映像クリエイターが知るべき録音術

「神マイク」と称され、入手困難だったソニー「ECM-B1M」の後継機種、「ECM-B10」が発売開始された。このマイクの使い方を徹底解説したい。

デジタル処理で最適な音質音量を作り出す、インタビューマイクの決定版だ

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2022年7月の末に発売開始されたECM-B10だが、2022年8月17日現在、すでに入荷待ちとなる人気だ。概要は、この1つ前の連載を参照いただきたいが、簡単に書くと、4つのマイクを直線的に配置して、それをデジタル処理して指向性とノイズ軽減、音量の最適化が行われるマイクだ。前身となるECM-B1Mは8個のマイクを使っていたが、このECM-B10は4つのマイクが使われている。

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4つのマイクが直線上に配置され、入ってくる音の時間差(ズレ)を使って様々な処理を行っている

デジタル処理の内容は公開されていないが、たとえば指向性は、4つのマイクに入る音のズレを解析して方向性を判断しているのだろう。

たとえば正面の音は4つのマイクに順次音が入ってくる。この音の時間差(ズレ)は4つのマイクの距離に比例するので、各マイクの音のズレがマイク距離と同じであれば真正面の音と判定できる。一方、真横の音は同時に各マイクに到達するのでズレがない。音のズレが大きいほど正面、ズレが少ないほど横方向の音と判定しているわけだし、ズレ量は音源の方向を示すことになる。つまり三角測量と同じ原理で音の向きがわかるわけだ。

そして、ズレた音をデジタル処理で1つに重ねることで音質を整える。実際には、この処理が失敗して音にエコーが聞こえる場面もあるのは事実だが、それも一瞬だから、耳を鍛えているプロが気になるレベルの小さなものに収まっている。

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右上のスイッチが指向性の切り替え。シンプルな操作で多様な特性を簡単に使い分けられるのがこのマイクの特長だ

上記で説明した指向性は、背面のスイッチで簡単に切り替えられる。最も狭い指向性は「スーパーカーディオイド」(スイッチの一番上)だ。原理的には、背面の指向性をなくすこともできたはずだが、あえて普通のショットガンマイクと同じスーパーカーディオイドの特性(背面に感度がある)にしてあるところが、非常に凝った作りだと言える。

ただ、録音技師としては背面に感度がない前面だけの鋭指向性マイクにしたモードも搭載してくれると良かったのではないかと思う。なぜなら、背面に感度がないマイクは、三研マイクロホン社の特殊なショットガンマイクだけで、価格は20万円もする。これと同じ特性が手に入るとなると、とてもありがたいと思うし、わざわざ背面の音を混ぜる処理では音質上では不利な場面もあるはずだ。無理をせず、前面だけの指向性でも良かったのではないかと勘繰ってしまう。

同様に、前面180°に広がるカーディオイド(単一指向性)特性と360°全面のオムニ(無指向性)も搭載されており、このマイク1本で主要なマイク特性をカバーできるのはすごい。目的に応じて特性を選ぶことができるわけだ。

デジタルノイズキャンセルは非常に優秀かつ実用的、オートゲインコントロールも絶品だ

このデジタルマイクの良さは、指向性(画角)だけでなく、音質向上のノイズキャンセルとオートゲインコントロールにある。

まず、ノイズキャンセルだが、これは音声編集アプリに搭載されているノイズキャンセルと同等のものが入っていると考えてよいだろう。おそらくスマホの技術をベースにしていると考えてよいと思う。

音声から人間の声を特定して、それ以外を軽減するのがノイズキャンセル機能だ。これは1つのマイクカプセルだけでも実現されている。一方、複数のマイクから人の声の向きを特定し、そこにフォーカスして、別方向の音を軽減することもできる(実際にECM-B10に搭載されているかは不明)。いずれにせよ、エアコンや冷蔵庫などの定常音は簡単に軽減されるし、街中の雑踏もかなり軽減してくれる(複数マイクの恩恵だろう)。

一方、デジタルでノイズを消す場合には、どうしても主要音の音質が下がるのだが、ECM-B10はこの音質低下をかなり抑え込んでいる。エアコンや冷蔵庫のような定常音であれば、主要な声の音質低下はほぼ気づかないレベルだ。一方、急に大きなノイズが入るような場面では、通話状態の悪い時のスマホの声のような劣化が起こる。ただ、このような場面でも何を喋っているかはわかる。普通のマイクだと聞き取りにくくなってしまう場面でも、ECM-B10は「使える音」を提供してくれる。

一方、このECM-B10のオートゲインコントロール(自動音量調整)が非常に優秀だ。カメラやレコーダーのオートゲインコントロールは、人の声だけでなく、背景音も上がってくるので喋っていない時には雑踏が大きく、喋り始めるとその雑踏が不自然に下がる。つまり、背景音が上がったり下がったりするので、後で背景音を消すのに苦労するのだ。実際、我々プロはオートゲインコントロールは絶対に使わない。

ところが、ECM-B10のオートゲインコントロール(時にスーパーカーディオイド設定時)は、主要被写体だけを適正音量に整えてくれる。背景音は無意味に上がり下がりしないので、実は編集時に無加工のまま使える。しかも、整えられる音量はYouTubeなどネット動画で推奨される-6dB平均になる。つまり、我々プロが行っているポスプロでの静音作業は、このマイクが自動的にやってくれると言っていい。

ATTの用途

0dB ネット用(-3~6dBピーク)
10dB テレビ放送用(-12dB周辺ピーク)
20dB ライブ演奏など

インタビューにはこの設定だ

さて、実際に運用する場合のセッティングについて解説しよう。まず、マイクセッティングの基本だが、どんなマイクであれ1m以上離れてしまえば、どんどん音質は下がるし、指向性などの特性の利点も下がっていく。音質=距離という原則はどんなマイクであろうと揺るがない。

それを前提に、このECM-B10のセッティングを解説するが、端的に言えば、被写体までの距離が50cm~80cm、画角はスーパーカーディオイド、ノイズキャンセル(NC)はオン、音量調整はオート、付属ウインドジャマーは常用。これだけでテレビ放送でも使えるレベルの音質と音量になってしまう。ただし、音量はネット基準の-6dBと高めなので(マイク本体のATTを0dB)、本当にテレビ放送に乗せるのであれば、-12dB基準に落とす必要があり(本体ATTを-10dBで対応)、ポスプロで明確なラウドネス基準に準拠させる作業が必要なことは言うまでもない。でも、整音作業は必要ないので、非常に使いやすい音が収録できる。

作例

一方、このマイクが苦手にする場面もある。上記のセッティングに出演者が入らないような距離ではやはりピンマイクが必要だし、背景音が非常に大きな場所ではやはりノイズキャンセル機能も十分ではない。

また、スーパーカーディオイド設定の場合、どうしてもデジタル処理された音になることがある。このマイクは指向性を出すために、サイドの音を引き算するデジタル処理をするわけだが、横の音が大きい場合には、この引き算が強く働く。横の音の種類によってはデジタル処理された感じが強くなる。被写体の位置が変わる撮影、たとえば歩いている被写体を追うような場面でも、デジタル感が強くなってくる。

いずれにせよ、このマイクの癖だといえるので、この辺りを把握していれば、逆にこのマイクの良い音を引き出すこともできるので、ある程度の使い込みで慣れる必要がある。

指向性の使い分けはコレ、音質はカーディオイドがいい

さて、インタビューでは上記のセッティングを推奨するが、他の指向性の使い方も解説しよう。

まず、音質重視であればカーディオイドがいい。理屈を考えれば当たり前なのだが、スーパーカーディオイドは側面と背面の音を引き算している。引き算が多いほど、主要被写体の音にも影響が強くなる。一方、カーディオイドは背面だけを引き算するので、スーパーカーディオイドよりは音質が上がる。

つまり、インタビューしつつ、その場の雰囲気をきれいに入れるのはカーディオイドがいいということになるし、実際に撮影してみるとカーディオイドの声が自然で心地よいことがわかる。ただ、当然のことながら周囲がうるさい場合、その音に邪魔されて主要被写体の声が不明瞭になるのは当たり前なので、撮影場所を選ぶことは否めない。

一方、オムニ(無指向性)は最も自然になるはずだが、映像作品の場合、背面が映るわけではないので、後ろからの音は映像上あまり意味がないし、インタビューの場合には環境音の方が大きくなりすぎて使いにくい。自然の中で鳥の声などを収録する場合にはオムニもいいが、映像とのバランスで言えばカーディオイドがベターだ。

いずれにせよ、上記は原理原則なので、実際に現場でセッティングを変えながら最適な画角を選ぶという努力は忘れないでほしい。環境次第では上記の鉄則がひっくり返ることがあるのだ。

旧製品ECM-B1Mから買い換えるべきか?

さて、旧製品ECM-B1Mを使っている場合、買い換えるべきだろうか?

旧製品ECM-B1Mは8個のマイクカプセルでデジタル処理を行っている一方で、新製品ECM-B10は4つに減っている。実際に聴き比べてみると、スーパーカーディオイドの画角はECM-B1Mの方が狭いと感じる。それゆえ、かなり背景がうるさい場面ではECM-B1Mの方がベターだと思う。その一方で、音質自体はECM-B10の方が上で、自然な音質を作り出している。特に条件が悪い時にはECM-B1Mの方がデジタル感が強くなるような気がしている。

旧製品の作例

ただ正直なところ、ECM-B10の現場投入回数がまだ少ないので、どちらが優秀かということの結論は出ていないが、どちらも小さいマイクなので、両方を現場に持ち込んで、ベターな方を使うことにしている。それゆえ、旧製品をお持ちの方にアドバイスをするとしたら、静かな場面では新製品の方が若干音質は上、それ以外はまだ不明だ、ということになる。

直感的には旧製品の方がマイクが長い分だけ指向性は有利だろうと思っているので、買い替えは必須というほどではないが、音質重視の現場では新製品をおすすめしたい。

まとめ

スマホの技術が日々進化する中で、音の世界も劇的に進化している。1年前であればインタビューはピンマイクと断言していたが、デジタルマイクはその常識も覆している。海外では、インタビューマイクとしてスマホ(iPhone)を差し出している動画も多くなってきている。iPhoneの録音機能は非常に優秀なので、下手なマイクとレコーダーを使うよりもいい。

今後も、デジタルマイクの動向は見逃せない。ソニー以外のメーカーにも頑張ってもらいたい。

WRITER PROFILE

渡辺健一

渡辺健一

録音技師・テクニカルライター。元週刊誌記者から、現在は映画の録音やMAを生業。撮影や録音技術をわかりやすく解説。近著は「録音ハンドブック(玄光社)」。ペンネームに桜風涼も。