。

メディア情報

インベカヲリ★HP

プレジデントオンライン記事

「秋葉原で無差別殺傷した死刑囚の元同僚です」大友秀逸さんがそう名乗ってツイッターを続ける理由(インベさんの著書「『死刑になりたくて、他人を殺しました』無差別殺傷犯の論理」の一部を再編集したものが掲載されています)

ゲストプロフィール

インベ カヲリ★

1980年、東京都生まれ。短大卒業後、独学で写真を始める。編集プロダクション、映像制作会社勤務等を経て2006年よりフリーとして活動。2013年写真集「やっぱ月帰るわ、私。」で「第39回 木村伊兵衛写真賞」最終候補に。ノンフィクションライターとしても活動しており、「家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像」が「第53回 大宅壮一ノンフィクション賞」「第44回 講談社 本田靖春ノンフィクション賞」にノミネート。2022年5月に「私の顔は誰も知らない」「死刑になりたくて他人を殺しました」と2冊の本を出版。

WRITER PROFILE

山本遊子

山本遊子

フリーランスの映像ディレクター。1999年からテレビ、WEBなど様々なメディアで映像を作り続けている。うぐいすプロ