Vol.07 動画におけるモニター「BenQ PD2725U」[Monitor Review]

今回、BenQの「PD2725U」をお借りしたのでレビューしたい。調べたところ発売されて1年以上経っており、数多くのレビューが出ているため、今回は映像制作において興味のある部分を書く。前振りとして、少し過去を振り返ってから今の時代に求められるモニターを考えよう。

今の時代に求められる、映像制作におけるモニターとは

ひと昔に比べてモニターに求められるものが変わった。広色域、HDRなどの表示機能はもちろん、ユーティリティ性なども求められるようになったことがポイントだ。

過去のモニターの用途

昔はブラウン管などのアナログ的要素で安定した表示が難しかった。現在のように基準となる規格(勧告など)もあまりなかった(仕様のばらつきで制定できる状況じゃなかった「Rec.601」などがあった)ため、映像=「テレビ」であり、映像をPC用途で使われることは限られたものであった。

PCでのモニターの用途は、紙面でのデザイン制作で求められた。主なニーズとして印刷物(反射物 CMYK)の再現が求められることに。しかし実際は、物理的(発光物vs反射物 他)なことと当時のモニター性能もあいまって難しいものであった。

過去はこういった経緯からも、目的とのマッチングは優れた環境でも難しく、「仕方ないね」という「逃げ」の猶予がある世界であった。過去とは言っているがその考え方はいまだに燻り続けるものだ。

現代のモニターに求められるもの

近年においては、様々な形式のパネルの登場による、高い表現力と経年劣化への耐性ができ、アナログ要素も減ったおかげで安定し、モニターの表現力(再現性)も変わった。結果、ニーズも変わっていった。

デジタルサイネージやスマートフォン/タブレットデバイスでの表示の再現が求められるようになり、同じ発光物なので物理的な制約が少くなり、クライアント、製作者ともにより高い再現性を求めるようになった(orなる)。再現する内容も「sRGB〜Display P3〜Rec.2020」「HDRを表示できるダイナミックス」とレベルの高いものとなった。さらに今後、より表示デバイスの性能向上が予想され高い精度が求められる。

では、考えるべき、いま「モニターに求めるもの」は?

モニターに求めるものは人それぞれではあるが、映像制作の視点からいま「モニターに求められるもの」を考えていこう。

一般的な考え方

「色が鮮やか」「明るい」、これらは「ゆとり」的な印象がある。そのため作業用には敬遠しがちだ。正直、私自身もHDRの流れができるまでこれらに興味がなかった。

では実際はどうか?

実際は、意外とこれらの意見は正しい(もちろん管理された上だが)。現代においてはHDRを活かせる明るさ、WCG(Rec.2020やP3)を表示できる色の鮮やかさ=色域の能力を求められるようになった。「ゆとり」と考えていたことが「必要最低条件」として求められているのだ。

コラム〜HDRによくある誤解

HDRが出始めて、はや数年が経つがなかなか浸透しない。それは仕様が明確になっていなかった要因もあるが、話を聞いてみると誤解によるところも見受けられる。

「単に明るいものがHDR」

「明るいモニター(SDR)でいいのじゃないか?」これは違う。どんなに明るいモニターでもHDR対応でなければHDRの表示はできない。

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HDRとSDRの違い※画像をクリックして拡大

「HDRは色がきれい」

「HDR」という言葉は色域とは関係ない。色域はあくまでも別の規格によるものだ。

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色域を意識した制作※画像をクリックして拡大

ただし、最近の風潮として「HDR=HDR(PQorHLG)&Rec.2020」を表す場合がほとんどであり、ややこしい実情もある。実際、実例もある(例:HDR400はsRGBも認められている)のも事実。あと、Rec.2020をカバーした表示は実用レベルでは難しいので、現状はDisplayP3などのP3色域が現実的だ。

実は現代はこれまで以上に、より精度の高い表示能力が求められている

現代は業務の対象に、ディスプレイ表示などの「妥協できる理由が少ない」ものが増えた。都合のいい「記憶色」といった曖昧な妥協理由がなくなる。そのため規格に沿える、性能のあるモニターが必要だ。

PD2725Uはどうか?

さて、いくつか注意すべきキーワード、「HDR」「広色域」「規格」など、いろいろなものが見えてきたが、PD2725Uはいかがだろう?

表示性能

PD2725UはsRGB/Rec.709 100% Display/DCI P3 95%と、良い性能持っている。HDR対応となっておりHDR10、HDR400をうたっている。

HDR400は「ゆるい」部分のある規格でもある。業務目的であればRec.2020が視野にあってほしいが、HDR400をうたった製品はsRGB止まりのものが多い(規格上はOK)。同製品では大丈夫なようだ。なお、HDRモード時の輝度は、独自に計測したところ通常時の250nits前後から400nits近くまでブーストされるようだ。色温度は出荷時に6500Kに調整されているとのこと。また、4Kサイズにも対応している。UHD(3840×2160)に対応しており、DCI 4Kには対応してはいないが十分だろう。

工場出荷時の調整

ブラウン管時代からの方は眉を顰める事柄とおもうが、ブラウン管や旧式のバックライトのものと違い、現代のモニターは経年劣化の進行は低いので出荷時の調整は有効だ。下手に一般の方が頻繁に調整するより良いかもしれない。

もちろん、経年劣化自体は避けられないので、定期的な確認は意味があるだろう。とくに高い輝度パフォーマンスを求めるHDRでは通常使用より輝度の負荷が高いためなおさらだ。

カラーモードによる「Rec.709」表示

実は私の中で評価の高かったのは、このカラーモードだった。PD2725Uの可能表示色域はRec.709の全てをカバーしているのが、それだけではなく色域も考慮されている。

これまでいくつかのモニターを見てきたが、カラーモード「Rec.709」の表示はよくあるような、カラーバランスでの色温度調整とガンマを整えるだけのものではなく、色域もコントロールするもののようで再現性が高いものだ。PD2725Uは先の通りP3 95%の広い色域がある。ただしRec.709での表示において、広い色域は返って余分となり「再現性」が落ちることとなる。しかしPD2725UのRec.709の表示は色域を規格に合わせているようで良い印象だ。

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カラーモード※画像をクリックして拡大

コラム〜よくある誤解 「広い色域があれば(例えばP3)狭い色域(例えばRec.709)での作業は問題ない」

これは正解でもあり間違いでもあり、その理屈を知らないものには間違いとなることだ。

表示する色は確かに広いものは狭いものを内包できるが、問題はその表示プロセスだ。色を表示するのはあくまでもデジタルデータであり、その際に色域を階調として分割しデータ化する。色域が変わっても分割「数」は変わらない。8bitなら256分割であり変わらず、異なる広さを同じ数で分割する。つまり、色域が変われば同じデータでも表示される色が変わるのだ。

実は、この違いはCMS(カラーマネージメント)によってある程度は吸収されるものだが、それはCMSに対応したOS、アプリの話であり、対応していないもの(OS、アプリ)や状況(例えば信号を受けてそのまま映像として表示するモニターなど)では「違う」表示となる。

下記の画像を見てほしい。DaVinci Resolveでシミュレーションしたものだが、同じデータ値のものでも色域によって表示色の違いがあることがわかる。写真の画像はPD2725Uの「DualView」の機能で表示したものを、カメラで撮影したものだ。これも違いがあることがわかっていただけるだろう。スクリーンショットではなくカメラで撮ったのは、OS&App自体はあくまでも同じデータを表示しているので、スクリーンショットでは違いが出ないからだ。

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色域の違いによる色の違い※画像をクリックして拡大

そういった理由からPD2725Uの色域までコントロールされたカラーモードは有益だ。CMSに対応した環境でも、ベースとなる違いが少ない環境が望ましいので意味がある。ただし、キャリブレーションソリューションなどで目的の色温度やガンマ(EOTF)などに整えた方が、より良いだろう。

PD2725Uの注意点と今後に期待したいところ

好印象なPD2725だが残念(今後のアップデートやラインナップに期待)な部分もある。

最大400nitは物足りない

PD2725Uは400nitsの輝度性能があるが、もう少し輝度が欲しい。確かにこれ以上のスペックはとても高価なハイエンドモデルかゲーミング用のモデルになり、同価格帯の同目的用途もの少ない。しかし、作業対象となりそうなスマートフォン、例えばiPhone14/Pixel 7が1,000nits以上を持っている現実がある。

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※画像をクリックして拡大

風潮としてはコンテンツも1,000nitsをピークとする傾向がある。これらのことを考えるとさらに輝度性能は欲しい。

HDRを有効にするといくつかの便利な機能が無効になる

理屈的にはしょうがないことだが、便利な「Dualview」、「Pin in Pin」などがHDRモード使用時には使用できない。これはバックライトの制御を考えても仕方のないことか。

HLGに対応していない

HLGとして作成するコンテンツ(もしくは信号)を確認することができない。HLGでのライブ、放送コンテンツを扱う方は注意が必要だ。

カラーモード「Rec.709」にプリセットとして、複数のガンマ値と色温度値の選択肢が欲しかった

カラーモードを「Rec.709」にすると、日本の映像コンテンツ向けの色温度である9300K、D65、ガンマのプリセットがなく、指定できない。実はユーザー設定の組み合わせで、目的の色域(Rec.709)と色温度は組み合わせることはできる。ただし、ガンマの指定はできない。

ユーティリティ性の上がるThunderbolt 3デイジーチェーン機能

Thunderbolt 3デイジーチェーンの機能は便利だ。ケーブル1本の接続でモニター表示、給電(65W)、内蔵のUSB2ハブ機能で繋いだUSBデバイス、デイジーチェーンで繋いだThunderboltあるいはUSB-Cデバイスが繋がる。試用期間中はデイジーチェーン先として有線LAN接続目的のUSB-C Ethernetアダプタをつけていた。確認として以下の機器も試した。

SSD(USB-C)

面白い現象が起きた。MacBook Proとのダイレクト接続とPD2725Uを介した接続ではSamsung T5への接続速度が変わるのだ。いわゆる「USB3.xのレーン数の組み合わせ」問題なのだろうが、PD2725Uを介した方が性能は良かった。性能の向上を素直に喜ぶべきだろうが、心境としては微妙だ。この辺はUSB3.xの「闇」的な部分だが組み合わせが良ければこのように良い結果を得る「かも」しれない。

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接続別のSSD速度※画像をクリックして拡大

Blackmagic Design UltraStudio 4K Mini(Thunderbolt)

デイジーチェーン先にBlackmagic DesignのUltraStudio 4K Miniを繋いだ。さらにUltraStudio 4K Miniから出力した映像を、HDMIでPD2725Uの空いているポートに挿してみたが、HDRの内容も認識し、4K HDRが表示された。

Blackmagic Design UltraStudio 4K Mini

内蔵のUSBハブ

USBハブにはトラックボールとキャリブレーション用のプローブをつけた。MacBook Proに1本のThunderboltを繋ぐだけで、デスクトップでのリッチな環境を利用できて、満足な環境を得られた。

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検証時のシステム例(動作を保証するものではありません)※画像をクリックして拡大

M-bookモード

「M-book」モードは色調をMacBookに寄せるものだ。MacBookユーザーには是非チェックしてもらいたい機能だ。経験はあると思うが、どうしてでも外付けのモニターは「違和感」が出てくる。色調が違うからだ。特にMacBookはその差を大きく感じる。その差を大きく埋めてくれるのが「M-book」モードだ。

外出先で見ていたMacBook Proのモニターのフィーリングをそのままに、帰ったデスク上のPD2725Uのモニターで違和感なく作業を続けられる。実は具体的な内容をメーカーに問い合わせたが、同社の独自技術とのことでわからなかった。

まとめ

いかがであっただろうか?モニター評価はできるだけ「感覚」的な要素は避けた。これは視覚的なことは条件によって大きく影響を受けるからだ。

「HDR」といった言葉を見て眉を顰めた方もいるだろう。放送業界にいる方なら尚更だ。目の前のモニターにはHDRは映らないし、4Kも映らないこともあるだろう。業務でもそんな予定はないし、まったくピンとこないだろう。ただ、手元のスマホを見て欲しい。高い可能性でHDRに対応している。iPhoneなら尚更だ。「今」がこんなに近くにある。

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もちろん、PD2725Uは先の説明通り、現在行っているRec.709での作業でも有効だ。現在、業務で映像に関わる方々、特に放送関係に関われている方の状況は地デジ開始前に似ていると思う。新しい規格になかなか移行できない歯がゆい状態だ。

当時の多くの人はHD(High Definition ハイビジョン)を拒み、眉を顰めながら「HDはいらない、デジベ(Digital betacam)のアップコンで充分だ。SD(Standard Definition)を続ける」と言いながも、結果的に地デジ直前直後にかけ込みでHD機器に更新した。もちろん、SDにこだわり続ける方もいた、DVD記録映像需要があるからと。結果はどうだろうか…。

今を含む今後をイメージしてほしい。
目の前にネットメディアがある、ほぼHDRに対応し、対応コンテンツも増えている。
視聴者はネットメディアを見る、HDRに対応したスマホを濁りしめて。
アマチュアは気軽に映像を作る、しかも何も考えずに4K HDRで。
業務で映像を作る方は、内容で価値を得る、確実性と高い品質で。
業務で映像を作る方は、同じ土俵でも他より「上」を提供する。
そのためにPD2725Uは仕事場となる「土俵」を作ってくれるだろう。

ユーティリティ性も先のThunderboltデイジーチェーンの使用例で感じていただけるだろう。

PD2725Uを使った印象

ここからは「感覚」的な話だが(笑)。4K(3840×2160)のサイズに関してはちょうど良いと感じた。プライベートでは32インチを使っている。これまでは気にはしていなかったが、4K 32インチではピクセルのドット感を感じる。27インチは程よく密集しており滑らかさを感じる。表示エリアを小さく感じることもなく適度でいい。

あと、おそらく評価した機材は評価機として1年以上の間、沢山のレビュアーのもとで酷使されてきたものと思う。それを考えると経年劣化もあまり感じられず、耐久性を感じられた。

モニターに求められるものが変わったこの時代。PD2725Uをぜひチェックしてもらいたい。

※理屈上、sRGBより広い色空間はWeb上では視聴困難なため、記事中の該当画像はシミュレーションまたはイメージ(想定)となります

WRITER PROFILE

高信行秀

高信行秀

ターミガンデザインズ代表。トレーニングや技術解説、マニュアルなどのドキュメント作成など、テクニカルに関しての裏方を務める。